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だらしのない復讐者と共犯者になった男 〜inde ”Vengeance“ day〜   作者: 岩波備前
着火

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6/13

5話

「もうすっかり常連さんね」


「ありがとうございます‥‥‥」


バーテンダーが昨日と変わらず迎え入れてくれた。

普段であれば何も聞かない姿勢は有り難いが、今日は寧ろ聞いてほしいくらいだった。


「最初は何に致しましょうか?」


「とにかく、きつい酒を下さい」


「きついお酒というとスピリタスになっちゃうけど‥‥‥流石にねぇ‥‥‥‥‥‥あっ、なら煙たいのはどう?」


「いいですね。お願いします」


「きつくて美味しいのがあるのよー」


バーテンダーは白いすりガラスのようなボトルを差し出す。


「オクトモアアイラバーレイ、ってお酒なんだけど」


「オクトモア‥‥‥どんなお酒なんですか?」


「一言で言うなら、世界一煙臭いスコッチウイスキーよ」


世界一煙臭い、なんて言われたら飲みたくなってくる。


「では、それをシングル、ストレートでお願いします」


「はーい」


バーテンダーが壺のような形のグラスへ注ぐ。

何も言わずにチェイサーも添えてくれた。


礼を言いつつグラスを持ち、色と香りを楽しむ。

世界一、と言う割には見た目からはインパクトは感じない。程々に熟成された黄金色。


鼻を近づけた瞬間、煙が爆発した。


(これは‥‥‥圧倒的だ)


煙の塊。そんなイメージ。

初撃を食らったボクサーの如く、臆さず2撃目に備える。


煙の塊。だが、その中に潮気と甘さが潜んでいることが分かる。煙臭いだけの液体ではない。たしかな風味がある。


口に含む。

煙と甘みと渋みがバランス良く広がる。

想像していたよりもアルコール感は感じない。

わずかに舌に残る程度か。


甘みが舌先から奥、左右に広がる。

潮気と泥、煙が鼻腔を通り抜ける。

余韻はそこまで長くはない。しかし、確かな麦の味は感じる。


(‥‥‥頭が冴えるぜ)


