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5 元カノに普通の対応ができない自分が嫌い

 昼休みになればクラスの奴らは各々散らばる。固まって一緒に飯を食べる奴らもいれば、一緒にゲームをする奴もいる。

 俺はといえばただ机に突っ伏すだけ。飯も昼は何故か食べる気にならない。それが学校だからなのかは分からないが、食べても胃の中に消化されずに溜まってしまって、気持ち悪くなってくる。


「……はぁ」

「ゆーっま!」

「ん……」


 人が少し減った教室に特段明るい声が響く。勿論その声の主は、華奈だ。

 片手に購買で買ったのだろうクリームパンを持って、こっちに駆け寄ってきた。隣の今はいない蓮の席に座った華奈はいつものことながら少し距離が近い。肩と肩がぶつかりそうなくらいには。

 弁当を食っている奴らの視線が痛い。離れろとでも言いたげな目をしているが、近づかれているのは俺の方だ。それくらい見て分かってくれと切に思う。


「はいっ、悠真の!」

「なぁ……昨日も俺、要らないって言った筈なんだが」

「でもお昼食べないと……」

「いやいい。なんか申し訳ねえし」


 そうやって俺が突っぱねると華奈は納得はしてくれたらしく、俺に突き出したクリームパンを仕方なく俺の前から下げてくれた。

 しかしそんな様子を見て周りの奴らが黙っている訳もない。


「白石さん、またあいつとかよ」

「あいつ暗すぎ。なんで絡むのか意味分からん」

「そもそも、あんなのいたっけ」


 言葉の切れ味は、日に日に増している。それが憎悪と、嫉妬心から来るものなのは理解している。

 しかし、もうそんな言葉で揺らぐような心では無くなってしまった。痛いと思っていたはずの言葉が、痛くなくなった。それは多分、良いことのはずなのに、悪いことのようにも思える。

 華奈は、そんな声を気にする様子もなく、再び俺に話しかけてきた。


「悠真、ずっと前は昼も食べてたじゃん。私と一緒に食べたりしてたし……」

「一年前はな。今はもう違うんだ」


 また俺は突き放すような冷たい事を言ってしまう。

 華奈がどれだけ俺のことを配慮してくれているのかなんて、嫌でも分かっている。


「白石さん優しいよね。あんなのを見捨てないとかさ」

「てかあいつと一緒にいたら疲れそう」

「本当は疲れてるのに、あいつには見せてないだけかもよ?」


 そんな事、俺が一番理解している。俺は、自分に対してこんなにも優しくて、こんなにも俺を大切にしてくれている存在を、ぞんざいに扱ってしまう自分自身が一番嫌いだ。

 口の寂しさを紛らわすために咥えている爪楊枝が、折れそうになるほど歯を食いしばる。

 情けなさといたたまれ無さで死にたくなってくる。俺はそういう人間なんだ。諦めなんてもうとっくについてるはずだ。

 華奈に俺は相応しくないんだって。


「悠真」

「……ぁ?」

「私は、誰が何と言おうと悠真が大事だよ」


 求めていない言葉の筈なのに、乾いて乾いて枯れてしまった心に優しく浸透していく。

 華奈の手が肩に触れている。多分、俺を落ち着かせるために添えてくれているんだろう。そんな配慮も要らない筈だ。

 要らないし求めていない。華奈の言葉も行動も俺は要らない筈なのに。

 なんでこうも俺の心の奥底に。


「……そうか」

「うん、そーだよ」


 入り込んで優しく撫でてくるんだ。

 凍てつくような周りの視線と言葉も、何も入ってこない。ただ華奈から添えられた手から、ブレザー越しでも伝わる優しい体温を感じていた。


「………」

「悠真……」

「なんだ」

「ごめんね」


 また謝らせた。

 俺はあと何回、この人を謝らせるんだろうか。

 俺はあと何回、この人を泣かせてしまうのだろう。


「うわっ白石さんが誤ったよ」

「あいつ最悪だな。白石さん、謝る要素一個も無いだろ」

「はぁ……白石さん、可哀想」


 そんな事したくなかったから、俺から突き放して俺から逃げた。だけど逃げきれなかった。俺が中途半端に戻ってきてしまった。

 だから今互いにこんなにも苦しい思いをしてしまっている。こんな思いしたくない。

 そんなの華奈も考えているに決まっている。


「……華奈」

「なぁに?」


 俺が名前を呼ぶと、華奈は俯き加減だったのを直して、俺の方に向き直った。手はさっきまでと変わらず、俺の肩の上。突っ伏している俺の顔を覗くように、目線を合わせてくる。

 本当は、言いたくは無い。できもしない約束をするのは、性に合わない。でも、この人が相手だと、俺の理性を意思が飛び越えて勝手に発言したり行動してしまう。


「飯、今度はちゃんと持ってくっから。そん時は一緒に食お」

「……っ! うんっ!」


 その時点で俺はダメなのかもしれない。

 俯いたまま嬉しそうにニッコリと笑う華奈を見た。やはり居た堪れなくなってしまって、すぐに顔を逸らした。

 口の中で爪楊枝を遊ばせながら、肩に乗せられた手の体温で安心してしまう。

 やはり俺は俺のことが世界で一番、大嫌いだ。

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