第1話:転生とハーレム誤解
「オッケー!」
その声に応えるように、神様はにっこり笑い、空中に浮かぶ液晶画面をスライドさせた。指先が画面を撫でるたびに、文字や数値が浮かび上がり、設定がどんどん書き込まれていく。神様の手際は鮮やかで、まるでこの世界をその指先で操るかのようだった。
「……うん、ここで少し調整して……あれ?」
かすかに漏れた声が聞こえた。設定ミスか? いや、そんなことは気にせずに――俺はいや、私は、この世界で自由に生きるため、そして願い通りのハーレムを築くために準備万端だ。
「異世界で、私は女として生まれ変わる! そして、理想のハーレムを!」
そう宣言した瞬間、霧のようなものが足元から立ち上り、全身を包み込む。世界の輪郭が溶けるように消え、目の前の景色は白い霞に飲み込まれていった。
「……ん? 神様、今なんて言った?」
聞こえた気がしたのは、「あ、設定ミス……」という弱々しい声。しかし霧に包まれてはもう振り返ることもできない。覚悟を決め、目を閉じる――そして、世界は一瞬の閃光のように変わった。
目を開けると、そこは見知らぬ大地だった。柔らかな光が森の木々を照らし、空気はどこか張り詰めた緊張感を伴っている。深呼吸すると、身体は確かに女の子になっていた。髪は肩までの柔らかい黒髪、手足は細くしなやかで、鏡を見なくても確かな違和感がない。だが、心の奥底ではまだ“男性の自分”が居座っている。
「……うん?」
視線を上げると、周りには数人の男性が立っていた。目が合うと、全員がにこやかに微笑みながら近づいてくる。
「な、なんで……? ハーレム……?」
思わず口に出してしまった。だが、この世界で言うハーレムとは、女性に囲まれることを指すらしい。目の前の男性たちは、どうやら“俺に寄ってくる”タイプらしい。
「女の子同士でイチャイチャしたかったんだよー!」
拳を挙げて叫ぶ。しかし、周囲の男性たちは困惑するどころか、むしろ好意的な視線を向けてくる。俺の理想と現実の間に、大きな溝があることを、初日から思い知らされた。
周囲を見渡すと、遠くには森が広がっていた。森の中には獣人が住んでいるらしい。昔、人間と戦ったが敗れ、現在は森の奥でひっそりと暮らす種族だという。奴隷として生きる者もいると、男性ハーレムの状況に混乱しながらも、情報だけは頭に入ってくる。
「……なるほど、この世界は女性が強いんだな」
感覚的に分かる。街では女性が商人や戦士として活躍しており、男性は従者や補佐役として控えめに振る舞っている。身体は女性だが、頭の中ではまだ男性視点――このギャップが妙に面白く、同時に戸惑いを生む。
その時、一人の男性が少し恥ずかしそうに前に出た。
「……あの、僕もお役に立てれば……」
「いや、いい、いいんだ。でも、俺じゃなくて、私の本当のハーレムは女の子同士なんだ!」
言いながらも、元男性の感覚で男性の心理が理解できる自分に気づく。彼らの心の内を察し、適切に対応すれば、このハーレム男性たちとも平和に過ごせるかもしれない――いや、どうせならコメディとして楽しんじゃおう、と腹を決めた。
「さて、まずはこの世界のルールを把握しないとな」
近くにいた女性商人や戦士たちの動きを観察しながら、社会の構造を理解する。女性が強く、男性は控えめ。獣人は森で生きるか、隠れるようにしている。奴隷も存在する。
「ふむ……面白い、面白いぞ」
笑みを浮かべ、拳を握る。元男性の感覚を持ったまま、女性として生きる――しかも周りにはたくさんの男性が寄ってくる。理想とは違うが、これはこれでハーレム生活が始まる予感だ。
その時、遠くの森から低く唸るような声が聞こえた。野生の気配かと思えば、あれは獣人の気配。遥か昔に人間と戦った強者たちの残り香を、かすかに感じる。
「よし……まずはこの世界で生き抜く方法を見つけるぞ」
拳をもう一度握り直す。目の前には男性ハーレムの困惑、そしていつか実現させたい女同士のハーレムの夢が広がっている。元男性の感覚で他者の心理を理解できる自分の特性が、この世界でどう役立つのか――少しワクワクしながら、第一歩を踏み出した。
――こうして、元男性の私は、女性として異世界に転生し、男性たちのハーレムに囲まれながらも、夢の女同士ハーレムを追い求める物語が始まったのだった。




