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神様の不良品  作者: 橘 明
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 まったく、なんて飲み会になったもんだ。

 怖い上司と、キレる弟、顔に傷を持つ哀れな女性と、それを興味本位に眺めていた初対面の2人組。こんなメンツでどう楽しめと言うのか。せっかく回りかけた酔いがすっかり醒めてしまった。何とも気まずい雰囲気が漂う。誰か何とかしてくれよ。

 この、カチンコチンに固まった空気を最初に壊したのは、小金井さんだった。

「お嬢さん達、障害者に会うのは初めてなの?」

 すると、2人のうち、目がねをかけた方の子がうなずいた。

「はい」

「でも、別にその人の事を笑ってたわけじゃありません」

 もう一人の気の強そうな方がきっぱりと言った。

「私達は、別な事で笑ってただけです」

 すると、…弟は彼女とは決して目を合わせようとはぜずに…、独り言のように言った。

「嘘つくんじゃねーよ。お前らみたいなのは、平気で人を傷つけるんだよ」

「決めつけないでよ。自意識過剰なんじゃないですか?」

 眼鏡の子が怒り出す。

「落ち着けよ」

 俺は弟をなだめた。

「彼女達の言う通り、お前も少し、決めつけすぎだ」

「だって、信じられるかよ。こんな奴らの言葉。口先でこんな事言ってたって、裏に回れば何言ってるか分からないんだ」

 その言葉を聞いて、気が滅入って来た。奴の女性不信は…いや、人間不信は相当根が深いようだ。そうなるには、それだけの理由もあるのだろうが、それにしても…。

「でも、俺には彼女達が嘘を言ってるようには思えないけどな」

「俺には、嘘ついているようにしか思えないね」

 駄目だ。水掛け論だ。と、その時、みーさんが口を開いた。

「正ちゃん、よしなよ。寂しいよ、そういう考え方」

「え?」

 弟が驚いてみーさんを見る。

「本人が、違うって言うなら、違うって信じようよ…。じゃなきゃ、何も信じられないよ」

「でも…」

 弟は不服そうだ。まあ、そうだろう。本人はみーさんを庇ったつもりなんだから。

「まあまあ」

 と、小金井さんが言う。

「俺もこの子達を信じるよ。もし、本当に心の底から笑っていたなら、俺がここに加わるように進めた時点で逃げてると思うぞ」

「…言われてみれば、そうですね。なんでも悪意にとってちゃ、自分が苦しいだけですよね」

 俺もうなずいた。そして、

「ほら。お前も顔を上げて、もう少しにっこりしろよ」

 と、弟の頭を叩いた。

「…」

 弟は憮然としている。その顔には『俺は絶対に認めない』と書いてある。やれやれ…と、俺はため息をついた。…しかし、まあ、いきなり機嫌よくなれるわけないか…。

「不器用な奴だな」

 小金井さんが苦笑した。

「でも、河井弟は、それで、正義感のつもりなんだな」

「それは、分かけど…」

 眼鏡の女の子が膨れっ面で言う。

「もし、本当に私達がその女の人の事を笑っていたなら、怒るのは人として当たり前の事だと思います…でも、私達は笑ってないし…確かな証拠もないのに人を疑うのは間違ってると思う」

「分かった、分かった」

 小金井さんが言った。

「信じるよ。河井弟も、信じるだろ?」

 けれど、弟は何も答えない。まるでガキだな。

「本当にごめんね」

 俺は弟に変わって頭を下げた。

「こいつ、頭の回路が単純すぎるんだ。根は悪い奴じゃないんだけどな」


 それから、小金井さんがみーさんの紹介をする。産婆沙メタル工場に、もう、かれこれ20年も勤めている事。隠れた職場のドンである事。などなど…。

 それで、おれも続いて話した。入社時に一番良く面倒を見てくれたのがみーさんである事。また、みーさんが一人暮らしをしておりしばしば遊びに行った事。免許も持っていてよくドライブに行ったりしている事。などなど…。

