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神様の不良品  作者: 橘 明
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「なんで、この世が綺麗じゃない事の証明がお前の存在なんだ?」

 師匠の問いかけに、既に解答を用意していたらしく、弟は間髪なく答えた。

「それは、僕がもぐらだからだ」

「もぐらぁ?」

 師匠は妙な顔をする。無理もない、あまりにも突拍子もない答えだもん。しかし、俺にはすぐにその意味が分かった。奴のホームページに載っていた『土ン中』って詩を思い出したからだ。その途端、芋づる式に他の詩や小説の数々も浮かんで来た。特にあの『青春☆ひきこもらー』って小説を強烈に思い出し、気付いたら「やっぱり…」と口に出していた。

「やっぱり…お前、イジメ受けてたんだな」

 すると、弟が驚いたように俺を見た。その顔は、驚きからみるみる怒りに変わっていく。それで、俺は自分があまりにも軽率な事を言ってしまった事に気付く。こいつにとっては触れられたくないところだったのかもしれない。

「いや…悪いとは思ったけど、お前のホームページ読ませてもらったんだ。不愉快だったなら謝るけど…でも、何も、お前の秘密を暴くつもりじゃなかったんだ。純粋にお前の居所をつかむためだったんだ。けど…あのイジメが題材の『青春☆ひきこもらー』って小説…読んだよ。あれ、本当の事なんだろ?」

 弟は何も答えない。何も答えられないのが『答え』だろう。俺は自分の勘の正しさを確信する。

「なんで、話してくれなかったんだ?」

「…」

「話してくれれば、お前がこんな風になる前になんとかできたかもしれないのに」

「…」

「兄ちゃん悔しいよ。心無い奴の為に、大事な家族をこんな風にされて」

 正直言って、こいつを虐めた奴全員を殺してやりたいぐらいだ。だんだんヒートアップしているくる俺とは対照的に、弟はクールに黙り込んでいたが、やがてぽつりと口を開いた。

「いじめられてたなんて言えるわけないだろう?」

「…なんでだよ?」

「みっともないからだよ」

「なにがみっともないんだよ」

「だってさ、いじめられるって事は『お前は醜くて生きる価値のない不良品だ』って宣告されてるようなもんなんだよ。そんな事家族に言えるもんか」

「そんな事、誰も思わないよ」

「兄貴になんか、分からないよ。いつも、ソツなく、なんでもこなしてた優等生の兄貴になんてさ。大体、あの頃あんたが俺に関心持った事あったかよ?」

 その言葉に胸をえぐられるような気がする。確かに俺は…。


 …確かに、俺は、学生時代はなんでもソツなくこなして来た。自慢ではないが、勉強はもちろん、スポーツもそこそこできた。成績がよくてもイジメに合わなかったのは、他人と適度に距離を置いて付き合う器用さも持っていたからさ。けれど、あの頃は自分が自分だと思えた事もなかった。画家の夢をあっさりT大志望に転向させられるぐらい自分の思い(願望)に対する執着もなかった。そして、それと同じぐらい他人にも執着がなかった。言葉を変えれば無関心。それは、弟に対してもそうだったかもしれない。


 その時、ふいに師匠が口をはさんで来た。

「おい。お前、俺の質問に答えてないぞ。なんで、お前がこの世界が綺麗でない事の証明なんだ? 今の話だと、単にお前自身が汚いっていう証明にしかならないんじゃないか?」

 弟が驚いて師匠を見た。不意打ちだもんな。っていうか、師匠…この上食い下がらなくてもいいのに…。弟が哀れになってくる。それで、俺は『もうやめましょう』と、師匠に目で合図を送った。しかし、師匠は気付かない。

