21話
「天城製薬会社••••••戦後に創業された製薬会社ですね‥‥‥恐らく、安西はそこの研究員だと思います」
「天城製薬••••••」
眞は安西の手掛かりとなる製薬会社の名前を調べていた。
元々、医療機関向けの薬剤を研究・開発していたらしいが、近年になって新薬を開発していると噂になっていた。
「なんでも、癌の治療薬を開発しているらしいですね」
「癌の治療薬••••••」
癌の治療薬••••••歴史の中で長年研究され、何種類も新薬と呼ばれるものが開発されてきた。
中には、特に効果的と呼べるものもあるが、それでも完全と言えるものは未だに存在しない。
「近年になって完治率の高い新薬も開発されていましたが、天城製薬で開発しているものはそれを遥かに越える完治率を誇るそうですよ‥‥‥驚くことに、副作用が殆どないとか‥‥‥」
「‥‥‥」
「そんなものが開発されたら、まさに夢の治療薬ですよね••••••‥‥‥あれ、どうかしましたか?」
癌の治療薬と聞いてから、詩音が何かを考えている事に気が付く。
「••••••••••••昔、私が小さい頃••••••••••••父からそんな話を聞いた事があったような気がする」
「えっ••••••?」
「詳しい事は覚えていないが••••••父が嬉しそうに語っていた記憶はある」
「••••••••••••まさか」
詩音の言葉に奇妙な繋がりを感じる。
黒羽製薬で開発していた新薬が、癌の治療薬と仮定して‥‥‥
黒羽製薬における、新薬開発の責任者であった安西は天城製薬に在籍している。
そして、今現在も癌の治療薬の開発を続けているとしたら‥‥‥
(天城製薬で開発中の薬は、もしかして‥‥‥)
「••••••••••••私の想像だが••••••もし、合っていたとしたら••••••」
「••••••••••••」
「いや、蛇足だな••••••」
眞も詩音も同じ事を考えている。
黒羽製薬の研究を、天城製薬に売った可能性が高い。
‥‥‥しかし証拠が無い以上、仮定の話に過ぎないと分かっていた。
「••••••••••••それこそ、安西を捕まえて、本人に聞いてみましょう」
「そうだな••••••」
結局、それしか確かめる方法は無い。
◇
その後も安西譲二の情報を集め続けていたが、有力な手掛かりを得ることは出来なかった。
分かったことは天城製薬会社の所在地のみ。
しかし、敷地内どころか、その周辺に入ることすら出来ない。
製薬会社の周辺すら私有地であり、かつ、セキュリティが強固。
‥‥‥潜入するにはリスクが高すぎた。
「参ったなあ‥‥‥」
PCの前で頭を抱える。
情報を得るには製薬会社に侵入する必要がある。しかし、それが不可能に近い。
つまり、どうしようもならないのだ。
「‥‥‥いや、1つだけ可能性がある」
考えが煮詰まった瞬間。
現状を打破出来るかもしれない方法が頭をよぎる。
「‥‥‥冷泉家だな」
詩音も同じ考えに行き着く。
冷泉家からの支援は切り札のようなものであるが、この際、出し惜しみは出来ない。
そう考えた2人は冷泉家の執事へ連絡を取ることにした。
◇
「分かりました。では、当家からコンタクトをとってみましょう」
「ありがとうございます」
「いえ、新薬開発の支援をしたいと申し出れば相手も無碍にはしないでしょう。いずれ回り回って当家のメリットにもなり得ます‥‥‥それに黒羽さんと赤城さんにはご恩がありますから‥‥‥」
「‥‥‥重ねてお礼申し上げます」
眞達は冷泉家を訪れていた。
下手に隠し立てするよりも真実を話すべきだと判断した詩音は、葉月に両親の仇と思われる人間が天城製薬に在籍しているかもしれない事を話した。
同じ境遇にいた葉月だ‥‥‥その話を聞いて、詩音に協力すると約束してくれた。
「まさか黒羽さんにもそのような過去が‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥まあな」
「‥‥‥あの‥‥‥いえ、これ以上は何も言いません。ただ‥‥‥気をつけてくださいね?」
「分かっている‥‥‥」
「では、後日。天城製薬から返事が来ましたらご連絡させて頂きます」
「頼む」
詩音の気持ちを慮って、深入りはしない。
その葉月の心遣いが非常にありがたかった。
◇
「詩音さん。片桐さんから連絡がありました。なんでも1ヶ月後に天城製薬で新薬についての発表があるそうです。そこに冷泉家も参加することになりました」
「早いな」
「ええ、それだけ骨を折ってくれたのだと思います」
「そうか」
コンタクトをとってから僅か1週間。
相手からのアクションが予想以上に早い。
‥‥‥そのために、幾ら金が動いたのかは想像もしたくない。
「私達は葉月さんの付き人として参加できるそうです。その時、安西譲二に会うことが出来るかもしれません」
「‥‥‥ようやく、だ」
万感の意を込めて呟く。
自らの手を見つめる詩音の瞳からは感情は読み取れない。
それだけ、積み重ねてきた思いがあるのだろう。
だが、冷静さは失われていないと信じたい。
「ええ、ですが今回は接触だけです。これ以上葉月さんには迷惑を掛けられませんから」
「ああ、分かっている‥‥‥‥‥‥もし私が自分を押さえられそうになければ、殴ってでも止めてくれ」
「無理ですよ‥‥‥」
「‥‥‥冗談だ」
小さく笑う。
冷静さを失っていない事を確認した眞は、少し安心する。
後はその日を待つだけだ。
◇
「では、黒羽さんと赤城さん。宜しくお願いします」
「はい、こちらこそ」
「‥‥‥」
5つ星ホテルの1フロアを貸し切りにした天城製薬の新薬発表会。
賓客として迎え入れられた冷泉葉月の付き人として、眞と詩音は発表会に参加することが出来ていた。
この日まで、冷泉家の付き人として恥ずかしくない程度に動くことができるよう訓練をしたのだが、貴重な体験の連続であった。
‥‥‥毎日夢に見るくらい。
一方で意外な事があった。
詩音が、付き人の仕事を完璧にこなすことが出来ていたのだ。
『一度見たら覚える‥‥‥面倒だがな』
とのことらしい。それを聞いた眞は少しだけ羨ましく思っていた。
葉月とともに待つこと数十分。
開会の挨拶とともに、新薬開発の代表が姿を表した。
‥‥‥安西譲二。
そう名乗る壮年の男性が、スクリーン横の壇上で新薬の紹介を始める。
スクリーンには新薬について。
企画の段階から開発、臨床試験の結果までが映像として流れている。
何処を聞いても、素晴らしい内容だと思う。
だが‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥」
詩音はその話を聞いていない。
ただひたすら、安西譲二と言う男を見つめ続けている。
「‥‥‥」
眞は周りに悟られないように詩音の袖を引く。
「‥‥‥」
詩音は小さく息を吐く。
その吐息は眞にしか伝わっていない。
‥‥‥冷静さを取り戻した。
その事実に安堵する。
そして新薬の発表が終わる。
参加者全員の拍手を受けて壇上から退く安西。
眞と詩音はその姿を目に焼き付けていた。
◇
発表会が終わり、会場を後にする。
葉月を連れて帰る直前、安西よりも少し年上に見える壮年の男が視界の端に見えた。
「‥‥‥‥‥‥」
男は紺色のスーツに身を包み、シンプルな眼鏡を掛けている。
髪も髭も整えられており、精悍な顔つきに良く映えていた。
見えたのはその一瞬。
誰であったのかは知らない。
だが、眞の心には何故か印象深く残っていた。




