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ここより38話あたり(正確には39話前半)まで書き換えました。が、構成を少しいじっただけで、ほとんど内容に変わりはないです;以前、読んで下さった方には申し訳ありません。お時間があれば、どの辺りをどう変えたか読んで比べてみるのも一興かとおもいます。m(_ _ )mペコリ…ではでは。 08.09.23橘明
続「青春☆ひきこもらー」
【前回までのあらすじ】
できのいい兄貴を持った山田亜矢松…もとい、河井正は、いじめられていた親友をかばってしまった罪で、自分がいじめられるという罰を受けることになった。さらに、好きだった女子に「きもい」と言われたショックで、自らに自室監禁の刑を課したのある。そして、8年の時が過ぎ、やっと自分の罪を赦し、社会復帰する決心をしたのであった。
できのいい(?)兄としては、この物語の続きを是非とも見届けなければなるまい。
「おい、河井弟!」
フロア長のイライラした声が聞こえる。
また、弟が何かやらかしたかと、俺は電子ドライバー片手に少々うんざりする。
「お前、また日報出してないだろう?」
「すいません」
弟が答えた。
「後で出そうと思っていたんです」
「後じゃなくて、今、出してくれないかな?」
「でも、ロッカーに入れてあるんで…」
「じゃあ、今すぐ取って来い」
「でも、今手が放せなくて…」
「ちっ」
小金井さんの舌打ちが聞こえた。
「おい! 河井兄!」
なぜ、俺にふる?
などという思いはおくびにも出さず振り返ると、小金井さんが苦々しい顔でこっちを見ていた。そして、言った。
「弟のかわりに、カゴ車を運んでやれ!」
『っえー。なんで俺がぁ? 俺だって、今、手が放させないんですけどぉ…』
などと言えるわけないので、しぶしぶ「はい」と答えて、作業台から離れ、工場奥のカゴ車置き場へと向かった。
弟がぽやっとした顔で俺の事見てる。なんだその人事な感じは。むかつくので、すれ違いざまその頭をどついてやった。
「なんで日報ぐらいまともに提出できないかな?」
昼飯時、俺は弟に説教をした。
「帰る前に、二階事務所にぽいっと置いてくるだけの事だろう?」
「だって、事務所の女ムカツクもん」
「はあ?」
「あいつら、俺を見て笑うんだ」
「笑う?」
「そうだよ。事務所中の女がぐるになっている」
「まさか。気のせいだろ」
「気のせいじゃないよ。ほら。今も笑ってるだろ? あそこ」
そう言うと、弟はハシで食堂の中央をさした。
そこには、確かに事務所勤務の女子社員達がかたまってメシを食っている。話に熱中しているらしく、時々わっと笑い声を上げてはいるが…。
「別に、お前の事なんか笑ってないと思うぞ」
「でも、目が合ったし」
「被害妄想だよ。被害妄想。っていうか、自意識過剰だ」
「違うよ。絶対気のせいなんかじゃない」
「…大丈夫かよ?お前」
あまりの弟の強固な物言いに、俺は、少々不安を感じる。
久しぶりに穴蔵から出た弟は、人が怖くて仕方ないようだ。今だに、俺とみーさん以外の人間には馴染もうとしない。ちなみに、工場勤務開始より、そろそろ一ヵ月が過ぎようとしている。
「河井弟さーん」
午後の勤務。また、弟が呼ばれている。
あれは、正社員の前田君の声だ。
前田君は、24才。弟とほぼ同じ年だが、あちらはしっかりしてる上に、気が短い。
「弟さん、昨日分別の方手伝いましたよねー」
嫌みったらしい言い方だ。
「ホラ1階でのゴミの分別の作業」
「…はい。しましたけど…」
弟がぼそぼそと答えた。
「その時、ボンベ抜くの忘れてるでしょう?」
「…そうでしたっけ?」
「忘れてます。あのー前にも言ったと思うんですけど、ボンベを間違えて圧縮機にかけると爆発して危険なので必ず分けて下さいね」
「あ、スイマセンでした。でも、あの作業って、他の人もやってるはずですよね」
「河井弟さんの担当した所が一番異物混入多かったってクレームきたんですよ。二度手間になるから、きちんとやてくださいって」
「…スイマセンでした」
「いいです。今度から気をつけて下さい」
そのやりとりの一部始終を聞きながら俺はため息をついた。
いまだかつて、弟がどなられなかった日はない。こんなに簡単な仕事なのに、どうして怒られずにできないんだろう? そっちの方が不思議だ。大体、俺の記憶では、弟は結構器用な奴だったはずなのに。長い事穴蔵にいると、脳の回路も故障してしまうとでもいうんだろうか?
