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だらしのない復讐者と共犯者になった男 〜INDE ”VENGEANCE“ DAY〜   作者: 岩波備前
『着火』

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9話

「あら、いらっしゃい。数時間ぶりね。詩音ちゃんならそこにいるわよ」


四条がカウンター席を示す。

扉からは見えないが、いつもの席に座っていることは分かった。

眞はカウンター席に座る前に、差し入れの入っていたバスケットを四条へ手渡した。


「ありがとうございました。しじ‥‥‥バーテンダーさん」


「あら、わざわざありがとうね。それにわざわざ言いなおさなくてもいいのに‥‥‥」


「いえ、ここではバーテンダーさんと呼ばせて下さい」


バーという場でバーテンダーに対し、名前で呼び合う事自体は別に咎められることではないが、それにより自分の態度が崩れてしまうのでは無いかと眞は恐れていた。四条は何かと気にかけてくれる。だからこそ、きちんと敬意を持って接していたいと考えていた。


(黒羽さんも、マスター、と呼んでいるしな)


「律儀な人ねぇ‥‥‥」


自ら名前で呼ぶことを許可した四条は、眞の言葉を聞いても特に気を悪くした様子はない。

寧ろ、眞の考えを見抜き、それを尊重しようとしていた。


受け取ったバスケットを店の奥に片付ける。


「それでは赤城さん。1杯目は何を飲むのかしら?」


「いえ、今日は依頼のお話を詳しく聞きに来ただけなんです」


「あらそう?まあ、話なんて直ぐに終わるから、飲みながら話でもしましょうよ。ちなみに詩音ちゃんは先に飲んでいるわよ?」


詩音はいつもの席で煙草を吸いながらグラスを傾けている。

その姿に閉口してしまうが、下手に遠慮するのも失礼かと思った赤城は、軽めのカクテルを注文することにした。


「‥‥‥では、ジントニックをお願いします」


「かしこまりましたー」


手慣れた動きでジントニックを作り始める。


カウンター席に座り、詩音に声を掛けた。


「黒羽さん。依頼は受ける方向なんですよね?」


「ああ、そうだ」


「分かりました」


眞は四条の前でそんな遣り取りをする。

当然四条の耳にも入っているだろう。話は早いに越した事はない。


「はい、ジントニックよ」


ライムの入ったグラスを受け取る。

透明度の高い液体に炭酸の泡が見える。

グラスを口元に近づけると、ライムとジンの爽やかな芳香がふわっと広がった。

口に含むと、炭酸とライムの酸味。後からジンの辛さと苦味に加え、複雑な香草の風味が口の中に広がる。


眞は、今日1日分の疲労が洗い流されると思える程の爽快感を感じた。


「美味しい‥‥‥疲れが吹き飛びますね」


「ふふっ、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ」


四条は微笑みながらチェイサーと灰皿を眞に差し出す。


「依頼については話した通り猫探しよ。依頼人はとある資産家。連絡先と場所についてメモを渡しておくわ」


四条が眞にメモを渡す。

メモには連絡先と簡単な地図が記載されていた。


「ここは‥‥‥もしかしてあの屋敷ですか?」


眞はメモに書かれている地図を見て

思い当たる事があった。


「そうよ、この街でも5本の指に入るほどのお金持ち。冷泉れいぜい家のお屋敷よ」


「冷泉家‥‥‥」


四条の口からはっきりと言われてしまい、眞は言葉を失う。


冷泉家はこの街に昔から居を構える資産家の一族だ。

数年前に先代の当主が亡くなり、現在の当主はその子どもが担っていると噂されている。

先代とは違い、現在の当主は中々表に出てこないことでも有名であった。


「そうよ、そのお屋敷の執事さんがこの間うちの店に来てね。知り合いに腕の良い探偵かそれに似た人物がいないか尋ねられちゃったの。それでね、私に心当たりがある、って答えたら連絡先と場所を教えて貰ったのよ」


