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だらしのない復讐者と共犯者になった男 〜inde ”Vengeance“ day〜   作者: 岩波備前
着火

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11/15

10話

冷泉葉月から依頼を受けた夜。眞達はバリオスを訪れていた。


「いらっしゃい、今日も今日とて元気そうでなによりね」


眞達の顔を見て、にこやかに挨拶をしてくれる。


「おかげさまで‥‥‥」


初めてこの店を訪れてから毎晩ここに来ている。店に迷惑‥‥‥という訳ではないだろうが、少しだけ気が引けてしまう。


「あら、そんなつもりで言った訳ではないのよ?寧ろ毎日でも来てもらったほうが助かるわぁ」


四条の態度から、本心で言っていることは分かった。しかし、毎日飲み歩ける程、資金は潤沢ではない。


「それは流石に‥‥‥それに今日はある人と待ち合わせているんです。待っている間、ノンアルコールのカクテルを頂くことは出来ますか?」


依頼の話をする前に出来るだけアルコールは入れるべきではないと思う。

そう考える眞とは裏腹に、詩音はいつものカウンターに座り、バックカウンターのボトルを眺めている。

詩音はアルコールを摂取する気しかないので、代わりに話を聞く人間はいたほうが良いだろうと更に考えを強めた。


「良いわよ。それでは何をお出ししましょうか?」


「あまり詳しくはないんですが‥‥‥何かおすすめはありませんか?」


「そうねえ‥‥‥プッシーキャットにアリス、フロリダ‥‥‥あ、サラトガクーラーが良いかもしれないわね」


「サラトガクーラー‥‥‥ですか?」


「ええ、以前、ジントニックを飲んでいたでしょう?それに近い味わいだと思うわ」


以前に飲んだジントニックの味を思い出す。それに近い味と言われると飲まない訳にはいかないと思った。


「では、それをお願いします」


「おっけー。‥‥‥あ、それと詩音ちゃんにお酒を与えてからでも良いかしら?あの子にお酒をあげないと拗ねちゃうから」


「え、ええ。お構いなく‥‥‥」


冗談か本気か分からない四条の言葉に苦笑いで答える。


四条は詩音の注文を聞かずに、透明な液体の入ったショットグラスを提供していた。

詩音の方も勝手に灰皿を取り、煙草を吸っていたのでおあいこ?であった。


数分後、四条がカクテルを完成させる。


「はい、サラトガクーガーよ」


「ありがとうございます」


長めのグラスを受け取る。

薄めの琥珀色。炭酸が弾けているため、さっぱりした味わいが期待できる。


その液体を口に運ぶ。

アルコールの刺激は無いが、代わりに炭酸とライムの風味が口と鼻に広がる。甘みの中にある、生姜の後味がアクセントを与えていた。


「アルコールは入っていませんが••••••しっかりとカクテルの味がします」


「そうでしょ?きちんと作っているからそこらへんのジュースとは違うのよ」


ふふん、と自慢げに語る。


四条はバーテンダーとしてかなりの腕前だ。

通うようになってから1週間も経っていないが、眞はそう思った。


「この仕事を始めてどのくらいになるんですか?」


「うーん、そうねえ‥‥‥かれこれ5、6年くらいかしら」


意外と短い経歴に驚いた眞は、更に尋ねる。


「意外ですね‥‥‥これほど美味しいカクテルを出して貰えるので••••••もっと長いのかと思っていました」


「ありがとう。確かに性に合っていたのかもしれないわねぇ‥‥‥この仕事‥‥‥」


四条は物思いにふけるように呟く。


眞もその言葉と表情の変化に気が付いたが、それ以上は踏み込まない。

人には様々な過去がある。これ以上尋ねることは無粋だ。と考えた。


「マスター、次。グレンリベットのボトラーズで美味いやつを」


「あら、もう飲んだの?‥‥‥それにしても贅沢な子ねぇ」


もう少し味わいなさいよ、とぶつぶつ言いながらも、希望に沿うボトルを迷いなく選ぶ。開栓から提供の流れも淀みなく行われていた。


「はい、どーぞ。GMのボトラーズよ」


「ああ‥‥‥」


特に感慨もなくグラスを受け取り、そのまま口に運ぶ。

相変わらず無愛想ではあるが、気怠げな瞳と瞼が僅かに動く。


「‥‥‥美味いな」


「そうでしょ?‥‥‥良いボトルなんだからね、少しは大事に飲みなさいよ?」


「ああ••••••」


詩音は酒を少しずつ飲み始める。

四条の言うことを素直に聞く程度には美味いらしい。


「お酒を水みたいに飲む癖に••••••味にはこだわりがあるのよねぇ‥‥‥まったく、しょうがない子なんだから」


詩音のカウンター前に置かれたボトルには獅子のデザインが描かれていた。


(ボトラーズって確か‥‥‥)


