6話
深夜0時。
赤城は黒羽の小さな背中を追って繁華街を進む。
人気はないのに視線を感じるビルの間を通り、粘度の高い液体が、地面に叩きつけられる音を路地裏から聞き、妖しい視線を送る影を通り過ぎる。
バリオスからそこまで遠くはない古いビル。
外観は廃ビルにしか見えないが、僅かに人の気配は感じる。
ゴミや落書きの跋扈する真っ暗な階段を1,2、3個と登る。
登った先の通路を少し進むと、錆の浮いた古い扉が目に入る。
そこで黒羽が足を止める。
「ここだ」
鍵を差し込むことなく、瀕死の蝶番に鞭を打ちながら扉を開ける。
不快な音を上げながら、室内を詳らかにした。
明かりを付ける。
「なんだ‥‥‥これ?」
冷や汗が出る。
元は古い事務所だったのであろう。
まず、玄関に酒瓶が転がっている。2本、3本と。
狭いスペースに靴を置く。
黒羽は上り框が汚れることも厭わず、汚れの付いたブーツを無造作に脱ぎ捨てる。
ゴミは無い‥‥‥いや、事務所の一室。
立て付けが悪いのか、僅かに扉が開いていた。
黒羽に勘付かれないように、その隙間から部屋の中を盗み見る。
大小さまざまなゴミ袋らしきものが放置されていた。
床を良く見ると、液状のものと黒い粒粒がところどころに見える。‥‥‥異臭が強い。
赤城は目を逸らす。
「適当に座れ」
黒羽が赤木を見ずに、ソファを指差す。
ソファにはゴミはあまり無いが、ソファ近くのテーブルには酒瓶と死屍累々の灰皿が複数。
いつのものか分からないディスポーザブルの食器や容器がそのまま放置されていた。
床にも酒瓶、酒瓶、煙草、酒瓶、ゴミ、シャツ、ゴミ、煙草、酒瓶、下着、ゴミ‥‥‥
見過ごせないものがあった。
‥‥‥赤城は目を逸らす。
流し台はあるが、あまり見たくは無い光景が広がっていた。
‥‥‥流し台はゴミ箱ではない。
トイレは公園の古いトイレ良い勝負が出来るほどの清潔さだった。まだ、使用できる範囲である。
窓?があったと思われる場所にも酒瓶がずらりと。コレクションか?と思うだろうが、全て中身は空だ。
その前にはデスクがある。
デスクの上には書類や写真、酒瓶、灰皿と雑多な雰囲気だ。
ここが一番綺麗な場所だろう。
奥の部屋には寝室がある。
そこはプライベートの場所と思い、まじまじと見ることは無かった。
‥‥‥マッサージ器具といった気の利いたものや、丸いものが付いたベルトなど。趣味性に富んだものが投げてあった。
‥‥‥赤城は目を逸らす。
「何をしている?‥‥‥今日はもう遅い。明日、改めて説明してやるから、とっとと寝ろ」
そう言いながら黒羽は赤城に示したソファの反対側にコートを放り投げ、パンツを脱ぐ。
‥‥‥赤城は目を逸らす‥‥‥
「待って下さい!?」
無理だった。
「なんだ?」
黒羽は脱いだパンツもコートの上に放り投げる。
黒羽は今、シャツと下着のみの格好だ。
シャツのサイズが合っておらず、かろうじて下着は隠れている。
‥‥‥上はどうしようもない。
癖なのか、楽なのか。シャツの上のボタンが2、3個外れている。
コートも脱ぎ去ったため、黒い布が隙間からはっきりと見えていた。
「シャツのボタンくらい閉じて貰えませんか‥‥‥」
咄嗟に目を逸したが、そこは悲しい男の性。
一瞬見えた隙間から、予想以上に深い谷が見えてしまった。
「面倒だ。それに閉じると息がしづらい」
赤城はシャツのボタンを開けている理由を理解してしまった。
「あの、目のやり場が‥‥‥」
「構わん。好きにしろ」
どさっ、とソファに座り込む。組んだ足の隙間からはっきりと黒い布が見えてしまう。
「‥‥‥」
赤城は目を逸らす。
「‥‥‥別に女を知らないわけでも無いだろう?」
「‥‥‥いや、まあ、そうですが‥‥‥」
赤城の反応を知りながらも、気にすることなく飲みかけの酒瓶の蓋を開け、そのまま直接液体を呷る。
「寝る時はそこのソファを使え。‥‥‥あと、向こうのベッドは使うな。女を呼び込んだ時に使うからな」
「‥‥‥」
赤城は何も言えなくなってしまう。
仕方がないので、ソファの上に転がる酒瓶を床に置き、脱ぎ捨てた黒いものを丁寧かつ意識しないように隅にそっと置く。
「‥‥‥黒羽さんもそこで寝るんですか?」
「ああ、たまに入ってくるやつもいるからな」
恐ろしいこと事を言われた。
「‥‥‥大丈夫なんですか?」
「大丈夫でなければ、ここにはいない」
反論が出来ないほど、もっともな回答だが、その場合相手がどうなったのかは気になる。
赤城はナイフに刺さったオレンジの記憶を思い出す。
‥‥‥自分で想像を補完し、納得することにした。
「トイレは勝手に使え。‥‥‥さっきの事で分かったと思うが、私をどうにかしようとしないほうがいい‥‥‥身体が惜しいのであればな」
「はい、承知しました」
「じゃあ、寝ろ」
黒羽はそれだけ言い放ち、ソファの上で丸くなって目を閉じた。
(‥‥‥猫みたいだな)
そんな事を考えたところで睡魔が襲う。
アルコールの助けもあるのだろう。意識を手放すまで、そう時間はかからなかった。




