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だらしのない復讐者と共犯者になった男 〜INDE ”VENGEANCE“ DAY〜   作者: 岩波備前
『出火』

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20/23

19話

「ただいま戻りました」


「ああ」


眞は事務所のデスクに座る詩音に声を掛ける。

出掛けている間に少しつむじ風がきたらしい。

ソファや床に煙草の箱や衣服が散乱していた。

それらを拾い上げながら、所定の位置に放り込む。眞は上着の襟を緩めながらソファへ座った。


「もういいのか?」


「はい、前の会社とは切れていますし、ご家族とは面識もなかったので‥‥‥」


眞は元上司の家族へ、挨拶に向かっていた。

前の会社では世話になっていた、と。

渡すものも渡し、用件が終わったので事務所に戻ってきた。


「なら、今日はもう用事は無いんだな?」


「はい‥‥‥何か依頼でも?」


「いや、そうではない」


「?」


少し言い淀む。

5秒ほど沈黙が続いたあと、詩音は口を開く。


「眞、飯を食いに行くぞ」


「‥‥‥‥へ?」







「‥‥‥詩音さんは、ここにはよく来るんですか?」


「たまにな」


「そうですか」


人の少ない店内。店自体に匂いが染み付いているのか、油や醤油、味噌などの匂いが鼻腔をくすぐる。染みのついたカウンターには調味料が並び、安っぽい椅子は微妙に座り心地が悪い。


だが、それらを差し引いても、ここに来て良かったと思えるほどのものが、眞の目の前にはあった。


「‥‥‥美味そうですね」


「ああ、美味いぞ」


年老いた店主が提供してくれたものをすする。


醤油と鶏ガラの風味が優しく口腔内に広がった。麺も中細麺のスタンダードなもの。

『これで良いんだよ』とでも言いたくなる程シンプルな醤油拉麺しょうゆらーめんだ。


「餃子も食え」


餃子の入った皿を眞に差し出す。

こちらも代わり映えのない餃子だが、にんにくと肉の香りが食欲をそそる。


そんな詩音の前には塩拉麺が置かれている。

眞や客の視線を気にせず、ずるずると音を立てながら食べていた。


(‥‥‥なんとも男らしい)


「‥‥ふぅ」


髪が邪魔になったのか前髪を耳元へ払う。

一生懸命、拉麺を口に運んでいる詩音の横顔がちらりと見えた。


(でも‥‥‥油断しているとこれだもんなあ)


熱で僅かに赤らむ頬。そこに流れる一筋の汗。食べることに集中しすぎて僅かに乱れる吐息。


拉麺を食べているだけなのに、妙に艶めかしい。


「‥‥‥暑いな」


丼から顔を上げ、手で顔を扇ぐ。

空いた片手でシャツのボタンを外す‥‥‥


「詩音さん、それは駄目です••••••」


「‥‥‥‥‥‥余計な世話だ‥‥‥さっさと食え。伸びるぞ」


眞の言葉に眉をひそめるが、何とか願いは届いた様だ。片手をそのまま下ろす。

事務所を出る前に、眞からシャツのボタンを閉じるように強く言われていたからだ。


『詩音さん。外へ出掛ける時は、前を閉じて下さい』


『‥‥‥別にいいだろ』


『‥‥‥••••••事務所では、良いでしょう。••••••依頼人の前でも‥‥‥まあ、良いです。‥‥‥ですが‥‥‥人の多い所や公共施設などでは気を遣ってくださいよ!』


『‥‥‥‥‥‥私は気にならないが』


『周りが気になるんですよっ?!』


『‥‥‥面倒だ』


そんな遣り取りがあり、詩音のシャツのボタンを閉じることに成功出来ていた。

開けたままでは公序良俗に反するし、なにより街ゆく青少年の教育に悪い。


(‥‥‥‥‥‥でも、これはこれで‥‥‥)


詩音は眞の言いつけを渋々受け入れ、シャツのボタンを閉じている。

しかし、その行動が裏目に出てしまい、ある部分の存在を強調させる結果となっていた。


鎖骨の下から、ぱつぱつ。

‥‥‥はちきれんばかりの。


それを指摘したらもうどうしようも無いので、眞は何も言うことが出来なかった。


「‥‥‥••••••ボタンが取れそうだ」


詩音の独り言がやけに耳に残ってしまう。

眞は意識をそらすために、目の前の拉麺を一心不乱に食べることにした。







「次はナイフを見に行く」


拉麺店で腹を満たしたあと、詩音は眞にそう告げた。


「ナイフ‥‥‥ですか?」


「ああ、表通りには無いが、裏にナイフの専門店がある。アウトドア用や狩猟用がメインだが‥‥‥‥‥‥それ以外のものも扱っている店だ」


詩音が利用している店らしい。

となれば、プロ用のものもあるのだろう。眞はその事を聞いて少しだけ興味が湧いた。

詩音の後を追うように道を進む。


暫く歩いた所で詩音が路地に入る。

続いて眞も路地に入ろうとしたが、近くの路地から出てきた男にぶつかってしまった。


「あっ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」


「はぁぁ‥‥‥大丈夫に見えるか?兄さん?‥‥‥こっちへ来い」


「あっ、ちょっと‥‥‥」


見た目からして柄の悪そうな男に捕まり、そのまま人目のつかない路地裏に引き込まれてしまう。


(くそっ‥‥‥気が抜けていたか)


