24話
参加料のチップを支払い、ゲームがスタートする。
参加料は必ず徴収されるもので、そこから更に上乗せされたものがゲームに参加するために必要な最低限の賭け金となる。
ゲームは一巡毎に決められた順番で賭け金を出すが、その時に何もせず手番を次に渡す『チェック』
そして最初の賭け金を提示する『ベット』
『チェック』と『ベット』の2種類から1つを選ぶ。
ベッドされた時点で次のアクションに進む。
前手番でベッドされた賭け金が基本となる。
ベッドされた額と同じを賭ける『コール』
更に上乗せする『レイズ』
そして、手札が悪いと感じたらゲームを降りる『フォールド』と言ったアクションを行う必要がある。
降りる行動を選ぶとしても、必ず支払わなければならないチップがあるのでいつかは勝負に出る必要がある。
初戦。
詩音達の手元にカードが配られる。
詩音の手札はハートのQとクラブの10。
‥‥‥悪くはない手札だ。
ここからであれば図柄を合わせる必要のあるフラッシュ以外の役を目指すことが出来る。
「ベット」
最初の掛け金が提示される。
「コール」
先の手番の安西が最初の客の額と同等のチップを賭ける。
「コール」
詩音も同じ。
場に3枚のカードが並ぶ。
クラブのJ
ダイヤの10
スペードの2
(とりあえずワンペア‥‥‥)
詩音の手札の10が重なる。このままツーペアが揃う可能性も高いが、低確率でフォーカードやフルハウスなどの高い役も考えられる。
「ベット」
手番の回ってきた安西が掛け金を出す。
「コール」
詩音が受ける。
客の行動が終わり、4枚目のカードが出される。
スペードのK
詩音の役に変動はない。
「コール」
最初のベットとともに、2人ともコールを選ぶ。
最初の金額と殆ど変わらない額だ。
掛け金は増えるが、誰も降りない。
それなりに良い手が入っているかもしれない。
5枚目が追加される。
ダイヤのQ。
(ペアが揃った‥‥‥)
とりあえず形にはなった。
最後の一巡が始まる。
「チェック」
客が様子見する。
「レイズ」
‥‥‥安西が動いた。
自信があるのだろう。だが詩音は動揺しない。
「コール」
勝負は降りず、そのままの枚数で賭けに出る。
客は降りる。
詩音と安西の一騎打ち。
「ツーペア‥‥‥」
「同じくツーペア」
詩音はQと10のツーペア。
安西はKと10のツーペア。
数字の高い安西の勝ちだ。
「最初は私の勝ちですね」
安西の手元にチップが移る。
「次に行きましょう」
詩音は気にせず、次のゲームを促す。
「‥‥‥」
安西は詩音を一瞥した後、次のゲームに意識を向けていた。
◇
その後も何戦かしたが、詩音と客は勝ったり負けたりを繰り返す。
時々安西から勝ちを拾うこともあるが、結果としては安西に軍配が上がる。
(チップも少なくなってきたな‥‥‥)
潤沢にあった筈のチップが、目に見えてが少なくなっている。
(‥‥‥遊んでいる訳ではないのは分かるが、ここから一体どうするんだろう?)
眞は詩音の意図が分からず、そのまま勝負を見守るしかない。
「‥‥‥どうやら私に運が向いているようですね。‥‥‥まだ、続けますか?」
「‥‥‥ええ‥‥‥ここから反撃開始です」
余裕の表情で声を賭ける安西に、詩音が上品かつ、大胆に勝負を仕掛ける。
「提案ですが‥‥‥ここで全ての金額を賭けませんか?」
「‥‥‥どういうことですか?」
「言葉通りです。‥‥‥ですが、私の手持ちと貴方の手持ちでは違いがあります。当然、貴方の方が損をするでしょうね」
「そうでしょうな」
「そこで、私の手持ちに加えて‥‥‥こちらも付けましょう」
詩音が眞に目配せをする。
(ここか‥‥‥)
詩音が仕掛けた。
ここが勝負処だと気が付く。
眞から受け取った紙を卓に置く。
「貴方が勝ったら、この小切手も差し上げましょう」
小切手には冷泉家から受け取った依頼料の殆どが記載されていた。
その額は最初の手持ちよりも大きい。
「‥‥‥良いのですか?」
「ええ、こんなに楽しい勝負は久しぶりなので‥‥‥それに」
「何か‥‥‥」
眞は驚く。
勝負を仕掛ける時に相手の動揺を誘うため、高額な小切手を提示すると2人で決めていたが、それ以外の事は聞いていない。
‥‥‥つまり、ここから先の事は詩音の独断。
(詩音さんは何を‥‥‥)
困惑する2人に宣言するように、言葉を続ける。
「貴方が良ければ‥‥‥私自身も賭けましょう」
(詩音さん?!)
