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化け物店主のなんでも買取屋

作者: 三澄さや

なんでもいいです。

僕に売ってください。

僕なら貴方以上に大切にできます。

あなたの幸せの記憶。

あなたにとって辛い過去。

いらないならください。

あなたにとってそれらは必要ないのでしょう?

いらないものには価値なんてないですよね?

この僕が買ってあげますから。

僕はずっーと皆さんがここに来るのを待ってます。


明かりが一切灯らない真っ白な空間に『あなたのなにかの買取屋』と記された無数の看板が床に倒れて一本の道を作っている。


質素な壁に掛けられ、ベルが目覚まし時計かといわんばかりに煩く鳴り響いている。


ジンジンと騒ぐベルの音が耳に届く、軽装の若い男が好奇心と決意に導かれながら、辺り一面に倒れた看板の道を止まらず戸惑うことも無く進んでいく。


お客の訪れを知らせるベルの騒音の中、化け物は客が来たことを確認して、体中にまとわりつく管を一本また一本と外して身支度を整え商談へ望む。


しばらくすると、天井から軽快なリズムでピンポンパンポンと音が鳴る。



マイク越しに化け物が若い男への歓迎の挨拶を口悪く述べた。

「おい !そこの客 !席に座って待ちやがれ !」



耳心地の悪いアナウンスを聞いた男はピクリともせず言われた通りに席に腰をかけた。



とうとう化け物と人間の商談が始まった。



お待たせしました、お客殿。

何を売ってくれるのですか?!


化け物にとって価値を買い取るという行為は、奪うという行為に対しての正しい使い方なのだ。


彼らからすると、人間は、食って食われる化け物たちの、倫理感の中で興味を唆る生き物であり、唯一無二の不屈の精神を持つ事が出来るという認識にある。故に化け物らは人間と交渉し美学の中で狩るという愉悦を妬ましい程心底愛しているのだ。


簡単に人を欺き勝ち取れる頭脳を持ち。

幼い子供のように、胸を高鳴らせ感情に踊らされている。


お客様!どうぞお越しくださいました。

では貴方の売る価値を見せてくださいな。


『これ、買い取ってください』

『もういらないんで』


表情一つ変えず、ほつればかりのボロボロのバッグから若い男が取り出したのは色褪せたアルバムだった、その表紙に描かれているのは幼い子供と隣に微笑む女性が写っている。


重く分厚いアルバムを開く。

1ページ目には小さな赤子が母の胸の中で心から子の誕生を喜ぶの姿が記され。

2ページ目には幼い男の子が母親に抱き締められている。

3ページ目は不貞腐れた少年が母に叱られて泣きながら謝っている様子が載っている。


ページの全ての続きには母と息子の大切な記録が綴り託されていた。


最後のページに描かれている事は、息子を心から愛してるとそう書いてある。


男は大切な何かを思い出し、はっとして、大多数の情報が脳に流れ込んで、優しい母親の声が耳から聞こえてくる。


『母さんは千紘の事がだいすきよ』

『千紘、大丈夫』

『貴方は何も悪くない』


母は強く前向きに、真っ直ぐ僕を励ます言葉と勇気、そして戦う力を与えてくれた、けれどどうしても悔しくて苦しく悲しい気持ちが僕から全く消えないのだ。


男は涙を零して、床を強く殴った。

あの日、僕を庇って死んでしまった、僕の母さん。ただ、母さんに謝りたい。こんな自分でも愛してると言ってくれる人がいる事に気付けず

見て見ぬふりをし全て諦め逃げた自分をどれだけ許せなくても、僕の価値は自分で決めて一生懸命に生きて、誰にも貶されない為に守らなきゃならない。

僕は何度でも戦う、一度は間違えたけれど何度でも立ち上がり僕と貴方の価値を守るために。


男は、化け物から自分自身の価値を取り戻させないと駄目なのだ。


一方、幼稚な化け物は小さな変化に気付きもしない。

ただただ、おのがためだけに価値を買い取り生きている奴らなのだから。


嘲笑い、いつも通りの化け物の御託並べが始まる。



お客様どうしました?大丈夫です!あ、それと僕がそれ買い取りさせてもらいますね。


しかも母親との全ての記憶を売るんでしたよね!ちょうど良かったぁ!いまそれ在庫品薄だったんですよ。


親との全ての記憶売ってくれる人がそもそも少ないんですよぉ!