男に引きずられるように歩きながら、自分の油断を悔いる。

元々治安が悪い場所だ。それなりに警戒するべきであった。


(‥‥‥何発かもらうことを覚悟するか)


暴力を受けることが容易に想像が出来た。

男の憂さ晴らしに付き合うしかないかとか覚悟を決める。


「丁度、苛ついていたんだ。少し付き合ってもらうぜ?」


袋小路に着いた所で地面に放り投げられる。この後は想像通りの事が起きるだろう。

仕方がないので身を丸めようとした。


「‥‥‥何を遊んでいるんだ?」


眞の視線の先に詩音が立っていた。


いつものように気怠げな表情を浮かべているが、眞の行動に呆れているようでもあった。


「詩音さん‥‥‥?」


「あ?‥‥‥ガキが‥‥‥‥‥‥いや••••••?」


柄の悪い男は詩音に興味を移す。

詩音の身体を上から下まで値踏みするかのように不躾な目で眺める。


「‥‥‥ガキかと思ったら、案外良い身体をしているじゃねえか‥‥‥面も良いな••••••おい、お前も付き合えよ」


男が詩音に近づく。


「‥‥‥ああ、良いぞ」


詩音は男の意図を汲み取ったのか、シャツのボタンを外す。

‥‥‥1つ、2つ、3つと。


外したボタンの数だけ、乳白色の肌と黒い下着に包まれた谷間が顕になる。


「話しが早くて助かるぜ‥‥‥っ?!」


「‥‥‥目の保養にはなっただろ?」


男の喉元にナイフを突きつける。

鈍く輝く銀色の刀身。傷や汚れが残る頑丈な柄。


男のような素人から見ても、使い込まれたものだとはっきりと分かる代物。

つまり、使い込む程度にはナイフの扱いに長けた人物であると悟らせていた。


「‥‥‥‥‥‥」


認識する間もなく命を奪われていたかもしれない恐怖に冷や汗が止まらない。

自然と目が泳ぎ、歯がかちかちと鳴り響く。


「‥‥‥どけ」


「ほぐぉっ‥‥‥」


「ひぃっ‥‥‥」


ブーツのつま先で男の股間をえぐる。

それはもう、鋭く、重く、躊躇のない一撃であった。


男は意識を失い、泡を吹いて倒れる。

身体は小刻みに痙攣している。


••••••思わず、眞も悲鳴を上げてしまった。


「‥‥‥‥‥‥気色悪」


心底嫌なものに触れた、と言わんばかりの表情を浮かべる。ブーツの先を地面にこすりつけた後、眞に近づく。


「おい、遊んでないでさっさと行くぞ。立て」


「‥‥‥は、はい。ありがとうございます。詩音さっ‥‥‥」


詩音は地面に座り込んでいる眞に近づき、呆れた様子で見下ろす。

腰に手を当てた憮然な態度••••••その姿は、眞からはやや前かがみの姿勢に見て取れた。


ボタンが外れた事により、大きく開かれたシャツの間から溢れている大きなもの。

黒い下着に包まれたそれは、重力に従いながら少しだけ形を変えつつ、ゆったりと揺れていた。


「詩音さん‥‥‥その‥‥‥前が‥‥‥」


目を逸らすが、どうしても目に焼き付けてしまう。

‥‥‥理性がやや劣勢になっている自覚があった。


「‥‥‥ああ、そうだな‥‥‥目の保養にはなるだろう?」


指摘され、はじめて気が付いたようだ。

だが、詩音は気が付いてなおも隠そうとはしない。

それどころか、気怠げな表情ながら僅かに口の端を上げ、悪戯っぽく笑ってすらいる。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥その言葉、今は洒落になりませんから。すみません。勘弁して下さい‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥一体何なんだ••••••?」


先程の光景がフラッシュバックし、怯えを見せる眞。それを見て、更に呆れる詩音。


詩音がシャツを整えるまで、眞の震えは止まらなかった。







「使い勝手は悪いかもしれんが‥‥‥それでも、お守り程度にはなるだろう」


「ナイフまで選んで頂いて‥‥‥ありがとうございます」


詩音御用達のナイフ店から出る。

眞の手には無地の紙袋抱えられている。


中には眞の護身用ナイフが入っていた。

フォールディングナイフ••••••所謂折りたたみ式ナイフだ。

詩音の持つ、フルタングのナイフよりも強度は下がる。

だが、眞が購入したナイフは通常のものよりも頑強なものだった。

コンパクトだが、折りたたみの部分やストッパー部分も含めて、とてつもない耐久性と強度を誇る。


「使わない事に越したことはないですが‥‥‥」


「当然だ」


2人はそんな事を話しながら、事務所への帰路についた。







事務所に着いた2人はソファに座る。

そして、眞はずっと気になっていた事を尋ねてみた。


「どうして私を食事に誘ってくれたのですか?」


「ああ••••••••••••何となくだ」


「そう、ですか?」


「それ以上でも以下でもない」


話しを終わらせようとしている事に気が付く。眞はそこで確信した。


(••••••••••••変に心配を掛けさせてしまったな••••••)


思い当たる節があった為、それ以上は深く追求しない事にする。


「••••••ありがとうございます」


「••••••」


煙草を吸いながら天井を見つめる詩音に、お礼を述べた。


返事は無かったが、詩音の耳には届いている事は分かっていた。

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