2 元カノの連絡先は何故か教えたくない
退屈な始業式を終えて再び教室に戻ってきた。
全員が自分の席に戻ったところで、先生が自己紹介をし始める。
「みんなおはよう。今日からこのクラスを担当する事になった新谷だ」
高校二年の生活が始まった。
ホームルームは、いつも暇だ。口に咥えてる爪楊枝を遊ばせるくらいしかやることがない。
先生の話も特段面白いと言うわけでもないテンプレートの話だ。基礎に沿うのは良いことだと俺は思うが、つまらないと言われればそれまでだ。
「はぁ……」
「悠真、顔」
ため息を吐くと、横にいる蓮がいきなり「顔」と話しかけてきた。
「顔がなんだ」
「力が入ってないよ? そんなだと幸せが逃げちゃう」
「お前もゆるゆる過ぎだからどっこいだ」
俺がそう指摘すると、「確かに」と笑いながら前に向き直った。
「それじゃあ皆、一年間よろしくな。それじゃあ今日は解散だ。各自で帰宅してもらって構わない。ただし遊び過ぎるなよ」
先生のその号令で教室の皆は各々立ち上がり始めた。と思ったらもう既にグループを作り始めている。
行動が早過ぎると困惑しながら、一年前もこんな感じだったなと懐かしく感じる。一年の時もこの流れに乗り切れなくてグループに入れなかったのを思い出した。
「あーあ……蓮」
「ん?」
「後でアイス食いに行こ」
「分かったよ。奢りかい?」
「そ」
最低限の言葉でコミュニケーションを取る。蓮も「了解」と一言だけ。
すると名前も知らない男子が後ろに二人ほど別の男子を引き連れてやって来た。後ろにいる二人のうち一人は、一年の時のクラスメイトだ。顔だけは覚えている。
「なぁえーと、天崎? だっけか」
「何?」
「白石さんと仲良いっぽいじゃん」
俺はその一言だけで、こいつらが何を欲しているのかを察した。
恐らくは、華奈の連絡先を狙っている。大方根暗っぽい俺なら、連絡先くらい脅してポロリすると思ってるのだろう。
「まぁ……程々に」
「あのさぁー、白石さんの連絡先教えてくんね?」
「頼む!」
「自分で聞け、俺は知らん」
そう言って俺は善意を持って突き放しておいた。
他人から聞いた気になる人の連絡先なんてなんの価値があるのか、俺は分からない。しかしその対応が気に食わないのか、真ん中にいた男子は俺の胸ぐらを掴んできた。
「おいテメェ……舐めてんのか」
「舐めてねーけど、お前は俺をなんだと思ってんだ?」
「あぁ? 陰キャは大人しく教えりