エピローグ「そして世界は彩られる」
あれから、一年が過ぎた。
私は変わらず、市立図書館で司書として働いている。カウンターに立ち、来館者の声を聞く。その声には、相変わらず様々な色がついていた。けれど、私の表情は、以前とは比べ物にならないほど明るく、柔らかいものになっていた。
時折、悪意に満ちた濁った色の嘘を聞くと、小さく苦笑することはある。でも、もうそれで心が乱されることはない。世界は、そういうものでできている。そして、そんな世界も、案外悪くない。そう思えるようになっていた。
私の薬指には、シンプルなシルバーの指輪が光っている。それは、蓮が贈ってくれたものだ。
その蓮は、先日、新しい小説を発表した。
それは、彼が得意としてきた、人の心の闇をえぐるようなダークなミステリーではなかった。一人の嘘が見える女性との出会いによって、嘘をつけなくなった男が、絶望の淵から救われる物語。どこまでも優しくて、温かい光に満ちた、愛の物語だった。
多くの読者や批評家は、彼の作風の変化に驚きながらも、その物語を絶賛した。
そして、その本の最後には、こう書かれていた。
『私の世界の真実を見つけ、そのすべてを鮮やかに彩ってくれた、愛する司書へ』
休日の昼下がり、私たちは自宅のソファに並んで座っていた。私の頭は、彼の肩に心地よくもたれかかっている。窓から差し込む陽だまりの中で、彼は私に、まだ誰にも話していない次回作の構想を語ってくれていた。
「今度は、特殊な能力を持つ二人が、力を合わせて大きな謎を解く話なんてどうだろう」
彼の声は、もちろん無色透明だ。でも、私にはその音色が、どんな色彩よりも豊かに感じられた。彼の声には、私への愛情、未来への希望、そして穏やかな幸せが、キラキラとした音の粒子となって含まれているのがわかる。
私は、彼の話に耳を傾けながら、そっと目を閉じた。
嘘の色が見える、この世界も。
彼の「色のない声」が隣にあるだけで、こんなにも穏やかで、愛おしい。
彼の声が、私の日常を、私の人生を、何よりも鮮やかに彩ってくれるのだから。
私たちは、言葉を交わすでもなく、ただ静かに寄り添い合う。二人の間には、誰にも邪魔されることのない、確かな真実と、穏やかな幸せが満ちていた。




