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神様の不良品  作者: 橘 明
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「なんだ? その上から目線は!」

 原口さんの罵声がフロア中に響き渡った。

 皆、驚いて作業の手を止める。そして、Bグループに注目する。

 そこでは、原口さんと前田君が睨み合っていた。前田君はともかく、普段は温厚な原口さんが切れるなんて余程の事だ。一体何ごとかと見ていると、原口さんが口を開いた。


「一体、何様なんだよ? お前は」


 その剣幕に、さすがの前田君も青ざめていた。無理もない、普段は温厚とはいえ、原口さんは前田君よりはるかにガタイがいい。白髪まじりのゴマジオ頭だが、角刈りで迫力がある。一方、前田君の見かけは、性格に似合わぬ好青年。二人が並ぶと、虎とプレーリードッグぐらいの違いがある。けど、前田君は憶病者じゃない。怯んだのは一瞬。すぐに言い返した。


「俺はここのまとめ役だよ! ちゃんと従えよ!」

「なんだと?」

「カゴ車を戻して来いって言ってるんだよ」


 どうやら、前田君は、カゴ車にテレビがまだ残っているにも関わらず、原口さんが次のカゴ車を持ってきた事にキレているらしい。前にも弟が同じ事で怒られていたっけ。しかし、そんな事ぐらいで喧嘩になるなんて、よっぽどみんな疲れているよな…。そういえば、ここしばらく笑顔ってもんが見られない。つくづく嫌になる。うんざりしながら、作業に戻る俺の耳に2人のやり取りはまだ聞こえて来る。


「うるせえな。もうすぐ空になるから持ってきただけだろ?」

「こんな所に2台もあると、危ないんだよ! テレビ、崩れてきたらどうするんだよ?」

「崩れて来るかよ、こんなの」

「いいから戻して来い!」

「やだね」

「戻してこいよ!」

「お前は偉そうなんだよ!」


 …いい加減に、してくれないかなあ。そんな事はどっちでもいいだろう…。そう思いつつ、外したネジを鉄素材専用ボックスに放り込む。その時、隣からこんなぼやきが聞こえてきた。

「なんで、前田は、ああやっていちいち噛みつくかな…」

 「え?」と思って隣を見ると、川岸さんがあからさまに嫌な顔をして2人を見ていた。

「イライラするんだよな。アイツの声聞くたび」

 それだけ言うと、川岸さんは俺の答えを待たずに自分の作業に戻った。

 …あーあ。前田君、ここでも反感もたれているよ…

 ため息をつき、俺も作業に戻る。


 結局その場は、騒ぎを聞いて駆け付けた小金井さんの取りなしでなんとか収まったが、原口さんと前田君の間には深い溝ができてしまった。元々あった物が表面化しただけかもしれない。それは、二人だけの問題でなく、グループ全体にも広まった。つまり、前田君vsグループ人員という構図が出来上がってしまったのである。

 このころから、前田君の顔つきに変化が見られてきた。やけに元気が無くなり、無表情になったのだ。元々朗らかなタイプではないが、しかし、全身にみなぎるパワーみたいなのがあった。仕事に対する責任感からきたものと思われる。しかし、最近ではそれもなくなった。陰鬱な表情で、時おりこめかみを抑えている。何か考え込んでいるかのようにも思える。後で聞いたところによれば、このころ、人員不足による作業超過を補うために、彼は休日出勤を続けていたらしい。しかし、そんな彼の見えない努力も、決して報われる事はなかった。



 ある日の夕食後、風呂へ行こうと階下に降りると、突然弟に呼び止められた。「なんだよ」って奴を見たら、奴はだらしなくソファに腰かけてこう言った。

「明日、俺、仕事休むから」

 それは、まるで、明日、遊園地にでも出かけるみたいな軽い口調だった。

「え? 具合でも悪いのか?」

 尋ねると首を振る。

「じゃあ、急用でもできたのか?」

 すると、弟は再び首を振る。

「だったら、なんで休むんだよ?」

「うん、実はな……」

 そう言ったきり、奴は口を閉じ、意味ありげな笑みを浮かべた。その態度にちょっとイラッと来る。

「なんだよ? さっさと言えよ。俺は、風呂に行きたいんだよ」

「実は、前田へのリベンジ」

「はあ?」

「Bグループ全員で、仕事をボイコットする」

「なんだって?」

 あまりの驚きに、持っていたタオルを落としてしまう

「本気かよ?」

「本気だよ。Bグループのメンバー全員、前田には、キレまくってるんだ」

「だからって、ボイコットなんて…」

「会社への意思表示だよ。あいつとは、仕事できないっていう…」

「辞めさせられるのが、オチだぞ」

「大丈夫さ。これ以上、人、減らせないだろう? それに、万一辞めさせられたって、こんな仕事ならいくらでもあるし」

「バカヤロウ!」

 思わず怒鳴り付ける。

「お前、自分が、どの程度の人間だと思ってるんだ? 他の所でつとまる程、進歩できたかっていうのかよ?」

 その言葉に、弟は口ごもった。自分が半人前の自覚があるからだろう。

「お前、そんなくだらない事に加わるなよ」

「アニキは前田の味方なのか?」

「どっちの味方でもないよ。前田君は、確かに厳しすぎると思うし。でも、お前が仕事できるようになったのは前田君の指導のおかげだろう?」

「あんなの指導じゃねえよ。イジメだよ。精神的におかしくなりそうだよ」

「向こうだって、お前のせいで、迷惑かけられてるんだ。おあいこだろう?」

「…やっぱりアニキなんかに話すんじゃなかった」

「いいから、明日はちゃんと出勤しろよ」

「やだよ」

「出ろよ」

「うるさいな。俺の勝手だろ? 大体、俺一人だけ出勤したら、裏切り者になっちゃうじゃないか、アニキは俺を卑怯者にしたいのか?」

 そう言われると、返す言葉もない。確かに、明日仲間を差し置いて出勤したりしたら、弟は仲間から、下手すれば会社中から総スカン食らわされるだろう。

「分かったら、さっさと風呂行け!」

「…」

「行けよ」

「……分かったよ。勝手にしろよ。ただし、どうなっても、俺の知った事じゃないぞ」

 そう、言い捨てると、俺はタオルを拾い上げ、風呂場に向かった。

 風呂から出てリビングを抜けると、弟がまだそこにいて、食い入るようにテレビを見ていた。その横顔は完全に俺を拒否している。ため息をつき、2階に戻った。ベッドに入るが、明日の事を思うと眠るに眠れない。まんじりともせぬまま、夜が深けていく…。


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