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神様の不良品  作者: 橘 明
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 2012年。


 世界が滅びるだのなんだの、怪しげな噂のたつその年のある日。俺は成田空港のロビーにいた。


 人込みの中歩いていると、携帯が鳴る。見るとメールが入っていて


『右だよ、右』


 と書いてある。


 言われるがまま右を見ると、大きなカバンを抱えた弟が立っていた。俺は弟に駆け寄り、


「元気そうじゃないか」


 という。


「兄貴も元気みたいだな。ていうか、前より太ってないか?」

「おかげさまで飯がうまいから。で、お前はどこに行くんだっけ?」

「ヨルダンさ」

「ヨルダン? また、変わった所に行くな。それ中東の国だろう?」

「ああ。なんでも、キリスト教とイスラム教の混在する、幻想的な国らしいよ」

「へえ。キリスト教とイスラム教ってのは代々仲が悪いんじゃなかったっけ?」

「難しい事は知らないよ。俺、無宗教だし。第一これは、俺がいきたいというよりも、むしろ大地の希望なんだ」

「大地? 彼、行けるのか?」

「いいや。行きたいけど無理だから、俺がかわりにに行くんだ。向こうの風景を撮って、大地のパソコンに送ってやる約束してるんだ」

「へえ、でもなんでヨルダンなんだろう?」

「大地が小さい頃に、父親が話してくれたんだって。とても奇麗な国だって。だから、絶対大人になったら行こうって、その頃は本気で思っていたんだって」

「そっか…」

 まぶたの裏に、生き生きと走り回っていただろう頃の大地の姿が浮かび、すぐに消えた。

「まあ、気をつけていって来いや。それより、俺に渡したいものってなんだ?」

 そう。俺は弟から渡したいものがあるからと言われて、品川くんだりからここまでやって来たのである。

「ああ」

 弟はカバンの中からB4の茶封筒を取り出した。

「なんだ? これは?」

「俺の書いた小説」

「小説? なんでそんなもんを俺に渡すんだ?」

「アニキに表紙の絵を描いて欲しくて」

「表紙の? 別にいいけど、金とるぞ。一応、これでもプロの端くれだし」

「ケチくさいな。冗談だよ。もし、飛行機が落ちるとヤバいからアニキに預かっててもらおうと思って」

「そう、簡単に落ちるかよ」

 言いつつ、受け取る。

 それから、しばらく互いの近況報告をする。俺は、絵の仕事の事など、弟は介護福士師として勤めるふれあいの家の事や両親のことなど。あの事故の後は、とりたてて大きな事件もなく、皆、平穏無事にやっているようだ。



 アパートに戻ると、俺は弟から手渡された封筒を開けた。

 『青春ひきこもらー』と書かれたA4の紙の束が出てくる。


「ああ。これか」


 思いつつ、目を通す。そこには、弟の学生時代から始まり、3年前のあの日の事までが綴られていた。後半は、弟ではなく、稲本誠二の視点で描かれている。タイトルは『リアルババ抜き』になっている、どっかで聞いたようなタイトルだ。


 ……稲本か……


 その名を思い出すと、やりきれない気持ちになる。

 あの日、あの爆発に巻き込まれた弟は助かったが、稲本は助からなかった。


 昨日の事のように覚えている。

 夕日の射し込む病院の一室で、稲本の母親から手渡されたノートを手にして弟は泣いていた。そのノートには、工場を辞めた後の稲本の気持ちがびっしり綴られていたらしい。稲本の母親が、何を思って弟にそれを手渡したのかは分からない。


「最後の最後に、俺に詫びたよ」


 稲本の死を知った時、弟はぽつりとつぶやいた。



 小説を全て読み終わると、俺は葬式の日に現れた、あの、松浦という男を思い出した。

 でかい図体して泣いていたっけ。消えた幼馴染みを探してまで追いかけたって、一体どんな気持ちだったんだろうか?


 ……あいつの父親はDVだったって聞いた事あるよ。子供の頃、虐待されて育ったとかさ



 弟がちらりとそんな事を言っていたっけ。もしかして、松浦という男は、家庭内での辛さや苦しさに耐えきれず、そのストレスを一番身近な稲本にぶつけていたのかもしれない。それが為に稲本は、苦しみ、鉾先は弟に向かい、弟は8年もの時を棒にふらねばならなくなった。

 負が負の連鎖を呼び、悲劇が次なる悲劇の幕を開ける。その連鎖を止めるには、どこかで誰かが恨みを飲み込み、断ち切らなくてはいけない。


 それから、俺はスケッチブックを開き、戯れに絵を描いてみた。弟の小説に捧げるイメージだ。

 画面の左右から2本の手が出ていて中央あたりで今まさに繋ごうとしている。それは、誰かと誰かの信頼の証だ。それだけでは寂しいから、二つの手の向こうに赤色でハートを描いてみる。何だか、ポスターみたいになってしまう。こんなんじゃ、挿し絵にもならないかと苦笑いする。



(完)






完結です。長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。



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