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嘘が色で見える地味司書の私が、唯一嘘をつけない無色透明な声を持つ人気ミステリー作家様と出会って、呪われた人生が彩られ始めました  作者: 久遠翠


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第7話「現れた不協和音」

 蓮が図書館に通うようになって一月ほど経った頃、私たちの平穏な日常に、耳障りな不協和音が割り込んできた。

 その日、図書館はいつもより少し騒がしかった。週刊誌の記者を名乗る男が、アポイントメントもなしに蓮に取材を申し込んできたのだ。男は派手な柄のシャツを着て、やけに馴れ馴れしい態度だった。


「いやあ、海道先生! いつも作品、拝見してますよ! 最新作も最高でしたね!」


 男が発する声を聞いた瞬間、私は思わず眉をひそめた。その声は、お世辞と下心と野次馬根性が混じり合った、実に醜いマーブル模様をなしていた。赤、黄、緑、様々な色が渦を巻き、まるで腐った絵の具をかき混ぜたような、吐き気を催す色合いだ。本心から作品を評価しているわけではないことが、一聴して明らかだった。

 蓮は、読んでいた本から顔を上げ、迷惑そうに男を一瞥した。


「取材なら、編集部を通していただきたい」


 彼の返答は、いつも通り無色透明で、しかし有無を言わせぬ強い拒絶の意思が込められていた。

 しかし、記者の男は全く意に介さない。むしろ、面白がっているようにすら見えた。


「まあまあ、そうお堅いこと言わずに! 少しお話を聞かせてくださいよ。先生の作品って、人間のリアルな闇を描いてますけど、何か実体験に基づいているとか? 例えば、先生ご自身が誰かを裏切ったり、あるいは裏切られたり……」


 下卑た好奇心に満ちた質問。その声は、ねっとりとした油のような茶色と、他人を貶めようとする悪意の黒が混じり合い、聞いているだけで気分が悪くなる。私はカウンターの中から、心配そうに二人を見ていた。他の利用客も、遠巻きに何事かと様子をうかがっている。

 蓮は静かに立ち上がった。彼の身長は記者よりも頭一つ分高い。その体格差もあってか、彼のたたずまいにはすごみがあった。


「ここは、静かに本を読む場所です。他の方の迷惑になるので、お引き取りください」

「ちょっとくらい良いじゃないですか! ファンサービスってやつですよ!」


 しつこく食い下がる記者に対し、蓮は一切表情を変えずに、しかしはっきりと告げた。


「これ以上、業務の邪魔をされるようでしたら、不退去罪で警察を呼びます」


 その言葉は、脅しでも何でもない、ただ彼が実行するつもりの「事実」だった。その透明で揺らぎない響きに、さすがの記者も怯んだようだ。彼の声から、焦りの色が滲み出す。


「ちっ……カタブツが……」


 記者は悪態をつくと、名残惜しそうにしながらも、ようやく出口へと向かっていった。去り際に、私の方をちらりと見て、嫌な笑みを浮かべたのが見えた。彼の思考が、蓮本人からダメなら、周りの人間からネタを引き出してやろう、という方向に切り替わったのが、声の色から読み取れた。

 記者が去った後、図書館には再び静寂が戻った。しかし、私の心は騒めいたままだった。

 蓮は何事もなかったかのように席に戻り、再び読書を始めた。その姿に、私は胸の内に奇妙な感情が芽生えるのを感じていた。

 それは、憧れだった。

 嘘で塗り固められた悪意に対して、彼は一切動じなかった。自分の言葉だけを武器に、毅然としてそれを跳ね除けた。私には到底できないことだ。私はいつも、色のついた声に傷つき、ただ心を閉ざすことで自分を守ってきた。けれど彼は、その声が渦巻く世界で、たった一人で戦っている。

 ベストセラー作家という華やかな世界の裏側で、彼が常にこのような無礼な好奇心や悪意にさらされているのだという現実を、私はまざまざと見せつけられた。そして、そんな世界で「嘘がつけない」ということが、どれほどの足かせになるのだろうか。

 彼の強さは、同時に彼の脆さにもつながっているのかもしれない。

 そう思った時、私は初めて、彼を守りたい、と強く感じた。呪いだと思っていたこの能力も、彼の周りに渦巻く悪意の色をいち早く察知するためなら、役に立つかもしれない。

 不協和音が去った後の静寂の中で、私の心には、彼への想いと共に、確かな覚悟が静かに芽生え始めていた。

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