20話
麻薬取引に関する依頼を受けてから3日が過ぎた。
相変わらず依頼を待つ日々だが、そうそう来ないものだ。
詩音はデスクに座りながら煙草を吹かし、眞は元上司から受け取った記憶媒体の清掃を行っている。
血液が固着していたため、それを落とすのに少し時間が掛かってしまっていた。
「••••••ようやく、中身が確認出来そうです」
「••••••そうか」
詩音は興味なさそうに答える。
それもそうだろう。元上司から受け取ったものであれば、出ても麻薬に関する取引先の情報であろうと高をくくっていた。
無論、眞も詩音もそういった情報に興味は無いし、自分の利益の為に利用しようとは考えてはいない。
眞は、元上司が何を託したかったのかが知りたいだけであった。
(••••••中身を見たら破棄しよう••••••これは渡した方が良かったのかもしれないが)
今更、前の依頼人には渡す事も出来ない。
もしかしたら、麻薬の被害を受けている人の救済にもなりうる情報かもしれないが、そこまで責任は取れない。
それならば、闇に葬った方が下手に巻き込まれずに済むし、元上司の名誉にも影響は無いと考えていた。
PCに繋ぎ、中身のデータを確認する。
案の定、顧客データが入っていた。
しかし、眞からしてみれば、そのデータは少しおかしなものであった。
「これ、前の会社の取引先も入っているぞ••••••」
前の会社で働いていた時から見覚えのある取引先の会社名が並んでいた。加えて、そこの代表と思われる個人名も記載されている。
麻薬以外にも、何らかの取引があった事が示唆されていた。
(主に雑貨や家具、酒も扱っていたが••••••••••••ん?)
気になる名前を見つける。記憶の片隅に同じ名前があった。
「••••••••••••安西、譲二」
「?!」
詩音がその名前に反応する。
吸い始めていた煙草を灰皿にねじ込みながら、勢いよく立ち上がる。
そのまま身体にデスクや椅子がぶつかる事も厭わず、眞の元へ近づいてきた。
尋常ではない詩音の様子を見て、眞も名前の出処を思い出した。
(詩音さんの父親を裏切った男だ••••••)
「それを見せろ、眞」
「はい!」
眞はその顧客データを開く。
中には雑貨に関するデータしか無かったが、寧ろそれが奇妙であった。
「主に海外の雑貨を取引していたようですが、会社の名前で取引しないようなものばかりです••••••」
「••••••その会社の名前は?」
「天城製薬会社、です••••••」
「そこに、安西が••••••」
詩音は長年思い続けた人物の名を呟く。••••••待ちわびていたかのように。
眞はその顔を伺う••••••いつもの気怠げな表情は無い。
ブラウンの瞳には怨みの籠もった鈍い光が宿り、口元には獲物を狙う肉食獣に似た、獰猛で冷酷な笑みを浮かべていた。
「見つけた••••••待っていろ、安西譲二••••••」
臥薪嘗胆の時を経て、心の中で燻り続けていた昏い炎が燃え盛る。
―――――復讐の時だ。
眞は詩音の心の中に、そんな気配を感じていた。
••••••だからこそ、眞は思う。
(••••••••••••放っては、おけない)
詩音に悟られないように、その横顔を見つめる。
••••••事ここに至って、ずっと感じていた不安が形を成す。
(ここで手放してしまったら、この人は••••••)
―――二度と、帰ってこない。
••••••確信にも似た予感がした。
(最後まで••••••この人の傍にいる)
眞も決意する。
最後まで、詩音の共犯者でいる事を。