チェイサーを間に挟みながら、少しずつ愉しむ。加水はしないほうが良いかもしれない。


「‥‥‥ふぅ」


煙とアルコールの重さがじわじわと残るが、そこが良い。

身体が更なるアルコールを求め始める。


「どうかしら?」


「今の私が欲していた酒です。ありがとうございます」


「そう?••••••良かったあ」


バーテンダーの話によると人を選ぶ酒らしい。


「バーテンダーさん、次を‥‥‥」


背後で扉が開く音がした。

人の気配を感じ、少しだけ身体を逸し、その人物を見る。


「マスター、酒だ。強いやつをくれ」


「あら、詩音ちゃん、いらっしゃい」


黒羽だ。

昨日と同じ格好で、同じ場所に座る。

椅子に飛び乗る姿が、どことなく塀にあがる猫のように見えた。


「あんたは‥‥‥」


「こんばんは」


「ああ‥‥‥」


短い挨拶を交わす。黒羽は興味が失せたとでも言うかのように、カウンターでグラスを待つ。


「はい、駆けつけ一杯」


バーテンダーがショットグラスに透明な液体を入れ、黒羽に差し出す。


「‥‥‥」


差し出されたグラスを一気に呷る。

子どものような黒羽がそんな行動をすると驚いてしまう。


「‥‥‥ああ、次を」


ショットグラスをカウンターに戻し、2杯目を催促する。何も言わない。

だが、バーテンダーは慣れた様子でグラスを片付けるとともに、灰皿とチェイサーを差し出している。

それを予測していた黒羽は既に煙草を咥えており、火を付けていた。


紫煙と白煙がカウンターを越える。


「良いウォッカだったのに‥‥‥もう少し味わって飲みなさいな」


「ああ、良いウォッカだった。飲みやすい」


「ウォッカなんて、どれもそんなものよ」


「マスターがそんなことを言うなよ‥‥‥」


お互いに遠慮なく軽口を叩く。

会話を楽しむ感じではなく、ただの遣り取り。

2人はそういった関係なのだろうか。


「はい、煙臭いやつ」


バーテンダーは2杯目を差し出す。

一緒にカウンターに出したボトルは黒い。


「アードベッグか」


「そうよ、少しは味わって飲みなさいな」


黒羽は素直に少しずつ飲み始める。


「‥‥‥そこにあるのはオクトモアか?」


グラスを傾けながらこちらのカウンターに置いてあるボトルを眺める。


「そうよ、そこの常連さんに出したのよ」


常連、リップサービスにしてはこそばゆい言い方だ。赤城は苦笑いで返答する。


「‥‥‥後でそれも出してくれ」


「はいはい」


黒羽はグラスの中身を楽しんでいる。

煙草も燻らせているため、相当煙臭いであろう。女性にしては珍しい。


「••••••あんた、赤城、と言っていたな」


「え、ええ••••••昨日はお世話になりました」


クビになってしまった原因とはいえないが、その一端に加担した相手に対し、礼を言うことは複雑な心境であったが、世話になったのは事実。

礼儀として必要だろうと考えた。


「赤城、あんた、仕事を辞めさせられただろ?」


「っ!?‥‥‥何故それを‥‥‥」


驚愕する。昨日の今日で何故そんな事が分かるのか。


「まあ、昨日の荷物を持っていったらそうなるでしょうねえ」


バーテンダーまでそんな事を言う。


「中身が何か知っていたんですか‥‥‥」


「麻薬でしょ?」


こともなげに返答する。


「何故それを昨日教えてくれなかったんですか?」


「だって、ねえ‥‥‥」


「昨日の時点で中身を見ていたら殺されていたな」


黒羽の言葉に背筋が凍る。

今日までは不思議な2人だと思っていたが、急に得体のしれないものに見えてくる。


「そんな、俺は関係ない‥‥‥」


「なら、相手にとっても関係ないな」


理不尽な話だが、その通りであった。

麻薬を扱う人間にとって、麻薬以外はどうでも良いのだ。

生きている糞袋か、動かない糞袋か。そんな違いでしかない。


「‥‥‥」


「災難だったわねえ‥‥‥」


分かりきったことを言う。

だが、本当に身を案じてくれていることは分かった。


「仕事を探さないとなあ‥‥‥」


現実問題、仕事をして金を稼がないことには生きてはいけない。

特にこの街のように治安の良くない場所では死活問題だ。


金があるから、ある程度の安全を確保出来る。

なければ野垂れ死ぬのを待つだけだ。

••••••保証なんて、誰もしてくれない。


「‥‥‥バーテンダーさん、今すぐでなくても良いんだが、何か仕事はないか?」


バーテンダーに聞いてみる。

水商売の人間だ。様々な人間からそういった情報も耳に入るだろう。

まあ、所詮は酒の席。あまり期待はしていない。


「うーん‥‥‥仕事ねえ‥‥‥ここは人手も足りているし‥‥‥••••••あ、そうだ」


