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神様の不良品  作者: 橘 明
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『土中喪黒う(つちなか もぐろう) 2?才 高校中退 無職 ヒッキー暦8年 未来の大詩人にして大作家』


 それは、どくろ模様が縦横に連なる、はっきりいってセンスねえ背景の上に、まがまがしい血文字で書かれた一文だ。もっと詳しく言うなら、弟が自分のサイトに載せた自己紹介文だった。


「なにが未来の大詩人だばかやろう」

 俺は軽く毒づくと、ブラウザバックしトップページに戻った。そして、目を皿のようにしてそこに書かれた全文章をを読んで分かった事は、どうやら弟が生意気にもこのサイトに詩や小説を発表しているらしいことだった。しかも、さらに生意気な事に、奴はブログとやらまでやっている。マイブログと書かれた文字をクリックすると、アホの一つ覚えのごとき黒いトーン一色のダークなページが現われた。そして、右上にはやっぱりどくろがいる。他にやりようはないものか……と思ったが、とにもかくにも、それが奴のブログだった。

 何が書いてあるかと読んで行けば、俺の知らないアニメやライトノベルへの、偉そうな批評批判が延々と書かれている。そして、それらの記事に紛れ込むようにして、時々「死ねればいいのに」という独白があったり、または明らかに俺と思われる男に対する罵詈雑言が書かれていた。それを要約すると、大体こんな感じだ。


『大学中退のへボ絵書きにもなれない負け組フリーターのくせに、上から物言ってるんじゃねえ』


 さらにそういった文章の後には、必ずといっていいほど、どこのどいつかも分からない連中からのコメントが山のように寄せられていた。それらを極端に短く要約すると、大体こんな感じになる。


『バカ兄貴逝ってよし。首吊って、氏んでこい』


「なんだとこのやろう」

 と、書き返してやろうと思ったが、同レベルに落ちるのが嫌なのでやめておいた。


 さらに、奴の書いた小説なるものを読んでみる事にした。

 が、しかし、自称『未来の大作家』にしては、お粗末すぎるものばかりで、いずれも10行と読めない。唯一読めたのは、ひきこもりの男が回想する『青春☆ひきこもらー』という小説だけであった。

 それは大体こんな内容だった。



 できのいい兄貴をもった高校1年生、山田亜矢松という男がいた。

 元来、小心で内気な男だったが、非社交家な兄、勉に対抗するために、必死で社交家を演じていた。

 亜矢松はクラスメートに好かれるために、道化を演じた。それでかえってなめられて、パシリ扱いになる。それでも、亜矢松はクラス内の居場所も見つけ、辛うじて平穏な日々を送っていた。

 そんな亜矢松に親友ができる。そいつは他のクラスの因幡という男だ。

 二人が出会ったのは学校の図書館だった。亜矢松は元々本など読む奴でもなかったが、好きな女が図書委員だったのでしばしば通っていた。そこに毎日因幡も来ていたというわけだ。二人はしょっちゅう顔を合わせているうちに、話すようになっていった。

 因幡はいじめられていて、しょっちゅうアザを作っていた。しかし、因幡はいつでも全く平気な顔をしていた。それどころか、イジメでしか自己の劣等感を晴らせない連中を哀れんでいるような風さえあった。そんな因幡の態度に亜矢松はいつしか尊敬の念を抱くようになっていった。

 それだけではない。相手が孤立しているという安心もあって、普段、つるんでいる仲間には言えない愚痴や本音も因幡には語る事ができた。因幡は、亜矢松の話に熱心に耳を傾け、そして、冷静に分析し、助言をくれた。読書家の因幡は博学だった。自分の持っている知識を惜しみなく亜矢松に与えてくれた。

 次の年、2人は同じクラスになった。しかし不幸にして、昨年来因幡をいじめていた連中も同じクラスになったため、因幡はまたしてもいじめられる事になった。それを見た亜矢松は…。


 亜矢松は見て見ぬふりをした。

 無理もない事だ。

 因幡を虐めるグループは体格もよく、あまりにも凶悪すぎて、ひよわな亜矢松が到底戦いうる相手では無かった。亜矢松が逃げたといって誰が彼を責められるだろう?

 誰だって一番大切なのは、自分の身の安全なのだ。そう。いつだって『誤りし彼』を責めるは他人ではない。『彼』を責めたてるのは他ならぬ彼自身なのだ。哀れな亜矢松も己の心に責め立てられた。責められ、責め立られ、ついに耐えられなくなった。そして、ある日ついに彼は爆発した。因幡を虐める連中の前に果敢にも挑みかかり、友人を守ったのだ……おろかでお人好しの亜矢松。その結末も知らずに…!



 ここまで読んで俺は思った。…これは実話じゃないのか? そして、さらに文字を追って行く。



 身の安全よりも友情をとった亜矢松の勇気に、その日、因幡は心から感謝してくれた。

 彼は『ずっと虚勢をはっていたが、本当は辛かったのだ』と告白して泣いた。

 友の嬉しそうな様子を見て亜矢松は満足した。そして思った。これで良かったのだと。例えクラスで孤立しても何も恥じる事は無いのだと。代償は大きかったが、かけがえのない友情を得る事ができたのだと…。



 ところが。


 翌日学校に行くと、世界の全てが変わっていた。

 今まで優しかった友達が、視線を逸らすようになった。

 放課ごとに暴力を受けた。

 今までの亜矢松のクラスでの地位がさほど高く無かっただけに、思いもしない反抗がボスクラスの奴の怒りを倍増させたのだろう。報復は執拗を極めた。

 が、しかし、暴力には耐えられた。覚悟をしていたからだ。

 それよりも、彼の心を打ち砕いたのは因幡の変心であった。

 そう。因幡は亜矢松を裏切り、虐める側に回ったのである。

 しかも、今までのうっぷんを晴らすがごとく、誰よりも率先して亜矢松を虐めた。



 それでも、亜矢松はしばらくは耐えていた。なぜなら、クラスメートの中に彼が好きだった女生徒…例の図書委員の彼女が居たからである。彼女の存在だけが、この地獄にわずかの聖域を設けてくれた。

 彼女はイジメに加わったりしなかった。かといって、とりたてて亜矢松に優しかったわけでも無いが「こんな僕をいじめない事」を亜矢松は勘違いしてしまった。彼女も少しは自分に好意を持ってくれていると思い込んでしまったのである。

 修学旅行の後、亜矢松は誰にも分からないように彼女の写真を買った。ところが、この事がクラス中に知れ渡ってしまった。なぜなら、因幡が亜矢松の行動を知ってばらしたからだ。なぜ、因幡が亜矢松の気持ちを知っていたかといえば、その昔亜矢松自身が因幡に打ち明けていたからだ。亜矢松はクラス中の人間に笑われた。情けなかった。彼女にすまないと思った。クラスメイトがはやしたてる中、そっと彼女の方を見ると彼女と目があった。こんな目に合わせてごめんという意味をこめて、そっと頭を下げると、彼女が泣きそうな顔でいった。


「最悪! なんで、あたしがあんなキモイのに好かれなくちゃいけないの?」


 とたんに彼女の友人が彼女を取り囲み、彼女をなぐさめはじめた。


 亜矢松にはわけが分からなかった。

 彼女の言葉の意味が理解できなかった。


 ともあれ、その事で彼の心の砦は崩壊した。


 物語はそこで終わっていた。


 『続く』という文字を見つめながら白日夢のごとく俺の頭に浮かぶのは、あの日、やけにきつい目をしていた弟の姿だった…。



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