第14話「私にできること」
世間のバッシングが最高潮に達し、蓮が完全に孤立していく中、私は私自身の戦いを始めていた。影山の嘘を暴くための、ささやかな、しかし確かな一歩を。
私の武器は、この特殊な能力だけだ。私は、事件の鍵を握るであろう、当時の関係者を探し出すことにした。蓮の恩師が生前所属していた大学の文学部、当時彼らが参加していた文芸サークル。私は司書としての調査能力をフル活用し、古い名簿や資料を片端から洗い出した。
数日後、私はついに、当時蓮や影山と同じ文芸サークルに所属していたという、一人の女性にたどり着いた。今は結婚して、この街で主婦をしているという。私は勇気を出して、彼女の自宅を訪ねた。
「突然申し訳ありません。海道蓮さんのことで、少しお話を伺えないでしょうか」
インターホン越しにそう告げると、彼女は警戒しながらも、私を家の中に入れてくれた。
「週刊誌の記事、読みました。まさか、あんなことになるなんて……」
彼女の声は、驚きと困惑が入り混じった、複雑な色合いをしていた。
私は単刀直入に聞いた。
「当時のことで、何か覚えていることはありませんか? 海道さんと、影山さんのこと……」
彼女は少し考え込んだ後、おずおずと語り始めた。
「影山くんは、当時から口がうまくて、人気者でした。でも……時々、人のアイデアをさも自分のものみたいに話すことがあって、少し違和感があったんです」
彼女の声には、嘘の色はなかった。確信はないが、過去の記憶を誠実にたどっているのがわかる。
「逆に、海道くんは不器用で、口数も少なかったけど、彼の書く文章には、いつも魂がこもっているような気がしました。だから、彼が盗作するなんて、どうしても信じられなくて……」
それは、蓮の無実を直接証明する証拠にはならない。しかし、影山の人格を示す、重要な証言だった。
私は、さらに重要な手がかりを得ることになる。蓮の恩師が残した、個人的な日記の存在だ。恩師の遺族は、事件後、誰にも会わずに心を閉ざしていた。私は何度も手紙を書き、私の身元を明かし、蓮を救いたいという一心であることを切々と訴えた。
そして、私の想いが通じたのか、恩師の奥様が一度だけ会ってくれることになった。古びた一軒家で私を迎えてくれた奥様は、憔悴しきっていたが、その瞳の奥には気丈な光が宿っていた。
「主人は、亡くなる直前まで、二人の才能を信じていました。特に、海道くんのことは、自分の後継者のように思っていたようです」
彼女の声は、深い悲しみの色をしていたが、嘘はなかった。
そして彼女は、書斎の奥から一冊の古い日記帳を取り出してきた。
「主人は、影山くんのことも心配していました。才能はあるのに、どこか焦りが見える、と。この日記に、何か書かれているかもしれません」
私はその日記を丁重に借り受け、図書館の閉館後、一人でそのページをめくった。そこには、恩師の苦悩がつづられていた。そして、私は決定的な一文を見つけた。
『影山くんが、新しい小説のプロットを持ってきた。しかし、その輝きは、どこか海道くんのそれと似ている気がしてならない。どうか、私の杞憂であってくれ』
これは、影山が蓮のアイデアを盗んだことを示唆する、強力な状況証拠になる。
私は、集めた証言や日記の記述を、一つ一つノートにまとめていった。影山の嘘の矛盾点、彼の発言の不自然さ。色の見えない一般の人々にも、彼の嘘が「嘘」として認識できるような、客観的な証拠を積み上げていく。
調査に没頭して数日が過ぎた夜、憔悴しきった蓮が、私の働く図書館を訪れた。もう閉館時間は過ぎている。彼は、まるで拠り所を求めるように、私の前にただ立っていた。
「どうして……」
彼の声は、か細く、それでいてやはり透明だった。
「どうして、君は俺を信じてくれるんだ? 世の中の誰もが、俺を嘘つきだと言っているのに」
その問いは、彼の心からの悲痛な叫びだった。私は、まとめていたノートを置き、彼の前にまっすぐに立った。そして、ずっと言えなかった、私の世界の真実を告げた。
「あなたの声には、嘘の色がないから。それだけが、私の世界でたった一つの真実だからです。」
私の言葉に、彼は息をのんだ。彼の瞳が大きく見開かれる。
私はもう、自分の気持ちを抑えることができなかった。堰を切ったように、想いがあふれ出す。
「好きです、蓮さん。あなたのことが、好きです」
その声に、どんな色が乗っていただろう。きっと、生まれたての朝日を凝縮したような、一点の曇りもない真紅の色をしていたに違いない。
蓮は、私の突然の告白に、ただ呆然と立ち尽くしていた。彼の透明な瞳から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。それは、彼が長い間一人で抱え込んできた孤独と痛みが、ようやく溶け出した瞬間のように見えた。




