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嘘が色で見える地味司書の私が、唯一嘘をつけない無色透明な声を持つ人気ミステリー作家様と出会って、呪われた人生が彩られ始めました  作者: 久遠翠


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10/21

第10話「小説に隠された告白」

 その夜、私は眠るのも忘れ、蓮から受け取った原稿を貪るように読んだ。ページをめくる指が止まらない。それは、一つの嘘が原因で、かけがえのない親友を失い、築き上げてきたすべてを破壊されてしまう、一人の男の物語だった。

 物語の主人公は、才能に恵まれながらも少し不器用な芸術家。彼には、口がうまく、世渡り上手な親友がいた。ある日、親友は主人公のアイデアを盗み、自分の作品として発表してしまう。主人公がその嘘を問い詰めると、親友はさらに嘘を重ね、周囲を巻き込み、主人公を孤立させていく。やがて、その嘘は二人の共通の恩師をも巻き込み、絶望のあまり、恩師は自ら命を絶ってしまう。

 物語のクライマックス、すべてを失った主人公が雨の中で天を仰ぎ、号泣するシーンで、私は思わず原稿を閉じた。胸が締め付けられるように苦しかった。作中で描かれる主人公の絶望、裏切られた悲しみ、そして何よりも、自分の言葉が誰にも届かない無力感。そのすべてが、フィクションとは思えないほどの、生々しいリアリティを伴って迫ってくる。

 それはまるで、蓮自身の叫びのように響いた。

 読み終えた時、窓の外は白み始めていた。私は、彼がなぜ嘘を「つけなく」なったのか、その理由の一端に触れたような気がした。これは、ただの物語ではない。形は違えど、彼の過去に実際に起きた出来事を下敷きにしているのだと、直感的に理解した。彼が「嘘」というテーマに執着する理由、彼の声が色を失った理由、そのすべてがこの物語の中に隠されている。

 これは、彼から私への、声にならない告白なのだ。

 その日の午後、図書館に現れた蓮の顔は、少しだけこわばっているように見えた。自分の魂を差し出した相手からの、審判を待つような表情。私は、返却カウンターではなく、彼の定位置である窓際の席へと向かった。

 私の姿に気づいた彼が、緊張した面持ちで顔を上げる。


「……読みました」


 私は、彼の前にそっと原稿を置いた。彼は何も言わず、ただ私の次の言葉を待っている。どんな言葉をかければいいのか、迷った。面白かったです、という感想はあまりに軽すぎる。感動しました、というのも違う。

 私は、正直な気持ちを伝えることにした。


「……とても、苦しかったです」


 私の言葉に、蓮はわずかに目を見開いた。そして、張り詰めていた表情が、ふっと和らぐのを感じた。彼は、私が物語の表面的な面白さではなく、その奥にある彼の痛みを正確に感じ取ったことを、理解してくれたのだ。


「そうか」


 彼は静かに、それだけを言った。


「ありがとう」


 その無色透明な感謝の言葉が、私の心に深く、深く染み渡った。

 もう、多くの言葉は必要なかった。私たちは、ただ黙って見つめ合う。彼の小説が、言葉以上の架け橋となって、私たちの心を繋いでくれた。私は彼の過去の痛みに触れ、彼は私の理解を受け入れてくれた。

 彼の声には色がない。私の声には、きっと様々な色がついてしまうだろう。けれど、私たちは今、同じ物語を共有し、同じ痛みを感じている。それだけで十分だった。

 もう、彼の前から逃げるのはやめよう。彼がどんな過去を背負っていようと、それを受け止めよう。そう心に決めた。

 私の心の壁は、完全に崩れ去っていた。そして、そのがれきの中から、蓮に対する揺るぎない愛情が、確かな形となって芽吹いているのを、私ははっきりと自覚していた。二人の間に生まれた静かな理解は、これから訪れるであろう嵐に立ち向かうための、強い絆となるのだった。

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