1話
「忙しい所、申し訳ないが‥‥‥1つ仕事を頼みたい。赤城君」
「はぁ、仕事とは‥‥‥?」
煙草で染色された壁と天井。ケタケタと笑い声をあげる換気扇。時々サボタージュを敢行するエアコン。
そんな個性豊かな薄暗い事務所の中、
年季の入ったデスクに座る壮年の男性とくたびれた風貌の男が向かい合っていた。
男の名前は赤城眞。事務所では若手と評される、30歳手前の男だ。
身長は高く、それなりの体格をしているが、猫背気味の姿勢がそれらを損なっている印象がある。
顔つきは人並み。彼女もいたことはあるが長続きしない。曰く、ぱっとしない、とのこと。
そんな男が、やる気が無さそうに上司の話を伺う。
「簡単だ、この写真の荷物を探してきてもらいたい」
「鞄‥‥‥ですか」
写真には黒い鞄‥‥‥アタッシュケースと呼ばれるものが写っていた。
「ああ、そうだ。それを私のもとに持ってきて欲しい」
「なんで、また‥‥‥」
「取引先の方が何処かに置き忘れてしまったらしい。この街にあるらしいが‥‥‥」
「‥‥‥怪しくないですか?それは」
赤城は訝しむ。中身も分からず、忘れた場所も分からない。それを探してこいとはかなり無茶な事だ。
「そうなんだが‥‥‥先方はお得意さまでな。断るわけにはいかない‥‥‥だから、中身は見るなよ?変なことに巻き込まれたらかなわんからな」
上司もそれは分かっていたのだろう。
だからこそ、中身は見るなと念を押していた。
「‥‥‥まあ、分かりました。その間の仕事は?」
「こちらで請け負うが‥‥‥早めに仕事に戻ってもらいたいものだ」
近日中には見つけてこい。と言外に言う。
赤城は難しいとは思っていたが、ここまで聞いた手前、断るわけにはいかなかった。
「‥‥‥善処します」
「頼む‥‥‥あと、捜索に掛かる費用はこちらで受け持つ。後で領収書でも出してくれ」
「分かりました。明日からで良いでしょうか?」
「ああ、頼む」
話は終わりだ、と上司はPCに顔を戻す。
上司との遣り取りを終えた赤城は、自分のデスクに戻り、残していた仕事を再開した。
◇
「見つからない‥‥‥」
捜索を始めて2日目。
街中を駆けずり回って探していたが、目的のものは見つからない。
それもそうだろう。砂漠に落とした1本の針を探すようなものなのだから。
「あー‥‥‥受けなきゃあ良かった」
天を仰いで嘆く。安請け合いをした自分を憎みたいが、それでは解決には至らない。
「‥‥‥誰か手伝ってくれる人はいないか、な‥‥‥と」
独り言が多くなる。
大分参ってきているのだろうな自覚するが、それだけだ。
赤城はふと、電柱に張ってあったものを見る。
今どきこんな所に張ってあるなんて珍しい。
「‥‥‥黒羽便利屋‥‥‥?」
『黒羽便利屋』の名前と連絡先のみのシンプルな張り紙。
いかがわしいものではなさそうだが、あまりにも情報が少なすぎる。
「‥‥‥まあ、連絡でもしてみるか」
猫の手も借りたい気分の赤城は、騙されたと思ってその連絡先に電話を掛けた。
「‥‥‥‥‥‥」
数回のコール音。
返事はない。
(‥‥‥閉業しているのか?)
そんな考えがよぎり、通話を切ろうとした直後、相手からの反応があった。
「‥‥‥黒羽便利屋だ」
電話口からは気怠げな声が聞こえた。
ややハスキーな感じだが、おそらく若い女性であると分かった。
「あー‥‥‥すみません。赤城、という者なんですが、黒羽便利屋さん、でしたか?依頼をしたいことがあるんですが‥‥‥」
「‥‥‥依頼は?」
ぶっきらぼうに返事が返ってくる。
「えっと、あるものを探して欲しいんです。黒い鞄を」
「‥‥‥‥‥‥今晩22時、『バリオス』というバーに来い。カウンターの奥で待つ」
「バリオス‥‥…?それは‥‥‥あ、切れた」
要件だけ聞き、勝手に場所指定した上で通話を切られた。
「‥‥‥まあ、そんな時もあるか」
赤城は特に気にせず、スマートフォンをしまう。
元々、深く気にしない性質の人間だった。
良くも悪くも。
「バリオス‥‥‥か」
バーと言っていたが、そんな店に行くのも久しぶりだ。
丁度仕事も無い。なら、依頼をするついでに飲みに行くのも悪くはないと、赤城は考えていた。




