13話
食事会当日。
屋敷内。
大人数との会食に使える程度の広さと品格のある大広間に、冷泉家の当主である冷泉葉月と叔父の冷泉総司を始め、他の親族が数名程テーブルを囲んでいた。
周囲には冷泉家の執事や家政婦が控えており、参加者の要望に即座に応える事の出来る態勢が整えられていた。
定刻通り食事会が始まり、食事が運ばれる。
テーブルに並べられていく料理の1つ1つに手間が掛けられていることが分かる。目だけではなく、舌を愉しませることが出来ることは明白であった。
だが、そんな食事が提供されていても、囲う人間は興味を示さない。
食事ではなく、葉月の持つ遺言の中身が目的であるからだ。
食事が終わり、お茶が運ばれる。
そのお茶を飲み始めた時に、会食に参加した人間の1人が口を開く。
「葉月。‥‥‥‥‥‥食事は終わった。••••••本題に入ろうか‥‥‥兄の遺言、それも葉月宛のものについてだ」
品の良い服装に身を包む、恰幅の良い壮年の男性‥‥‥冷泉総司はそう言い放った。
「叔父様‥‥‥それは‥‥‥」
葉月の戸惑う姿を見て、総司は言葉を続ける。
「不躾だとは思うが、色々と調べさせて貰った‥‥‥私も冷泉家に名を連ねる者、明かされていない遺言を確認しないことには、現在の状況について納得出来ないな」
「‥‥‥‥‥‥」
総司は遺言の中身を知っている。
そして会食に参加している親族は既に総司の息が掛かっている。
遺言の存在を掴んでから、その遺言を処理しようと考えていた。
冷泉遼が気付いていたように、総司の方でも何らかの抵抗をしている事に勘付いていた。
家督の相続に不満を感じていた総司は、独自に遼や葉月の周辺を極秘で調べた結果、葉月宛の遺言が存在する事に気がつく。
遼が葉月の為に遺したものであれば、葉月の身を身を守る手段に繋がる。
つまり、総司達に不都合な事実が記載されている事は容易に想像が付く。
だからこそ、手に入れておきたかった。
葉月はそれを表に出そうとはしない。
それはそれで都合が良いが、いつまでも憂いの元になるものを存在させておく訳にはいかない。
なにより、葉月が邪魔であった。
当主は始末した。だが、その娘が残っている。
娘さえいなくなれば、相続権は総司に移る。そんな考えがあった。
そのため、近いうちに葉月との面会の場を作り、多少の無理を通してでも始末したかった。
そんな総司に好機が回ってきた。
葉月からの食事会の誘いだ。
遼が亡くなってから初めての事。
最初は不審に思ったが、それも杞憂であると納得した。
なぜなら親族の殆どは自分の味方についている。
中には中立、または反目する人間もいたが、総司を脅かす程の力はない。
だからこそ、この機会を利用し、暗殺を計画した。
「‥‥‥分かりました」
葉月が目配せをし、執事から書簡を受け取る。
書簡から丁寧に折りたたまれた手紙を開く。
(‥‥‥今だ)
総司は手配していた人物に合図を送る。
◇
銃口は既に対象を捉えている。
対象が執事から書簡を受け取り、開く。
同時に雇用主から合図があった。
狙撃手は幾度と無く繰り返した動作で、引き金を引く。
銃弾は放たれた。
しかし、銃弾は対象に届く事は無かった。
何故なら、主への凶弾を阻むかのように、執事の1人が対象の前に立ちはだかったからだ。
◇
合図を送った瞬間。
葉月の近くに控えていた執事の1人が窓の方へ身を躍らせる。同時に別の執事が葉月を守る様に庇う。
遠くの方から火薬の破裂する音が聞こえた直後、その執事がバランスを崩し、倒れた。
悲鳴と動揺が室内に広がる。
(‥‥‥まさかっ?!)
