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神様の不良品  作者: 橘 明
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 目を覚ますと昼だった。

 深夜、昏倒してそのまま寝てしまったようだ。色々な夢を見たが何一つ思えていない。ただ、やたらと癒される夢だったような気はする。


 起き上がり、ボリボリと頭をかき、一週間ぶりに部屋から出る。階下の洗面所で顔を洗う。


 何やってるんだ、お前は?


 って、差し向いの無精髭の男に話しかける。


 みっともねえ顔しやがって。これじゃ、正と同じじゃねえか。


 まったく、こういうのをミイラとりがミイラになったって言うんだろうか? ちょっと違うかな? などと自問自答し、まあ、どうでもいいやと速効で結論付けると、鬚を剃り、洗濯済みの服に着替えた。

 なにしろ、いいかげんに職探しにでも行かないとやばいだろう。とりあえず、まだ引きこもりになる気はないからな。


 家の中はシーンとしている。両親は出かけているようだ。最近二人ともよく外に出かけている。家にいたってノイローゼになるのが関の山だからと俺が進めたのだ。

 そしているはずの弟の気配は相変わらずまったく感じられない。


 pm 4:30

 職安を後にし、車を走らせる。

 激しい徒労感にさいなまれていた。望むような職が見つからなかったからである。果たして、この町に俺の居場所なんかあるんだろうか? 家族のために犠牲になるという行為、それ自体は美しくはあるけれども、『俺にとって』それが本当に正しいといえるのか?

 なんだか子供のころに読んだ杜子春て物語を思い出す。正直、昔読んだ時はよく意味が分からなかったが、もしかしてこういう事なんだろうか?


 などなどらちもない事を考えていた時だ。ふと窓の外を見た俺の目に異様なものが飛び込んで来た。


 それは、ひとことで言えばみの虫だ。いや、みの虫みたいな男だ。

 多分、何枚も重ね着をしているんだろう。しかし、いくら冬とはいえ着込み過ぎだ。だるまのように膨れ上がっているじゃないか。

 一番上に羽織ったどてらは、おそらく元は別の色だったのだろうCh褪せた茶色で、その上に灰色のマフラーをして、頭には煎茶色のニット帽をかぶり、そこからはボサボサの髪がのぞいていた。顔がよく見えなかったのは、薄暗いからというよりもむしろ奴が後ろ向きにどぶ川を眺めていたからである。


「なんだありゃ?」


 思わず口をついて出る。


 世の中には妙な奴がいたもんだ。その風体のあまりの馬鹿馬鹿しさに少しだけ憂さが晴れた気がした。





 結局望むような職にはつけそうにもないとあきらめ、数日後、隣町の工場にバイトで入る。手っ取り早く稼ぐにはそれしかなかったのだ。

 そこは大手企業の工場で、俺は荷物運びをまかされた。

 しかし、そこではもう絵を描く事はなかった。無機質な工場内はモチーフに事欠かなかったが、それらを描く事に自分自身が倦んで来たからである。しかし、さて、それでどうする? お前は何を描く? 何が描きたい? という(あの日以来提示された)問いかけの答えは、行く先見えぬ未来以上に曖昧模糊としている。それがはっきりと見えない限りどうしても描く気にはなれない。


 そんな具合に一週間ばかりたったころ、みーさんからメールが入った。


『次の土曜日にクリスマスパーティやるけど優ちゃんも来る?』


 みーさんか、懐かしいな。


 と、休憩時間、人気のない倉庫裏のフェンスにもたれて思う。

 なにしろ、前の工場を辞めてからわずか二ヵ月しかたっていないのにもう何年もたった気がしていた。


 クリスマスか…。たいして興味もなかったがとりあえず返信した。


『誰が来るんですか?』


 メンバーは重要である。(しかし、みーさんには会いたいなと思う)


 しばらくすると返事が来た。


『まだ、ちゃんと決めてないけど、とりあえずキミちゃんには声をかけたよ』


 キミカ…その名前にドキッとしたところ、続けざまにメールが入って来た。


『優ちゃん、キミちゃんとケンカしたってね。どうして?』


『別に色々あって…』


 と返信すると、またすぐに返事が来た。


『許してあげなよ。キミちゃんさびしそうだよ』


 許すも、許さないもないが、みーさんの言葉で俺はあの夜の事を痛烈に思い出した。別に今まで忘れていたわけではない。あえて心の外に置いておいただけだ。しかし、今、落ち着いて考えてみれば、何もあんな態度を取らなくてもよかったと思う。


『どうする? くるでしょ?』


 みーさんから半ば強制的なメールが来た。

 俺は随分迷いつつも返信した。


『分かりました。行きます』


 まだ、やり直しはきくだろう。


 何をやり直したいのか、そしてそれを本当にやり直したいのかどうかも定かではないくせに、俺はそんな事を考えていた。

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