 弟は終始仏頂面。意地でも喋るもんかって感じだ。そのバリアを崩すために俺はしきりに酒を進めたけれど、奴は頑として飲もうとはしなかった。

 女の子達は。俺らの話を聞いて、自分達が抱いていた障害者のイメージと、みーさんがあまりにも違う事に驚いていた。もっと、こう…可哀相な存在と思っていたらしい。それで、俺も酒の勢いにまかせて普段より饒舌になった。

「いや。俺だって、実際のところは知らないけどさ、みーさんを見る限りは健常者より立派だし、日々充実させて生きていると思うよ。つくづく思うけど、幸福に生きるには健常者も障害者も関係無いのかもしれない。要するに、本人次第なんだと思うよ」

 すると、女の子達もうなずいた。

「本当にそう思います。とても、勉強になりました」


 …けど、それは実際にあまりにも脳天気な意見だった。所詮、人事でしかない、その人の苦しみは、その人にしか分からない。それを知るのはもう少し後の話になるのだけれど…。


 飲み会が終わり、別れた後も、弟はずっと黙ったきりだった。怒っているのかと心配したが、そうではなくて、考え込んでいるらしかった。奴の心の中では様々な思いが交差していた。そして、その中でも一番の疑問は、なぜ、小金井さんがあの二人を仲間に入れ、みーさんがそれを平然と受け入れたかについてだった。いまだに、奴は彼女達を疑っていた。あの二人は、絶対にみーさんを笑っていたと。ところが、奴にとってさらに衝撃だった事に、飲み会が終わる頃には、みーさんは彼女らとすっかり仲良くなり、遊ぶ約束まで決めていた。

「俺にはさっぱり分からない」

 と、弟が首を振る。

「なんで、あの人はあんな奴らを許せたんだ?」

「それは、そもそもみーさんが、彼女達の事を疑っていなかったからだろう」

「それは、俺だって最後の方には、あの二人が想像よりはましな人間かなと思ったさ。決めつけるのが悪い事も分かってる。でも、本当のところあいつらがどう思ってるかなんて、アニキにだって分からないだろう?」

「そりゃ、疑い出したらキリがないが…」

「でも、俺は何度も見たんだよ。一見いい奴が平気で裏切ったり、嘘をついたりして、しかも、その後ものうのうと生きているのを…」

「なるほどな」

 俺はため息をつく。やはり、こいつの人間不信は、相当根が深いようだ。

「確かに、そういう人間もいると思うよ。俺だって会った事がないわけじゃない。でも、世の中には許さなきゃしょうがない事もあるんじゃないか? 例えば、誰かが自分を裏切ったからと言って、その事でずっと人を恨み続けてたら、前に進めなくなるだけだろう?」

「それじゃ、人を裏切っても許されるってことか?」

「そうでなくて」

 そこで、言葉を切る。どうしたら、こいつの心を溶かす事ができるだろう?

「例えば、裏切るなんていうのは、裏切った本人の問題であって、裏切られた方にとっては単なる出来事に過ぎないということだ。そこに、捕らわれるなと言ってるんだよ」

「意味が分からない」

「人間は弱いから、間違いも起すって事だ。しかし、間違うから、悪人と言う事じゃない。克服するべきは本人であって、他人がそれを無理矢理矯正しようなんて、おこがましいっていってるんだよ」

「兄ちゃんの言う事は、難しすぎる」

 そうかな? 難しいかな? じゃあ、どう言えば伝わるのかなあ? と、俺はさんざん考えたあげく、こうまとめた。

「つまり、人が何を言おうが、何をしようが、自分が間違った事をしてないなら、堂々としていればいいっていう事だ」

 こんどはちゃんと伝わったようだ。

「そんなものかな」

 弟はぽつりとつぶやいた。

 しかし、それきり、会話は途切れた。

 

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