‥‥‥自身の身体を賭ける。
眞には信じられない事だ。
ゲームの流れは完全に安西にある。それに、安西は詩音の父親を裏切った仇だ。
‥‥‥もしも負けることがあれば、その仇に身を委ねることになる。
(それは‥‥‥)
眞は思わず拳を握る。
負けた時の事は考えたくない。
「それは‥‥‥」
突然の申し出に、安西は困惑する。
断るかもしれない‥‥‥
だが、それを逃さないように詩音が身を寄せる。
「勝負に勝った後は‥‥‥私を好きにしても良いですよ」
詩音は子どものような身長であるが、体つきは極上。かつ、奇跡的なバランスを保っている。
そんな女が媚びるような瞳で安西を見つめる。
安西の視点からは、詩音の髪から脚まで、男の興味をそそる部位の全てが見えていた。
‥‥‥詩音は自身の身体を武器に、相手の情欲を刺激する表情や体勢を作る事が出来る。
それを計算して、即座に実行出来ることが詩音の強さの1つであった。
「‥‥‥ご冗談を、貴女のような女性と共にするには‥‥‥こちらの手持ちが足りませんな」
「いえ、大丈夫ですよ‥‥‥貴方には賭けられるものがありますからね」
媚びきった表情から一転。不敵な笑みを浮かべる。
「‥‥‥何を?」
その豹変した様子に安西は怪訝な表情を浮かべる。
「‥‥‥黒羽製薬で開発された‥‥‥新薬の改竄データを」
「何故それを‥‥‥!?」
詩音の言葉に明らかな動揺を見せる。
まさかこんなところで聞くとは思わなかったのだろう。それだけ安西にとって、知られたくはないことであった。
「どうします?受けますか?‥‥‥それとも‥‥‥また、逃げますか?」
逃げる、その言葉に安西が反応する。
安西は立場上、プライドが高い。
そのため、詩音のような小娘に見縊られることには堪えられなかった。
「‥‥‥受けましょう。次のゲームに全て賭けますよ。‥‥‥貴女も、そうして頂けるのでしょう?」
「ええ、手持ちと小切手。‥‥‥そして私自身を賭けましょう」
安西の揺さぶりにも動じない。
その姿が、安西の勝負師としての琴線に触れていた。
◇
2人にとって最後のゲーム。
1回だけでは読み合いの妙は楽しめない。
そう考えた安西は詩音に1つ提案をした。
3回勝負を設ける。2回目までは降りても構わない。だが、最終的に3回目はどちらも勝負を行い、そこで決着を付けると決めた。
「ええ、構いません」
「では、勝負だ」
カードが配られ、ベッドが始まる。
「コール」
お互いに最低限の金額を賭けつつ、5枚目まで様子見。
「フォールド」
詩音が降りる。
今迄、一度もしていなかった行動だ。
「‥‥‥」
詩音の手札と場の手札を合わせて、スリーカード‥‥‥悪くは無い手だ。
「‥‥‥今までのは様子見だったのかな?」
「‥‥‥うわ」
眞は冷や汗をかく。
勝負に出るべきか?、と思っていた眞と同じ判断をしなかった詩音は正しい。
安西はフルハウス。
スリーカードよりも強い手だ。
(‥‥‥俺なら負けていたな)
「次に行きましょう」
詩音は喜ぶ事も、動揺することもせず冷静に次を促す。
「次で勝負を仕掛けようかな」
安西がチップを受け取りながら囁く。
「良い手札なら、私もそうしましょうか」
「‥‥‥」
安西は押黙る。
牽制で揺さぶりを賭けるが、意に介さない。
‥‥‥つまり、詩音の考えがまるでわからない。
窮地に陥っているのは手持ちの少ない詩音の筈。
なにせ、その補填として自身の身体を賭けたのだ。
たとえ、安西が負けても金を失うだけだ。
本来であれば精神的にも安西は有利であり、負けるビジョンが浮かばない。
‥‥‥安西が勝つ。
それが現実になる可能性が高いからだ。
だが、実際には逆だった。
安西は、その事実が根本から崩れそうな感覚を覚えていた。
◇
(‥‥‥勝つ気でいるのか?)
安西は思う。この流れでは勝つのは自分だと。
仕事以外の趣味はこれくらいだ。
それこそ研究者としてスタートラインに立つ前からのめり込んでいた。自信はある。
‥‥‥しかし、目の前の女がわからない。
(突然卓に入ったかと思ったら、それほど勝とうとはしない)
最初から妙であった。
最低限のルールを知っている程度の素人だと思っていたが、それにしても怯まない。
(普通なら降りることも考えるが‥‥‥)
詩音はフォールドしない。
チェックをすることはあるが、基本はコールかレイズだった。ただ単にそれしか知らないわけではない‥‥‥当然だ。それでは、そもそもこの場に座る事は出来ていない。
しかし、手札が良かろうが悪かろうが、全く変わらない態度なのだ。
(金をドブに捨てるタイプか‥‥‥?)
世の中はそういった人間もいる。
だが、そうではない。
(一緒に来た男は動揺を隠せていないからな)
付添いの男が、勝った負けたで一喜一憂している。周囲の人間には気づかれないが、ディーラーも安西もそれが手に取るように分かっていた。
(‥‥‥なら、何故?)
だからこそ、分からない。
無駄金を使って終わりでは済まないはず。
そう考えながらゲームに参加し続けていた。
勝った負けたを繰り返し、いつの間にか終盤戦。
手持ちがある内に卓を離れるかと思っていたが、予想とは違う言葉が出た。
(金は、あるのか‥‥‥)
差し出された小切手には最初の手持ちを越えた金額が記載されている。勝ったら差し出す、という提案に戸惑う間も無く、予想外の提案をされる。
(身体を?‥‥‥馬鹿か?)
自分の娘程の年頃の女がそんな事を提案する。
普段の安西であれば一蹴するが、何故か目の前の女から目が離せない。
(この女‥‥‥何処かで?)
妙な既視感。
それと同時に沸き起こる邪な考え。
(‥‥‥身体も)
‥‥‥悪くない。
それどころか、妙な妖艶さも感じる肉体だ。
低身長であれば身体全体のバランスが悪くなるものだが、目の前の女はそうはなっていない。
安西は女性と関係を持つことには抵抗はない。寧ろ、平均よりも好む傾向にあった。
(金を貰うついでだと思うか‥‥‥)
そんな考えに落ち着いたところで、一気に血の気が引く言葉が飛び出す。
(黒羽製薬‥‥‥?!‥‥‥何故?)
数十年前に務めていた会社だ。よく覚えている。
‥‥‥当然だ。自分のせいで会社ごと無くなってしまったからだ。
(捏造を、何故知っている?‥‥‥この女は?)
女が、一気に得体のしれないものに見えてくる。
(‥‥‥一体?)
‥‥‥優位に立っていたと考えているのは自分だけ。
いつの間にか自分が追い詰められていたと気が付いたのは、その直ぐ後の事であった。
◇
「フォールド」
詩音が2回目のフォールドを宣言する。
「‥‥‥運が無いみたいだな」
「‥‥‥中々良い手札がこなくて」
安西の手にはフラッシュ。
詩音の手にはストレート。
「詩音さん‥‥‥」
眞の表情に焦りの色が見え始める。
「その割には良い手が来ているじゃあないですか?」
「‥‥‥この手じゃ足りないんですよ」
「なんですと?」
「次、それで決めましょう」
「‥‥‥」
最後の勝負。
‥‥‥それで決着が着く。
プレッシャーは今までの比ではないはずだが、詩音は変わらず冷静だ。寧ろ‥‥‥
(‥‥‥嫌な予感がする)
安西は思う。
もしかしたら、ここまでが準備だったのかと。
◇
全てを賭けて行う最後のゲーム。
安西の手札はこの局面では最高のものであった。
ダイヤとハートのK
(この時点でペア‥‥‥流れが来ているな)
内心ほくそ笑む。
ここからいくらでも高い役を組むことが出来る。
「ベット」
ここまでくると掛け金は関係なくなる。
‥‥‥筈であった。
「レイズ」
詩音が掛け金の引き上げを行うとともに、言葉を続ける。
「‥‥‥貴方が勝ったら、もう1つ上乗せしましょう」
「‥‥‥何を言って‥‥‥」
「黒羽幹久の遺書‥‥‥貴方の罪を告発する文書ですよ」
「‥‥‥黒羽、幹久?!‥‥‥まさか?!」
これ以上何が追加出来るのか‥‥‥そう高をくくっていた安西の表情が、驚愕の色に染まる。
狼狽する安西に、手札越しで睨みつけながら、20年分の怨嗟の声を叩きつける。
「‥‥‥‥私は忘れていない‥‥‥‥だからここまで来たんだ‥‥‥父を裏切ったお前に‥‥‥安西譲二に復讐するためにな‥‥‥」
「黒羽社長の‥‥‥娘か?!」
手札を握りしめながら立ち上がる。
動揺を隠しきれない。
「座れ。‥‥‥まだ勝負はついていない‥‥‥今度は逃げるなよ?」
「貴様っ‥‥‥!」
「それに、あんたからも賭けの上乗せが欲しいな?」
「馬鹿なことを‥‥‥」
「当時の捏造のデータ‥‥‥あるんだろ?」
「‥‥‥何故、それを‥‥‥」
詩音に気圧され、口を滑らせてしまう。
安西譲二の‥‥‥最大の失態。
「‥‥‥やはりな」
「‥‥‥はっ、まさか今のは‥‥?」
「‥‥‥予想はしていたさ‥‥‥それに」
詩音は胸元から小さな機械を取り出す。
‥‥‥音声を記録する機械を。
「‥‥‥」
「あんたとの会話はここに入っている。‥‥‥もう逃げられない」
「‥‥‥くそっ、続きだ」
悪態を付きながらその場に座る。
「勝てば全て頂く。金も、証拠も‥‥‥お前もなぁっ?!」
「‥‥‥やってみろ」
ゲームが再開する。
「コール!」
手番の回ってきた安西は勝負に出る。
チップは役割を失っているが、差し出したチップには賭け金以上のものが乗せられている。
賭け金が出揃う。
‥‥‥開かれたカードは。
スペードのJ
クラブのK
ダイヤの10
(これは‥‥‥)
安西の手札に3カードが揃う。
この時点でも、勝利は濃厚だ。
(‥‥‥いや、まだだ)
だが満足しない。
‥‥‥まだ伸びる。
そんな気配を感じ、更に上乗せする。
「ベット」
「コール」
「コール」
「コール!」
順番が回ってきた安西のコール。
だが、詩音は意にも介さない。
(‥‥‥私は父を殺された。母も死んだ‥‥‥)
詩音は手札を見つめながら、思う。
4枚目が開けられる。
スペードのQ
安西の役は変わらない。
(次だ、この流れは‥‥‥来る!)
安西は確信する。
最後に求めるカードが。
「ベット」
手番は回る。
「コール‥‥‥」
(だからこそ、決めたんだ‥‥‥私から両親を奪った奴に‥‥‥)
‥‥‥人生の殆どを投げ打ってまで追い続けた相手が、手の届く所にいる。
詩音のアクションに伴い、チップが動く。
5枚目が開かれる。
スペードのK
(‥‥‥これだ、この手ならまず負けない)
安西の手札に4カードが揃う。
これ以上の手はストレートフラッシュとロイヤルフラッシュしかない。
‥‥‥この2つは、出ない。
(この局面、貰った‥‥‥!)
安西は勝利を確信し、詩音を見る。
詩音は変わらない。
ただ、静かに俯いている。
恐らく負けを認めているのであろう。
安西にはそう思えた。
「コール」
‥‥‥最後の賭け金が出揃う。
手札を開く。
勝負が決まる。
「私は4カードだ」
他の客は目に入らない。
ただ、詩音の手札しか見えていない。
「‥‥‥」
「どうした?開けないのか?‥‥‥早く見せたらどうかね?」
安西が詩音を囃し立てる。
詩音の様子を見て、勝ちを確信した瞬間。
‥‥‥その期待は裏切られる。
「復讐、するとな‥‥‥」
詩音は顔を上げ‥‥‥自分の敵を見据える。
そして、手札を卓の上に置く。
10、J、Q、K、A
‥‥‥全て、スペードのカード。
「‥‥‥はっ?‥‥‥これは‥‥‥」
「ロイヤルフラッシュ‥‥‥私の勝ちだ」
勝ち誇る安西へ引導を渡すかのように、詩音は堂々とした態度で勝利を宣言した。




