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神様の不良品  作者: 橘 明
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先ほどアップした際、同じ文章を2まわりコピペした物をあげてしまったので修正いたしました。

失礼しました;

「世界を創るのは自分自身だ。絵を描いていたから破滅したんじゃない。俺の持つ世界観そのものが俺を破滅に導いたんだ。

 そう悟った俺はあらためて画家として生きる事を決意した。

 しかし、過去の俺とは違う世界を描きたいと思った。その決意もこめて、雅号を菊地大成と改めた。


 それからは堰を切ったように描いたさ。

 それは、まるで欠けたパズルのピースをはめ込んだようなしっくりとした気分だった。そして気付いた。俺にとって絵は欠くべからざる物だったってことを。恨みのためでも、逃げのためでもない。俺はただ描きたいから描いているだけということにな…」


 そこで、師匠は言葉を終わらせた。


 正直ショックだった。色んな意味でショックだった。

 第一にショックだったのは、師匠にそんな重い過去があったって事だ。この人は、かつてそんな暗さを微塵も感じさせたことがない。

 第二にショックだったのは、俺自身についてだ。師匠が絵に対して持つ程の情熱を果たして俺が持っているのだろうか? それ以前にもっと根本的な問題として、俺にそれほどの才能があるんだろうか?


 一方、弟はといえば醒めたもんだった。


「あんたの苦労話は分かったよ。でもそれが何だっていうの?」


 と、こうだ。

 すると、師匠は言った。


「つまり、俺の絵はただの綺麗事じゃなくて、本当に綺麗なんだと言いたかったわけさ」


 なんだそりゃ、師匠…って思わず突っ込みたくなるが、よく見れば弟はやけに神妙な顔をしていた。あれでも何か感じるところがあったのかもしれない。



 その晩はとりあえず泊めてもらい、次の日帰る事にした。


 夜、寝室に行くと、弟が布団の上であぐらをかいて天井を見ている。

「まだ、寝ないのか?」

 と、尋ねると、返事のかわりに咳をする。

「先に寝るぞ」

 って布団に潜り込むと、弟が言った。


「なあ、兄ちゃん。昼間のあいつのあの話は、一体何が言いたかったんだろう?」

 そんなの本人に聞けよと思うが、一応親切に答えておく。

「そうだな。ようするに、この世は自分の意識の持ちようでどうにでも変えられるっ事じゃないかな」

「でもさ。俺みたいに人から裏切られて踏み付けられた奴が世界を変えるなんてできるのかな?」

「…そうかな。やってみなきゃ分からないけど…できるんじゃないのか? 師匠がいいお手本だ」

「けど、俺を苦しめた連中を許すなんてできそうもない」

「…できなくても、生きていきたいなら、恨みも何もかも忘れて自分が白紙になるしかないんじゃないのかな?」

「無理だよ」

「でも、そうしなければお前に未来はないと思うぞ」

「でも、無理なんだ。許すとかそういう事以前に、怖くて仕方がないんだ。俺ね、こっち来てから練習を兼ねて何社も面接に行ったんだよ」

「え?」

 俺は布団の上に起き上がると、弟の方を見てあぐらをかいた。

「職探ししてたって、そういう意味だったのか」

「そうさ。俺、兄ちゃんが川に落ちて死にそうになった時、つくづく自分に嫌気がさしたんだ。それで、どうしても立ち直りたくてここまで来た。でもダメなんだ。面接会場に行っても、どうしても扉が開けられないんだ。怖くて仕方ないんだよ。兄ちゃん、俺どうすればいいんだろう?」

「そうだったのか」

 俺は泣きそうになった。何とかしてやりたいと思う。しかし、どうすれば良いんだろう? 分からない。分からないなりに考え、答えを出す。

「きっとさ、お前の場合、人を許す前に自分を許す方が大事なんだと思う」

「自分を?」

「そうさ。お前は心無い連中に投げかけられた言葉のせいで、きつい負の暗示にかかってしまっている。その暗示を解いていくんだ」

「…どうすれば解ける?」

「そうだな。とりあえず…否定的な言葉が浮かんだら打ち消す事だ。いいか、俺はお前のクラスメートなんかより、よほどお前の事を知っているが、お前はどこにだっている普通の奴さ。誰に恥じる事もない人間だ。俺の言葉を信じろ」