バーテンダーが手を叩き、何か思いついた表情をする。


「ねえ、詩音ちゃん。貴女、ご飯••••••ちゃんと食べている?」


「何を言い出すんだ?」


黒羽が怪訝な顔をする。

恐らく食べていないのであろう。


「で、お客さん‥‥‥赤城さん、だったかしら?貴方、ご飯が作れたり、掃除とかって出来たりする?」


「え、ええ、まあ。昔から良くしていましたから。炊事、洗濯、掃除‥‥‥一通りは」


子どもの頃から今に至るまで。必要に駆られて続けてきた習慣だ。

バーテンダーから急に話を振られ、戸惑いつつも正直に答える。


「じゃあ、詩音ちゃん。赤城さんを雇いなさいな。貴女みたいな子にはぴったりの子よ?」


「‥‥‥••••••は?」


困惑を通り越して、何を言っているのか分からなくなってしまう。


「へっ••••••バーテンダーさん‥‥‥どういう意味で?」


「‥‥‥‥‥‥」


黒羽は意外と真剣に考えている。


「いやいや!そんなことは考えるまでもありませんよ。俺が黒羽さんの所にお世話になるって事ですか?」


「いや、その逆よ。‥‥‥お世話してほしいのよ。••••••詩音ちゃんを」


予想の斜め上を‥‥‥更に上回る返答が返ってきた。


「いや、それこそ無理ですよ。俺、黒羽さんと出会ったばかりですよ?そんな知らない人間に世話を頼むなんて‥‥‥って‥‥‥‥‥‥世話ってなんですか?」


違和感がある。何故お世話をする必要があるのか?


「簡単な話よ。この子、生活能力皆無だから」


「‥‥‥」


バーテンダーは断言する。

それでも他に言い方はあるだろう、と思う暇もなく言葉を続ける。


「黒羽ちゃん。見ての通り酒カス、ヤニカス、遊び好きでね‥‥‥それはもう、凄いのよ」


「事実だからと言って、言っていいものじゃない」


特に気にした様子もなくバーテンダーに言い返す。


「酒、煙草はともかく••••••遊び好きって‥‥‥ギャンブルとか‥‥‥ですか?」


「ちょっと、違うわねぇ?」


ギャンブル以外の遊び‥‥‥バーテンダーの言葉と態度から推察するに、男女間の方を示していると赤城は理解した。


「えっと‥‥‥主にベッドの上でする方の‥‥‥?」


「ええ、そうよ。詩音ちゃん、結構肉食系なのよねぇ」


こんなに華奢な女性が‥‥‥と一目置いてしまう。

まあ、そういった関係は個人の勝手だが‥‥‥


「••••••あ、違う違う。確かに奔放だけど相手は女性よ?」


「ああ、男とは寝ないし、寝たこともない」


恥ずかし気もなく答える。

羞恥心も皆無らしい。


「いっ?!‥‥‥ええっ‥‥‥?」


仰天した。まさか黒羽さんは‥‥‥


「そうよ、赤城さんが想像している通りよ」


お墨付きを貰ってしまった。


「それに、赤城さんが雇われたとして••••••例えば、気の迷いで詩音ちゃんに襲いかかります。すると‥‥‥」


バーテンダーがカクテル用のオレンジを黒羽に投げる。

瞬間。オレンジが黒羽の持つナイフに突き刺さっていた。


「‥‥‥へっ‥‥‥今、ナイフが‥‥‥」


先程までは握られていなかった筈だ。それに黒羽はいつの間にか注がれていたグラスを傾けている。

カウンターには白いすりガラスのようなボトルが。


「ま、こんな感じ。‥‥‥赤城さんのご子息が独り立ちしちゃうって訳。‥‥‥運が良くてね?」


「すっぱい」


カクテル用のオレンジの皮を剥き、果肉を口に運ぶ黒羽。

気怠げな表情を変えずに淡々としていた。


「‥‥‥」


そんなことは毛頭考えていなかったので特に気にはならなかったが、他に気になることがあった。


「その技術はどこで‥‥‥」


「企業秘密だ」


短く返答する。

別に語ることでもないのであろう。


「••••••で、詩音ちゃん。どうするの?」


「‥‥‥赤城、得意料理は?」


「得意、料理?‥‥‥冷蔵庫中のありもので作ることが多いので、特には‥‥‥」


「酒のつまみは?」


「それもありもので‥‥‥でも、食べたいものであれば作ることはできます」


「‥‥‥採用」


「あら、就職先が決まったじゃない」


「はっ?‥‥‥」


話に追いつく前に就職先が決まった。


「ここで飲んだら事務所に戻る。‥‥‥付いてこい」


「へ、はっ‥‥‥えっ‥‥‥?」


先ほどと変わらない様子で、度数の強いアルコールを飲み続ける黒羽。


やっとお世話から開放されるわぁ、と喜ぶバーテンダー。


事態が飲み込めていない赤城。


三者三様の感情が渦を巻く中、夜は更に深くなっていた。

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