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神様の不良品  作者: 橘 明
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 しかし、弟や俺の心の中にどれだけドラマティックな変化が起きようとも、日常に大きな変化があるわけでもなく(実際、心の変化がもたらす効果などというものは、決して速効性のある薬のごときものではないようだ)、次の日なんとか出勤できたものの、弟は相変わらず前田君に叱られてばかりだし、フロアに失笑は漏れ続けるしで、俺はうつうつと作業を続けていた。

 しかも、弟は、完全回復しているわけじゃない。まだ、時々、たまに、腹が痛むんだという。それでも出勤したのは、寝ている程の痛みでないという事と、せっかくのやる気を削がないためなのだそうだ。その姿勢は、立派だと思う。もっとも、世の中には熱が出ても、点滴を打ってまでも出勤してくる人もいるぐらいだから、弟の行動は、社会人として当たり前といえば、当たり前である。それが、正しいかどうかは甚だ疑問だが、そういう真面目さと勤勉さが世界的に認知された日本人の国民性であり、戦後の荒廃から経済大国に発展させた理由でもある。と、いわれている。それならば、ありがたがるべき個性ともいえるが、その割に我々世代の心の荒廃っぷりはなんだ? 自殺者年間数万人てのはなんだ? もしかして、俺らのじいちゃん、ばあちゃん達は、あまりにも上昇する事に夢中になりすぎて、多くの大事なものを置き忘れてしまったんじゃないか? おかげで『最高に恵まれた子供時代を送った』俺らが、そのカルマを刈るべき運命になったのじゃないのか? だとすれば、迷惑千万な話だ。しかし、産まれ落ちた時代に文句をいってもどうにもならない…。

 そんなことより、やはり弟は今日も居残りをさせられていた。時おり腹を抑えながらも、一人黙々と作業をするその姿に心の中でエールを送りながら、帰ることにする。

 建物から出るとみーさんが待っていた。そして、いつもの明るい声で「おつかれさま」という。

「おつかれさま。どうしたんですか? そんなところで、珍しい…」

「うん。正ちゃんに用事があって。…正ちゃんは?」

「今日も居残りです」

「え? 病み上がりなのに?」

「そんなの関係ねーですよ」

「…かわいそう」

「うーん。まあ、本人は仕方ないと思っているみたいだけど」

「そう。がんばり屋さんね。…ところで、昨日の話伝えてくれた?」

「ああ。例の眼鏡の彼女の事?」

「そう」

「伝えましたよ。でも、やっぱり無理って…」

 それを聞くと、みーさんは残念そうな顔をした。

「…そうなんだ。なんでだろうね?」

「分かりません」

「まあ、仕方ないか。とりあえず、私、正ちゃんの様子見て来る。応援してあげなくちゃ」

「…ははは。ありがとう。喜びますよ」

 そういうと、俺らは手を振り、別れた。


 その日、弟は10:00過ぎに帰ってきた。「えらく遅かったじゃないか。また、どんだけノルマこなせなかったんだ?」と尋ねたところ、弟は珍しく興奮気味に語りだした。

「いや、今日は、大変だったんだ。アニキにも見せてやりたかったよ」

「何を?」

「何をって…前田とみーさんが大喧嘩したんだ」

「へ?」

「驚いた?」

「そりゃ…それで、こんなに遅くなったのか。でも、なんで、喧嘩なんて…」

「やり方がおかしいって、みーさんが前田さんに言ったんだ」

「やり方が?」

「つまり、俺、一人だけに残業をさせる事さ」

「ああ。あの人、その件ではキレていたからね。でも、まさか直接喧嘩するなんて…それで、前田さんは、何って?」

「ノルマがこなせていないから、仕方がないって…」

「ああ。前に俺に言ったのと同じセリフだな」

「そしたら、みーさん、あなたの指導が悪いからじゃないかって。そこから2人で大喧嘩になって…」

「で、お前は、その間何をしていたんだ?」

「見てた」

「止めろよ」

「入る隙がなかった。2人とも機関銃みたいに喋るんだもん。仕方ないから作業に集中してた。おかげで、すごくはかどったよ」

「すごくはかどった割には、遅かったじゃないか」

「しまいに、みーさんが泣いたから、なだめるのに30分かかった。仕事が終わった後も、しばらく2人で話をしていたし…」

「何を?」

「前田の事。みーさん、絶対におかしいって言い張ってた」

「お前は、何か言ったの?」

「うん…まあ…色々と溜まっていた事を吐き出した」

「なるほど…愚痴ったってわけだ。少しは気が晴れたか?」

「まあね。で、今度、飲みに行く約束をしたんだ。アニキも行く?」

「俺はいいよ」

「何で? 来いよ」

「2人で行けばいいだろう?」

「2人で行ってもつまらないって、みーさんが言うんだよ」

「分かったよ」

 俺はしぶしぶうなずいた。

 やれやれ…と思う。が、しかし、昨日までとうって変わって元気そうな弟の様子に、少しだけほっとした。


 しかし、騒ぎはこれだけでは収まらなかった。しかも、意外な方向に状況は展開して行った。



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