みんなだいたい値段が下がるような商品ばっかり売りに出すので、高値がつくこの商品を売る貴方はとても思い切りいい人間のようだ。




売主を見て異形の化け物はクスクスと笑った。


ぺらぺらと言葉を綴る化け物の進む道を、若い男はとめた。


『……まて!』


化け物は声を取り繕いながら、怒りで酷い形相をしている。


『はい?どうされましたかねぇ、お客様』


声がどんどん低く黒く変わって化け物は男に怒鳴った。


『まさか、お客様返してとはいいませんよね!?』


『……』


『アルバムを、返してください悪いのは全て俺です、なんでもしますどうかお願いします』


『は?無理に決まってんだろ』


化け物に何度も懇願をし、何度も土下座をして、床に頭を打ち血が流れる、男の頭の血と涙がボロボロと頬ながれていく、誰かに殴られたのかと錯覚するように顔が血だらけになっている。


醜い男の姿を見た化け物はただ男を罵倒した。





何を泣いてるんですか、貴方が望んだことでしょう?


違うんですか?母親の事を貴方は本当に忘れたいと思ってるんですから。


母親は自分のせいで、死んでしまったと貴方は思い、自分を許せないだから、母親との全てを今すぐに忘れたいと願って、私のところまで来たんですよ!!




ほんとうにお前はみっともないですねぇ――




どうせまた、逃げるのだから。

それにお前は見たいものしか見ないじゃないですか。

そんな奴に情をかける必要がどこにあるんでしょう?



『お願いします、どうか返してください、ぼくが僕がすべてぜんぶ悪いんです、母はなにも何一つわるくないんです、なんでもします、返してもらうためなら魂だって差し上げます、どうかどうかおねがいします』



異形の化け物の体に平気で縋ってくる、惨めな男。

なら最初からここにこなければいいと化け物はただ思った。

同情をしたら売り手が罰を食らうというのに化け物は自分自身の保身の為に過ちを懺悔する者を知らないフリはできなかった。




化け物は無性に思う。

この仕事は向いていないと。



わたしは、全知全能ではありません。

あなたの悪い部分しか分かりませんし、母親の気持ちも事故のことも分かりませんよ。



買取屋の店主として分かることは一つだけあります。

『……ひとつ ?』

『はい』



『要は !あなたはこの店を利用するに、満たしてないということですよ』



『ったくまじで !大サービスですからね ! !もう二度と店を利用出来なくなる代わりに商品を返品させてあげますよ』


不服な顔をしながらも化け物は彼に正真正銘の最後の助け舟を出した。




男はただ感謝と本音を口にだし誓った。



『はい……ありがとうございます、もうここには二度と来ません !母の事が大切で世界で一番愛しています、ぜったいに忘れたくないです、誓います、もう逃げません、』


『……そうかよ !もうお前は俺の客じゃねぇんだから !はやくどっかいきやがれ !』



『店主さん、ありがとうございました、さようなら !』


腕に強くアルバムを握りしめ化け物に大きく手を振り、彼は長いトンネルの中を一歩、一歩踏み締め去っていく。



化け物は男の颯爽と去る後ろ姿を見て、寂しそうな表情で見送った。


『まあいいでしょう、彼は人間です、我々と相容れる事は絶対に無い』



『もう二度とこの場所に迷い込んではいけませんよ、貴方にわたしはひっそりと期待をしますからね、それと、もしまた弱音を吐くなら、今度はわたしがお前の魂、食ってやりますよ』



『せいぜい、人生に打ちのめされながら、頑張れよ人間共』



なんでも買い取る、この店の化け物店主にとって人間という生き物は良くも悪く、歯切れが悪いのである。


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