ボトラーズ‥‥‥1つの蒸溜所から原酒を買取り、その後独自の技法や樽などで熟成させた酒であった筈だ、と眞は何処かで聞いた知識を思い出していた。


「あ、いらっしゃいませ。何名様かしら‥‥‥あら?」


眞がカクテルを飲み進めながらそんな事を考えている間に、四条は新しい客を迎える。


客はスーツに黒のコートを羽織っていた。更に帽子と色付きの眼鏡を付けていたが、眞には待ち合わせていた人物であると分かった。

同時に、四条にとっても見覚えのある客であった。


「1人です。人と待ち合わせているのですが」


「かた‥‥‥いや‥‥‥バーテンダーさん。彼の言っている人とは私達の事です」


「はい、間違いありません。‥‥‥近くに座っても?」


眞と客••••••片桐はお互いに待ち合わせていた人間であることを四条へ伝えた。


「ええ、分かったわ••••••お客さん、お好きな席へどうぞ。••••••看板は消しておくからお気になさらずにねー」


眞の反応を見て許可を出す。

どうやらこれから何をするのか理解してくれた様だ。話しが早くて助かる、と眞は思う。


「ありがとうございます。では、失礼します」


片桐は詩音と眞の間に座る。


「ご注文はいかが致しましょうか?」


「では、彼と同じ物を‥‥‥サラトガクーガーで」


「かしこまりました」


四条がカクテルを作っている間に、話を始める。


「••••••実は私から依頼を頼みたいのです」


正面のカウンターを眺めながら詩音と眞に聞こえるように呟く。


「言ってみろ」


「はい、実は葉月様の命が狙われております••••••それを未然に防ぎたいのです」


端的に説明する。


「命‥‥‥とは、穏やかな話ではありませんね」


眞は只事では無いことを感じつつも、更に話を促す。


「葉月様の叔父上‥‥‥冷泉総司れいぜいそうじ様が関係していることは分かっています。‥‥‥ですが、私どもでは手の出しようがありません‥‥‥当然、冷泉家の息の掛かった人間も同じです。‥‥‥ですので、冷泉家とは関係のない腕利きの人物を探していました」


四条が静かにカクテルを差し出す。

片桐は会釈しながら受け取り、1口飲む。


「‥‥‥ここのマスターはそういった人脈に強いとお聞きしました。先日、その旨を相談した所、腕利きの人物に心当たりがあるとおっしゃられていました。その人物が‥‥‥黒羽様と赤城様です」


「腕利きなのは確かよ。••••••まあ、態度の悪い子が1人いるけれども‥‥‥」


詩音を横目で見つめながら呟く。

その悪い子である詩音は我関せずの態度を崩さない。


「いえ、お2人の腕については疑いはありません。お屋敷での遣り取りで信用に足る方々であると分かりました」


「••••••それだけで、良いんですか?」


人命に関わることをそんなにも簡単に決めて良いのかと確認する。

眞にそうさせてしまうくらい、あっさりと断言していた。


「冷泉家の執事として、主の身の回りのお世話が出来るだけでは到底生きてこれないもので‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥」


片桐は静かに語る。

執事という仕事も一筋縄ではいかないようだ。

その言葉だけで人を見る目に確かな自信があることが分かった。


「それで。具体的には何を?」


「はい、総司様が葉月様を害する事を示す証拠を手に入れておきたいのです。写真でも書類でも、なんでも構いません。それだけでも葉月様の手札になりますので」


「‥‥‥その叔父とやらの居場所は?」


「こちらです」


片桐が丁寧に折りたたまれた紙を詩音に手渡す。

そこには冷泉総司の住む屋敷内部と、その周辺の詳細な地図が記載されていた。


「その地図はあまり表には出せないないようなので‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥もういい」


グラスを傾けながら紙を流し見る。

一通り目を通したところで、雑に畳んだ紙をカウンターに滑らせながら片桐の目の前に戻す。


「‥‥‥良いのですか?」


「覚えた」


紙とペン、と四条に伝える。

人使いが荒いのよ、と言いながら詩音の希望するものを渡す。


受け取った紙の上にペンを走らせる。

1〜2分程度か。そこでペンを置き、紙を片桐に見せる。


「‥‥‥‥‥‥驚きました。完璧です」


詩音の手には調査対象の屋敷内部と周辺の地図が記載されていた。

片桐のものとは少し異なり、大分簡略化されたものだが、重要な区域やデータなどが正確に記載されている。

それが間違っていないことを、片桐の驚きの表情から見て取る事が出来た。


「当然だ」


紙の役目は既に終わったとでも言いたいのか、詩音はその紙に火を付ける。

紙は断末魔をあげるかのように一瞬だけ激しく燃え上がるが、直ぐにその形を失ってしまう。


「片桐。叔父とやらを依頼人の屋敷に呼ぶことは可能か?」


「‥‥‥必要であれば‥‥‥葉月様に掛け合いましょう」


「今後の連絡は?」


「今日のような話し合いは難しいかと‥‥‥‥‥‥連絡も極々短時間で1、2回程度が限界です。••••••総司様との会合の日時についてはこちらから連絡させて頂きますが‥‥‥」


仕事柄、容易には外部との連絡は取ることが難しいのであろう。

それも、表沙汰に出せない内容であれば、特に。


「十分だ。日時が分かり次第、動く」


「‥‥‥ありがとうございます」


依頼の受諾が完了した。


それを認めた片桐は、詩音へ丁寧に礼をする。

そして残りのカクテルを飲み干し、席を立った。


「会計をお願いします。‥‥‥マスター、ご馳走さまでした。これは気持ち程度ですが‥‥‥」


マネークリップから最高金額の紙幣を数枚出す。


「あと、こちらはお2人に‥‥‥」


紙幣に加えて1枚の紙を乗せる。


「では、ごゆっくり」


「はーい、ありがとうございました」


会釈をしてから静かに店を出る。

四条はその背中に挨拶を投げかけた。


「‥‥‥真面目な人ねぇ‥‥‥他にも何か‥‥‥‥‥‥あらやだ、これは無粋ね」


四条が片桐の背中を送った状態のまま何かを思索するが、直ぐに気を取り直した様だ。

ぱっ、とした笑顔を浮かべ、カウンターの2人に話しかける。


「詩音ちゃん、赤城さん。今日は無礼講よ。看板も落としてあるから、好きなだけ飲んで頂戴!」


眞はその言葉に驚き、理由を尋ねようとした。

だが、その前に四条がカウンターに残された紙をひらひらと見せてくる。


「これ••••••依頼の前金よ」


「‥‥‥‥‥‥」


言葉を失う。

紙には法外な金額が記載されていた。

恐らく、この店の酒を全て飲んだとして十分なお釣りが来る程度には。


「マスター、そこのボトルを」


詩音はバックカウンターのボトル指し示す。

その言葉のニュアンスを考えるとグラス単位で希望していないことははっきりと分かった。


「‥‥‥詩音ちゃん?無礼講とは言え、飲み方ってものがあるのよ?」


「‥‥‥‥‥‥」


四条の静かな圧を受けた詩音は、伸ばした手をゆっくりと戻す。


僅かではあるが眉間をしかめている。

‥‥‥四条の言葉が気に食わないが、それ以上は期待できないだろうといった表情か。

その腹いせなのか、紙巻き煙草に火を付け、一服する。••••••白煙に厚みがあった。


「別に飲むなって言いたいわけじゃないのよ‥‥‥‥‥‥まだ若いのだから身体を大事にしなさい」


そう言いながら詩音の希望したボトルから液体をグラスに注ぐ。

‥‥‥通常よりもワンフィンガー分、多い。


「‥‥‥マスターに言われる筋合いは無い」


「まったく、この子ったら‥‥‥」


ぶっきらぼうに呟きながらグラスを呷る詩音を見て、四条は溜息を付く。


(母娘みたいだな‥‥‥)


その遣り取りを見て、そう思ってしまった。

四条はその視線に気が付き、眞に近づく。


「さあさ、赤城さんも飲みましょうよ。何をお出ししましょうか?」


店のマスター自ら無礼講、と言うくらいだ。下手に遠慮するよりも、しっかりと飲んだ方が良い印象を与えるだろう。

丁度、アルコールも欲しくなる時間帯でもあった。


「‥‥‥では、そちらのボトルを」


白鳥の絵が印刷されたラベルを希望する。

ボトルには『LINKWOOD』と記載されていた。


「あら、お目が高い‥‥‥良いわぁ」


気持ちよく注文に応えてくれる四条と、いつの間にやら追加で飲んでいる詩音を横目に、琥珀色の液体が運ばれて来るまで間、煙草を1本愉しむことにした。


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