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この国では 毎日内戦が起きている
教室内の内戦だ
理由は重大だ
クライダサイクウキヨメナイ
地雷を踏んだらさよならだ
大人なんてあてにならない
奴らは言った
「イジメなんかない」
奴らは言った
「彼らは、ただ、からかっていただけだ」
奴らは言った
「お前、被害妄想じゃないのか?」
そして、最後にはこう言った
「いじめられる方が悪いんだ」
何が悪いんだろう?
誰にだって悪いとこなんてあるはずなのに。
人生を台なしにされるぐらい、
僕の個性が罪深いというんだろうか?
そんなわけあるはずないだろう?
どこからどう見ても、何のとりえもない
どこにでもいる普通の人間でしかないこの僕が。
そんなある日、僕は啓示を受けた
そして悟った
悪いのが悪いんじゃない。
弱いのが悪いんだ。
そうだろう?
キリストだって罪人にされたんだ。
でもみんな知ってるだろう?
悪いから罪人にされたんじゃない。
彼が存在していると都合の悪い連中相手に
戦おうとしなかったから罪人にされたんだ。
強いやつは、弱いやつを責める。
責める理由は、どれだけだってつくりだせる。
弱い奴は永久に責め続けられる。
そして、いつか醜悪な化け物に仕立て上げられる。
気付かぬうちに悪者にされるんだ。
それもしかたのない事だ。
誰だって自分は正しいと信じたいから
大義名分は必要だもんな
けど、見てみろよ
どっかの大国だって
正義の名の元に、戦争しているけど
みんな知ってるだろう?
正義なんてどこにあるんだ?
なのに大人達は言うんだ。
戦争反対
平和を大事に
それを聞いて僕は思った
コイツライミワカッテルノカナ?
『内戦』と名付けられたその文字の羅列を、俺は食い入るように眺めていた。 それは、弟の詩だ。
弟は、自分のサイトにこんなトーンの詩ばかり、数え切れないほど載せていた。
黒い画面に灰色で書かれたそれらの文字から受け取るイメージは、どことなく俺の描く人物画に似ているように思えた。絶望的な孤独と、怒りと、恨みを抱きながらも、見えない誰かに届く事をひたすら願って書かれたであろうその叫びは、誰かの心に届いたのだろうか?
届かねえよ。
と、俺は吐き捨てる。
今どき、これっぽっちの苦しみ、笑いのネタにもなりゃしねえよ。
何しろ、皆がみな自己嫌悪に陥っている世の中だ。ありもしない枠や、下らない縛りをかってに作り、自縄自縛になって身動き取れなくなった哀れな魂が、他の奴も地獄の渦へ巻き込もうと足を引っ張りあう世の中さ。やっかいな事に、それらは笑いの裏に巧妙に隠されている。陽気な顔をして、いつまでも着地点を見出せぬまま、みんなでどんどん崖っぷちに追いつめられて行くんだろう。そして、いつかみんなで崖から飛び下りればいい。そう。まるでレミングの群れように。
それから、俺は手元の携帯に目を落とした。そして、ディスプレイに表示されっぱなしの文章を読むともなしに読む。
『おはようございます。今日もお仕事頑張ってください。
僕も一日頑張ります! 正』
おととい、みーさんから転送されて来た、弟のメールである。
妙に前向きなその文章もタチの悪い冗談のようにしか思えない。
一体奴は、どこから、どんな気持ちで、こんなメールを送ったのだろう?
ちなみに、みーさんへの連絡は3日前に途絶えたらしい。おそらくは、事情を知ったみーさんが弟に居所を知らせるようメールで説得したため、奴に警戒心を抱かせたためと思われる。
しかし、自サイトの掲示板への書き込みはしているようだ。どうやら、こちらはばれていないと思っているのだろう。が、しかし毎日チェックしているぞ。ここ数日、会社から帰って、夕食をとって、この部屋でパソコンを見るのが日課になっているんだ。
今日も、弟は書き込みをしていた。
それは、奴の小説に感想をくれたFAN(!)への丁寧な返事だった。意外な事だが奴の小説は意外に人気があるのだ。しかし、人気があるのは、ネガティヴな詩や、ひきこもり小説ではなくて、巨乳魔法使いが主人公の学園ファンタジーに対してだが…。
本日の弟の書き込みは、この一月あまりのそれと同じく、居所を一切悟らせぬ事務的な返礼でしかなかったが、とりあえず奴が無事な事を確認できるものではあった。それで、ホッと胸をなでおろしたその時、携帯がメールの着信を知らせた。送信者は森崎だ。
何の用かと開いてみれば、
『弟さんの行方分かった?』
と書いてある。
『今調べているが、ページが多すぎて読み切れない』
と書いて送信すると、すぐに返事が帰ってきた。
『良かったら、サイトのアドレスを教えてくれない? 私も調べてみるから』
渡りに船とはこの事である。それで『それはとても助かる』とメールで打ち込み、ついでに奴のホームページのアドレスを携帯に一字一字丁寧に打ち込んで行く。そして、打ち込んでしまってから、しかし、まてよと首をかしげた。なぜなら、こんな心の声が聞こえて来たからだ。
『俺はそこまで森崎に甘えて良いのだろうか? 彼女も俺に対してそこまでする義理もないだろうに。しかも、このアドレスを知らせるという事は、あいつの恥部を晒すようなもんだぞ。なにしろ、ここにはあまりにも奴の全てがさらけだされすぎてる。もし、俺が奴の立場なら、これを多少でも面識のある人間に知られる事をどう思うだろう? しかも相手は、奴にとっては年上美人の森崎だ。かなり抵抗あるんじゃないのかなあ? いや、抵抗あるに決まっている』
そう考えると、俺はせっかく打ち込んだメールを送らずに削除しようとした。ところが、削除しようとした時、今度はこんな心の声が聞こえて来た。
『いや。この際、そんな事を言っている場合じゃないだろう。なにしろ事はインターネット上での話だ。パソコンに関してはドシロウトの俺なんかより、森崎に頼った方が効率がいいに決まっている』
さんざん迷ったあげく、俺はついに決心した。
そして、奴のサイトのアドレスを打ち込んだメールを、森崎にあてて送ったのである。ただし、こう付け加えて。
『何を見ても驚かないでくれ。あいつの名誉のために黙っていたが、あいつは8年間もひきこもっていたんだ』