そんな事を思いながら、俺は目の前のコイルを外していく。
俺は、今、テレビの解体作業をしている。
バラされた部品は、同じ素材どうしで集められ、砕かれ、溶かされ、新しい製品として甦る。
閑話休題。2011年のデジタル放送開始にともない、ブラウン管テレビの製造は既に中止されているという。
用無しになったブラウン管テレビの運命は、うちみたいなリサイクル工場で解体されるか、もしくは発展途上国に身売りさせられるのどっちか…らしい。
そんな事情で、この先我が社に来るブラウン管テレビの数も増えていくだろうとの事。もったいないな。まだ使えるのにな。哀れな奴らだ。あれだけ人間様を楽しませてやったのに、技術革新の波に押されて、いらなくなったらポイでおしまいか。諸行無常を感じる。
けど、この作業は嫌いじゃない、機械の構造を見るのは俺の性分にもあっている…同じ事ばかり繰り替えしてると、時々眠くなるけどな。
しかし、どんな仕事もそうであるように、この仕事もただやれば良いというものではない。少しでも速くやらなければならない。一日何台ばらせたか、毎日日報を書かされる。
企業っていうのは利益優先だからな。効率を求められるのはごく当然の事で、毎日提出させられる日報を集計し、ラインごとに成績を競わされる。
そして、うちのラインはこの一月程成績が落ち込んでいるらしく、正社員はかりかりしていた。当然である。社員にとっては、自分の出世にも関わる重要な競争なのだから。ラインスタッフ一同馬車馬のようにケツをたたかれ、ひっしで頑張っているのだが、一向に成績が伸びない。その原因は誰もが知っていた。河井正…つまり、弟の作業が遅いからだ。
「悪いね。今日は、道具類はみんな貸し出しちゃってて…」
痩せた眼鏡のおばちゃんが言う。
「え? でもいつもたくさん置いてあるじゃないですか」
俺はおばさんに言い返した。
「それがさ」
とおばちゃんは言う。
「こないだから、学生バイトがたくさん来ているでしょう? あの子達にみんな貸し出しちゃって…」
「それぐらいで無くなるかなあ?」
納得行かずに俺が食い下がると、後ろから弟が言った。
「もう、いいよ兄ちゃん」
「でも」
「フロア長に言えば、何とかしてくれるよ」
「そりゃ、スペアぐらいあるかもしれないけど…またどやされるぞ」
「仕方ないよ」
そう言うと、弟は、肩を落として元来た道を歩き始めた。仕方ないので俺はおばちゃんに礼を言い、その場を去った。そして、しばらく歩くと、後ろから笑い声がする。
「?」
俺は後ろを振り返ったが、何も見えなかった。
「まったく。何でドライバー無くしたりするんだ?」
「知らないよ。いつもと同じ所に置いておいたつもりなんだよ」
「その『つもり』が良くないって、いつも言っているだろう?」
俺達は、一応各々に道具を与えられている。無くしたり忘れたりしたら、さっきの庶務課に借りに行くのだが…。
「タイミング悪かったな。無いなんて。こんな事めったに無いんだけどな…」
すると、弟がぼそっとつぶやいた。
「本当に、タイミングが悪かっただけなのかどうか…!」
作業場に着くと、既に朝礼が始まっていた。俺らは慌てて整列している同僚達の中に混じる。すると、フロア長の小金井さんがギロリと俺達を見たので「すいません」と小さな声で謝りペコリと頭を下げた。
前田君が社員代表で言う。
「昨日のうちのラインの解体台数は300台。目標の330台には全然足りていない。目標台数に達するためには、一人一日最低でも33台はバラしてもらわないと困ります。それで、うちのラインは成績が4週連続最下位なので、今日からは目標台数に達するまでサービス残業してやってもらいます」
「ええっ?」
という雰囲気がフロア中に漂う。
「サービス残業がいやなら、少しでも速く作業するように。以上。今日も一日頑張って下さい」
その日の作業場は、異様な緊張感が漂っていいた。そりゃそうだ。できれば、誰だってサービス残業なんかやりたくない…。俺も死にものぐるいで作業した。眠いとか言っている場合じゃない。と、その時
「河井さーん!」
いきなり名前を呼ばれて驚く。
「それ順番ちがーう!」
「え?」
どこが? 聞こうとして気がつく。俺じゃない。今のは弟が言われた言葉だ。
「ほら、まずは偏向ヨークから外さないと。コイルばっかり触っててもダメだって…」
見ると、正しの作業台に前田君が張りついていた。
「すいません」
弟が謝る。
「あのーマニュアルどこにやったんですか? マニュアル見てやればいいと思うんですけど」
「あ、あれ。ここには無いです」
「ここには無い。じゃあ、どこに有るんですか? ロッカーですか?それなら、取って来てもらっていいですよ」
「いいえ、そうじゃ無くて…」
「どこですか?」
「家に持って帰って無くしました」
「まじですか?」
「すいません」
「そういえば、河井さん、ドライバーもなくしましたよねえ。別に良いんですけどお、会社から渡したものにも、それなりに経費がかかってるんでえ…」
「すいません」
「ていうか、マニュアルも無しで今までどうやって作業してたんですか?」
「記憶とカンで…」
「それで、よく作業できてなしたねえ。ある意味スゴイですけど…。メモとかとってなかったんですか?」
「マニュアル有るからいいと思ってとってませんでした」
「…」
「すいません」
「いいです。マニュアル貸しますから。でも、これ僕のですから、無くさないで下さいね」
「はい。ありがとうございます」
その日、結局俺達は7時まで残るはめになった。一時間半の残業である。
すっかり暗くなった屋外に出る。川沿いの道をとぼとぼと2人で歩く。
「そう、落ち込むなよ」
俺は弟を励ました。
今日一日の出来事で、弟と来たらすっかり憔悴しきっている。正直、こっちだって疲れ切っているのだが…。
「そのうち、仕事にも前田君にもなれるって…」
弟の心理的ショックのが辛かろうと必死で元気付けていた時、どこからか、また「わっ」と笑い声が聞こえて来た。何かと思って声の方を見ると、川べりに女子社員が固まって笑っている。
「何だよ? こんな所で」
つぶやいた時、右手に弟がもたれかかって来た。
「どうした? 貧血か?」
尋ねる俺に弟が答えた。
「兄ちゃん。俺、ダメかもしれない。ダメかも…」
弟はぶるぶるふるえていた。