「‥‥‥妙ですね‥‥‥冷泉家ならそういった事に長けた人間が何人もいるんじゃないでしょうか」


「そうしたくない事情があるんだろう」


詩音がそう答える。


「‥‥‥何故ですか?」


「主か、もしくはその執事が内々で処理したいような内容なんだろう」


何の為に、と思う眞であったが、それ以上は口にしなかった。

そこまで詮索する必要もないし、なにより詩音が既に興味を失っていることに気が付いたからだ。

仕事は受けると決まったのでこれ以上話すことも無いだろう。


「分かりました。明日、私の方で連絡を入れておきます」


詩音は軽く手を上げて反応するだけであったが、それが肯定を意味するものであると理解した。


なら今日は仕事の話を止めて、目の前の酒を楽しむまでだ。

そんな事を考えた眞は、残りのカクテルと煙草を楽しむ事に決めた。







翌日。


四条から渡された連絡先に電話をした所、壮年の男性が電話に出た。

落ち着いた声で丁寧な言葉を遣う事から、悪い印象は受けなかった。

依頼を受けると伝えると、早速車を出すと先方から提案された。


特に拒否する理由も無かったので、その提案を受けた所、1時間もしない内に事務所前の通りに車が止まった。

連絡を受けてから通りへ出ると、そこには黒い車が1台と、燕尾服を着た執事が立っていた。


「初めまして。私は片桐かたぎりと申します。以後、お見知りおきを」


「初めまして。私は赤城と言います。そしてこちらが代表の黒羽です」


「‥‥‥黒羽だ」


「黒羽様と赤城様ですね。宜しくお願い致します」


眞に紹介され、詩音はぶっきらぼうに名乗る。

相手が資産家の執事であっても物怖じしない詩音の度胸には驚いたが、それ以上に全く気にしない片桐にも更に驚く。


資産家の執事でも、1人でここに来る事ははだかられる筈。

なぜならここは治安の悪い場所だ。

そんな場所で、こんな無愛想な便利屋を相手に動揺しない胆力に感心した。


「では、お乗り下さい」


丁寧な所作で車のドアを開け、乗車を促す。

詩音を先に、次いで眞が後部座席に乗る。


3人を乗せた車は音も振動もさせずに、屋敷へと向かい始めた。







「こちらが冷泉家当主、冷泉葉月れいぜいはづき様です」


「冷泉葉月です。依頼を受けて下さり、感謝致します」


屋敷に到着した後、屋敷内の応接室に通された2人の前に当主と名乗る若い女性と付添いのメイドがいた。


冷泉葉月は艷やかな黒色の長髪に健康的な肌色。西洋彫刻の美術品に引けを取らないほど目鼻立ちが整った顔。全体的に華奢きゃしゃな印象のある美人であった。


眞は思わず息を飲んでしまう。


「私は赤城と申します。そしてこちらが黒羽便利屋の代表、黒羽です。当便利屋を利用していただき、誠にありがとう御座います」


眞は予想以上に若い女性が当主と知り、内心戸惑いつつも表情や態度に出さないように注意しながら挨拶を行った。


「‥‥‥」


丁寧に礼をする眞と、会釈も名乗ることもせず無愛想に座る詩音。

その姿に焦りながら、眞はフォローを入れる。


「誠に申し訳ありません。黒羽は‥‥‥その‥‥‥人見知りのようで」


「‥‥‥」


眞のフォローに反応もしない詩音。

そんな様子を見て、葉月は気分を害さないどころか、小さく笑みを浮かべる。


「ふふっ‥‥‥お気になさらず。お2人については既に片桐から聞いておりますので。それよりも依頼についてですが‥‥‥」


「猫探し‥‥‥と聞いておりますが。冷泉様の飼われていらっしゃる猫でしょうか?」


「そのとおりです。元々屋敷内の一室で飼っていた猫なんですが、どうやら数日前に屋敷から逃げてしまったようで‥‥‥私の唯一の友人なので早く見つけてあげたいのですが‥‥‥」


沈痛な面持ちで語る葉月に、詩音が答える。


「本当に屋敷から逃げたのか?」


「恐らく‥‥‥」


はっきりしない答えに対し、補足するように片桐が口を挟む。


「それは確かです。当日、お世話に向かった私が確認しました」


「そうか‥‥‥後でそこの執事と詳しい話をしたい。構わないか?」


「ええ、構いませんよ。‥‥‥それと、申し訳ありませんが、これから仕事が入っておりますので‥‥‥私はこれでは失礼させていただきます」


「お忙しい所、わざわざありがとうございました」


丁寧に頭を下げる葉月に、応じるように深々と頭を下げる眞。

思わずそうさせてしまう雰囲気がある。


葉月は付添いのメイドとともに部屋を後にする。

応接室には眞と詩音、片桐の3人だけが残された。


「‥‥‥‥‥‥片桐とやら、本当の狙いはなんだ?」


「黒羽さん!?」


眞は突然の物言いに驚く。

何のことだか全く理解が出来ていない。


「‥‥‥お気づきでしたか」


「猫はあんたが匿っているのだろう?」


「はい、その通りで御座います。今日もお元気な様子ですよ」


下手に隠し立てするよりも良いと判断したのであろう。あっさりと認める。


「他に要件があるんだな?」


「‥‥‥今夜、バリオスでお会い出来ますか?」


「ああ。‥‥‥それと私からの話はもう良い」


片桐の提案に詩音が肯定する。

そして、ここでは話すことの出来ない内容であると判断した詩音は、話を切り上げた。


「ありがとうございます‥‥‥では、事務所までお送りします」


それだけ伝えると部屋の外へ促す。

どうやらここでは話すことが出来ないようだ。

その事を理解した眞達は片桐に促されるまま、屋敷を後にした。


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