 弟が、また咳をはじめた。どうやら、奴は咳をすると考えがまとまるらしい。「げほげほごほん」と3度程くり返した後、奴は答えた。

「それは…僕がニートで引きこもりだからだ」

 すると、師匠がまた首をかしげた。

「なんでお前が『ニート』で『引きこもり』だとこの世が綺麗でない証拠になるんだ?」

「だって…世の中の基準からすれば、人間失格だろ?」

「ああ、そういう事か。お前は人間失格なんだ。そう思ってるわけだ」

 師匠が妙な肯定のしかたをする。すると、弟は…否定の言葉でも期待していたんだろうか? …微妙に声を荒げた。

「俺が思いたくなくたって、世間がそう思うじゃないか!」

「思うかもな」

「ああ、思うさ。けど、俺だって別に好きでこうなったわけじゃない。俺は不幸な巡り合わせでいじめられる立場に立たされだけだ。けど、その途端、クラスの奴らは、俺にさんざんひどい言葉を浴びせられるようになった。今なら分かる。それは、奴ら自身が他の誰かに浴びせられて、心の中にため込んで腐敗させた『呪いの言葉』さ。本来別の誰かにぶつけるべき言葉を、それができないもんだから、奴らは弱い僕に浴びせかけた。僕は言葉のゴミ箱にされたんだ。そして、さんざん呪いの言葉を浴びせられ続けた僕は、ついにもぐらになってしまった。土の中でしか生きられない、醜い化け者さ。…どうだよ? これが、僕の存在がこの世の醜さである証明だよ!」

 

 弟は、まるでため込んだ恨みを吐き出すかのごとく滔々と語る。


「分かったよ!」


 俺は辛くなって叫んだ。


「お前は何も悪くないよ。お前はただの被害者だ。いじめは、いじめられる方が悪いなんて言う奴もいるが、それはあまりにも強者の奢り高ぶった意見だ。いや、虐める奴は強者なんかじゃないな。本当に強い奴は、弱い奴を思いやる余裕を持てるはずだ。100歩譲っていじめられる方が悪いとしても、個人に対して余りある程の制裁を加え過ぎだ。けどさ、お前、そんな奴らのために人生台なしにされて悔しくないのか? 見返してやれよ。人生その気になって頑張れば、いつからでも開ける。まして、お前は、まだ若いんだし…」


 思わず激高してしまう一方で、弟は、例のクールな顔を俺に向ける。

 それで…やっぱり、俺の気持ちなんか伝わらないか…と落胆すると、意外にも弟の口から出て来たのは「そうだよな」という言葉だった。

「そうだよな。兄貴の言うとおりだよな。僕は何も間違っていないんだから、過去の事なんか気にせず頑張ります。そうすれば、いつかみんなも分かってくれるよな」

「そうだよ」

 俺はうなずいた。

「いつかきっと、世の中悪いもんじゃないと思えるさ」

 あてもないのに希望を持たせる。

「うふふ」

 弟が笑った。

「なるほどね」

「なんだよ」

「そりゃ、こんな絵にハマるわけだと思って」

「どういう意味だよ?」

「理屈じゃないんだよ」

 と、弟は言う。

「綺麗事じゃ、何も解決しないの」

「綺麗事だと?」

「そうさ、兄貴も、その人も何も分かってない。世の中光だけじゃないんだよ。あんた達は苦労知らずだ」

「誰が苦労知らずだよ」

 っていういか、お前に言われたくない。

「苦労知らずでなきゃ、世の中の醜さから顔を背けていただけの妄想野郎だ」

「なんだと?」

 キレかけた俺を師匠が制する。

「妄想野郎か。そりゃ、悪かったな。でも、それだけ文句言えりゃ結構な事さ」

 師匠の言葉に弟はそっぽを向く。

 それから、師匠はゆっくりと視線を『つぎはぎのマリア』の方にうつした。そして言った。

「優は、これ気に入ってくれたんだよなあ」

「あ、はい。俺もこんな風に描ければって思ってたけど、どうしても無理です」

「別に、同じように描く必要無いさ。それより、この絵、なんで描いたか教えた事あったっけ?」

「うん? …そういえば聞いた事ないなあ」

「じゃ、教えてやろうか?」

「え?」

 そりゃ、興味ある。誰だって好きなものの事は知りたいもんだ。

 で「それは、ぜひ」ってうなずくと、師匠は

「じゃあ、こっちに来いよ。弟も」

 と言って、俺らを倉庫の中へと導いていった。

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