総司は悟る。
葉月に嵌められた事を。
葉月は椅子から立ち上がり、総司を含めた親族達に語りかける。
「叔父様、この遺言には貴方が父を殺したという事を示唆する内容が記載されております。父にはそれが分かっていたのでしょう」
「そして今、その娘である私の命が狙われました‥‥‥何を言いたいのかは、おわかりですね?」
葉月の短い言葉。
なんてことのない事に思えるが、この場においては判決の言葉と同じ意味を持つ。
総司にとって味方であった親族の雰囲気が変わる。
食うものが、食われるものに。
こうなってしまった以上は、どうしようも出来ない
「‥‥‥‥‥‥くっ‥‥‥」
座ったままうなだれる総司。
その直前、彼の目に破滅の原因となった執事の姿が映っていた。
彼はその身を起こそうとしていた。
◇
「‥‥‥‥‥‥」
失敗した。そのことを理解した直後、首筋に冷たいものが当たる。
「動くな。ゆっくりと銃から手を離せ」
緊迫した状況に似合わない、気怠げな女の声。狙撃手はその言葉に従う。
「‥‥‥‥‥‥殺すのか?」
「いや、殺す気は無い」
狙撃手はその言葉を聞いた瞬間、反撃を考えたが‥‥‥‥‥‥それは出来なかった。
「利口な奴だ」
殺す気は無くてもその寸前までは可能。
特に相手はそれに長けていることが分かってしまった。
「‥‥‥どうする気だ?」
「今はどうにもしない。ただ、このままではあんたも仕事にならないだろう?‥‥‥協力しないか?」
「‥‥‥何?」
「今回の仕事の雇い主‥‥‥冷泉葉月の飼い犬にならないか?そうすれば食うには困らないぞ?」
「‥‥‥‥‥‥断る••••••と、言いたいところだが、あんたがその窓口になるのであれば、考えても良い」
「良いだろう。なら、こちらから口利きしておいてやる。分かったならさっさと行け」
「‥‥‥‥‥‥」
狙撃手は身を起こす。
「••••••子ども?」
声の相手を見て驚いた。
平均的な身長の狙撃手が、見下ろす事の出来るくらい小柄な女性であったからだ。
「残念ながら外れだ。酒も煙草も••••••嗜む事の出来る年齢さ••••••あんたよりも年は上だと思うが」
「••••••••••••」
索敵に自信のあった狙撃手が全く気付く事が出来ないほどの実力者だ。その言葉の信憑性は十分だった。
「‥‥‥‥‥‥やはりな」
詩音が狙撃手の上から下まで値踏みでもするかのように眺める。
視線に不快なものを感じた狙撃手は、その意図を確認した。
「‥‥‥何が言いたい?」
「‥‥‥‥‥‥良い女だ」
狙撃手を見る瞳に、妖しい光が混じる。
黒いボブヘアに、整った顔。
良く見ると可愛い顔つきではあるが、美人とまでは言えない。体つきも普通。
どこにでもいそうな女性にしかみえない。
••••••それが彼女の特徴。
目立たないし、記憶にも残らない。
かといって侮られる容姿でもない。
だからこそ、こういった仕事に適している。
「普通なのに、普通じゃない仕事を生業としている。‥‥‥良いじゃないか」
「お前‥‥‥」
狙撃手の顔が僅かに歪む。
詩音がどういった嗜好の持ち主か理解出来たのであろう。だが、狙撃手には許容できる程の素養は無かった。
「‥‥‥どうだ?今度私と‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
狙撃手は黙ってその場を立ち去る。
危険には近づかない方が得策と考えたからだ。
その場に1人残される。
狙撃手の気配が完全に無くなった事を確認したあと、ポケットから取り出した煙草に火を付ける。
依頼の後の1本は格別だ。
「確かに、ツテは出来たな‥‥‥」
詩音は呟く。狙撃手を本気で口説いていた訳ではない。だが、彼女との縁が出来た事は詩音にとって幸運な事であった。
長年に渡って考えていた計画が、現実味を帯びる。
「‥‥‥‥‥‥後は、信用できる奴がいれば‥‥‥」
詩音が思い描く事には信用に足る人間が必要だ。
従順で、精神的に強く、裏切らない人物。
「‥‥‥‥‥‥」
ある人物が思い当たるが、確証がない。
「‥‥‥‥‥‥」
何も言わずにその場を去る。
依頼は終わった筈だ。
最近雇い始めた雑用係の様子を見にいくために、詩音もその場を後にした。




