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神様の不良品  作者: 橘 明
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04

 といっても、似顔絵書きだけで食べていける程の稼ぎは期待できない。前にも書いた通り俺は人物画が苦手だからである。工場や、車などの人工物を病的に正確に写し取るのは得意でも、人の顔を当たり障りなく見栄え良く描く才能には欠けるのだ。いや、苦手というよりむしろ嫌いと言った方が正確かもしれない。なにしろ、じっと人の顔を見ているといやでもアラが見えて来る。どんな美女にも必ず崩れた線を発見する。その現実を眺めるのがどうにも辛い。それでもじっと見ていると、しわやしみや肌のキメがやけに目について来て、しまいにはピノキオのような木の人形が、半魚人を書いているような気がして無気味な気持ちになる事がある。その苦痛は絵を描くという行為によってギリギリ相殺する事ができた。だから、俺はなんとかその仕事を続けられた。考えてみればわがままな悩みだよな。

 俺の描いた絵を見て森崎が感心したように言う。

「河井君の描く線は本当に緻密で綺麗だね」

 美咲さんも褒めてくれる。

「写真みたい」

 しかし、ひねくれものの俺は彼女らの言葉を素直に受け取れない。写真みたいな絵を描くぐらいなら、写真をとれば済む話じゃないのか?

「でもこれだけ正確に模写できるのは持ち味だと思うけどな」

 森崎がフォローしてくれるが、やっぱり釈然としない。

「河井君、設計図とか好きそうね。細かいし」

 しかし、今どき設計図なんてCADかなんかで作るんじゃないのか?

「優ちゃんてA型でしょ?」

 残念。O型である。


 イベント会場には森崎と一緒の事が多かった。彼女も同じバイトをしていたからだ。まれにみーさんも来た。工場付近の大型ショッピングモールで似顔絵を描いていると必ず現れた。みーさんが自分の顔を描いてくれとは言う事はなかったが、かわりに友達を連れて来てくれ、不人気な似顔絵描きとしては随分助かった。

 大方は森崎と二人きりだった。賑やかなイベント会場で、行き交うカップルや家族連れなんかを暇にまかせて見ていると、自分達までデートしてる気分になって来る。森崎と俺か…と、彼女を盗み見る。彼女は一心に目の前の客の顔を描いている。

 …それもいいかもな。森崎は嫌いじゃないし。と、一瞬幸せな想像をし、すぐに首を振った。…おいおい。妄想はよせよ。キモがられるぞ。っていうかそれ以前に、お前、東京に戻るつもりじゃなかったっけ? こんなとこで彼女作ってる場合じゃないだろ?

 それにしても森崎は、快活に喋り、よく笑う。学生時代とは180度な印象だ。学生時代はニコニコと人の話を聞いているだけの奴だった気がするのに……。


「ちょっと、何描いてるの?」

 森崎の声に俺は筆を止めた。

「いや、暇だからさ」

「だめじゃん。UFOキャッチャーなんか描いてたら」

「だって、客こないし」

 ある、大雨の休日。俺と森崎は、ショッピングモールの一角にあるゲーセン前の広場でやる気なく座っていた。

「もしかして来るかもしれないじゃん」

「来ないって、こんな日。警報でてるんだよ。自分がここにいる事自体が不思議だって」

 やる気のない俺の言葉に「まったく」とつぶやき、森崎がスケッチブックを覗き込んだ。

「にしても、河井君は機械物描かせると天才的よね」

「森崎程じゃないよ」

「また…茶化す」

「茶化してないって」

 森崎と話しながら俺はUFOキャッチャーの中にぶら下がっている銀色のアームを丁寧に写し取って行く。

「ねえ。河井君てさ、ずっとあの工場にいるつもり?」

「なんで?」

「もっとその…絵に関する仕事したいんじゃないかと思って。例えば、デザイン会社とかさ」

「この才能を埋もれさすのはもったいない事だとは俺も思ってる…でもさ」

「でも、何?」

「それ系の会社に就職するつもりはない」

「どうして?」

「俺、自分の絵嫌いなんだよ」

「なんで?」

「なんか……。森崎はそんな風に感じる事ない? 自分の絵が嫌いだって」

「スランプの時とか感じるかな?」

「俺は、半永久的にスランプかも」

「半永久的?」

「そう。何か足りないから自分の絵は大嫌い。でも、描かずにいられない」

「じゃあ、納得せずに描いてるって事?」

「そう」

「私はとりあえず描いたものはある程度納得してるよ」

「俺も前はそうだったよ。ずっと前は」

 森崎がふーんと首を傾げた。よく分からないというように。そりゃそうだよな。自分の絵が嫌いなくせに描き続ける奴も珍しいよな。

「じゃあ、一生工場のバイト?」

「それはない」

「じゃあ、他の職種目指すわけ?」

「違う、東京に戻る」

「東京?」

「東京に絵の師匠がいるんだ。その人の元で修行して納得いけるような絵をかけた時に、プロの画家になりたいと思う」

「…」

 顔をあげると森崎が目を丸くしていた。そのとぼけた顔に思わず吹き出す。

「何? その顔」

「…東京に戻るつもりなんだ」

「そうだよ」

「そっか…」

 結局、その日は誰も客が来ず、おかげで目の前の雑然としたゲーセンの風景を全て写し取る事ができた。森崎も時間を持て余したのかなんだか力の入らぬくまやひよこの絵を描いていた。どうやら目の前のぬいぐるみを描いていたらしい。


 「東京に戻って画家になる」とか威張ってみたものの、帰りのチケットを得るためのネックである弟、正の状況は一向に改善の兆しが見えない。毎日ドアに向かい声をかけてみるのだが当たり前のように返事はなかった。その間にも時間はどんどん過ぎて行く。まったく嫌になる。よくそれだけ人を無視できるもんだな。お前には情ってもんがないのか? ていうか、本当にお前はこの部屋にいるのか? もしかして居ねえんじゃねえか? お前は本当は引きこもりになんかならずにちゃんと就職して、遠い街で一人暮らしていて、おふくろは俺をここに呼び戻すためだけにウソをついているだけじゃないのか? じゃなきゃこのありえねえ気配の無さはなんだ? 大体トイレはどうしてるんだ? いくら引きこもりでも用ぐらい足すだろう?

 故郷に戻って2度目の夏が来る頃、半ばノイローゼ気味の妄想を抱き始めた俺の目の前に、7年と9ヵ月ぶりに弟が姿を現した。

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