 口からでまかせだ。けど、今の俺にはそれより言うべき言葉が見つからない。それでも、弟にとってはなぐさめになったのだろうか。ようやく布団にもぐり眠る気になったようだ。奴は、向こうむきに寝転がるとボソリと言った。

「なあ、兄ちゃん。神様っているのかな」

「え? うーん、どうかな? いるような気もするし、居ないような気もするなあ」

「もしいるならさ、なんで俺みたいな不良品つくったかな?」

「不良品?」

「そうさ。何の役にも立たない不良品さ」

「馬鹿やろう。言ったろ? お前は不良品なんかじゃない。どこにでもいる普通の奴だよ」

「そうかな…」

「そうさ」

「ありがとう」

 そう言うとそれきり弟は黙ってしまった。しばらくすると寝息が聞こえてくる。どうやら眠ったらしい。しかし俺は眠れず、散歩がてらアトリエに向かう。最後にもう一度、あのマリアを見ておこうと思ったからだ。


 アトリエに行くと、なんと師匠が居た。

 ちょうど、あのマリアの絵を壁に立て掛け、その前で黙然と座っている。

「師匠」

 と声をかけると、驚いて俺を見た。

「ああ。優か。弟の様子はどうだ?」

「なんとか、眠ったようです」

 そう答えると、俺は師匠の隣に腰を降ろした。

 それからしばらく師匠と二人でぼけっとマリアを眺める。やがて師匠がぼそっと言った。

「弟、立ち直れるといいな」

「そうですね」

 俺はうなずく。

「どうなる事か…。でも師匠の話しには感じるところがあったみたいですよ」

「そうか? 醒めてなかったか?」

「上辺はね。でも今さっき真剣に尋ねて来ましたよ。あの話はどういう意味だったのかって」

「そうか」

「あいつの事もだけど、俺こそ…」

「うん?」

「俺、絵を続ける事迷っちゃうな」

「何で?」

「俺、師匠みたく才能ない事が分かっちゃったし」

「そんな事ないと思うぞ」

「お世辞はいいです」

「世辞じゃねえよ」

「いいですってば。自分の事は自分で一番良く分かってるから。でもね、だからって今の生活を続ける事には耐えられないんです。何だか、自分が自分でないような気が日に日に強まって、もうたまらないんです」

「人間究極自分の好きなように生きるしかねえよ」

「…そうですかね?」

「そうさ。それが自分の人生を生きるって事じゃないかと思うぞ」

「そうなのかな…」

 師匠と話しても迷いは深まるばかりだった。


 次の朝、俺は弟とともに東京を離れた。夕べ眠れなかったせいか、新幹線の中でついうとうとと目を閉じてしまう。

 すると、闇の中にマリアの絵を眺めてる師匠の姿が見えて来た。

 一体、何を思って眺めているんだろう? 苦々しい過去の傷は、本当に癒えてるんだろうか? 果たして人生に、本当に『解決しました』なんて言い切れる事があるんだろうか? その謎は今の俺には解けそうもないが、

ただ一つだけはっきりと分かった事がある。あのマリアの絵は、師匠が生と死のはざまで見た光の記憶だったんだ。だからあれ程美しいんだろう。…そんな事を思いながら、俺は眠りに落ちていった。



 光の中にいる時、人はその明るさに気付かぬものだ。けれど、闇の中にいると、人はわずか一条の光にさえ満幅の輝きを見ようとする。にもかかわらず人は闇にとらわれる。それは、彼が彼自身に課する罰である。罰は、罪を呼び寄せる。そして、罪は新たなる罰を彼自身に課す。その連鎖は永久に続いて行く。それを断ち切りたければ、自分が罪人であるという意識を捨てるよりない。自分だけでなく、本来誰にも罪などないのだ。目を背けているのはいつも彼自身である。光の世界はいつもすぐ側で扉を開き、彼が来るのを待ち詫びているというのに。


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