第20話「色のない声がくれたもの」
あの衝撃的な生放送の後、すべては雪崩を打つように解決へと向かった。
影山彰は、番組終了後、憔悴しきったままテレビ局から姿を消し、数日後には出版社を退職。業界の表舞台から完全にいなくなった。彼の嘘は白日の下に晒され、彼に向けられていた同情は、一転して激しい非難へと変わった。
逆に、蓮の疑いは完全に晴れた。恩師の日記や私の証言は決定的な証拠となり、彼の誠実で不器用な人柄そのものが、改めて世間に評価されることになった。書店には再び彼の本が並び、以前にも増して、彼の作品は多くの読者の心を掴んだ。
騒動がようやく落ち着いた、ある晴れた日の午後。
私と蓮は、初めて出会った、あの市立図書館にいた。
窓際の、蓮の定位置だった席に、二人で並んで腰掛ける。柔らかい日差しが、古い木の床に優しい模様を描いていた。
図書館の中は、いつもと変わらない。カウンターでは、来館者と職員の会話が交わされている。私の耳には、相変わらず様々な「色」を帯びた声が聞こえてきていた。
「この本、面白かったわよ」という声は、本心からの感想に、少しだけ「私、知的なでしょう?」という見栄の淡い黄色が混じっている。「締め切り、少しだけ待ってもらえませんか?」という学生の声は、申し訳なさの灰色に、どうにかなるだろうという楽観的な水色が滲んでいる。
けれど、もう以前のような息苦しさは感じなかった。むしろ、その人間らしい些細な嘘の色が、どこか愛おしいとさえ思えるようになっていた。なぜなら、私の隣には、絶対的な「真実」の音色を持つ人がいてくれるからだ。
「私のこの能力は」
私は、窓の外を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
「ずっと、呪いだと思ってた。でも、あなたに出会うためのものだったのかもしれない」
もしこの力がなければ、私は彼の声の特別さに気づかなかっただろう。彼が嘘の濁流に飲み込まれそうになった時、手を差し伸べることもできなかっただろう。そう思うと、長年私を苦しめてきたこの能力も、悪くないものに思えた。
私の言葉に、蓮は静かに隣で微笑んだ。そして、私の手をそっと握る。
「違うよ」
彼は、私の目を見て言った。彼の声は、やはりどこまでも澄み切った、無色透明の音だった。
「君が、俺を見つけてくれたんだ。色のない、空っぽだった俺の世界に、君という確かな光を見せてくれた。救われたのは、俺の方だ」
握られた手に、力がこもる。その温かさが、彼の言葉が紛れもない真実であることを、私の心に伝えてくれた。
私たちは、しばらく何も言わずに、ただ手を繋いでいた。図書館の穏やかな静寂が、優しく二人を包み込む。
色のない声が、私に真実を教えてくれた。
色のない声が、私に人を信じる勇気をくれた。
色のない声が、私に愛する人を守る強さをくれた。
そして、色のない声を持つ彼は、嘘の色に満ちた私の世界を、何よりも鮮やかで、美しいものに変えてくれたのだ。
もう、何も怖くはない。この世界がどれだけ嘘の色であふれていようとも、私の隣には、変わらない真実の音が、いつもあるのだから。




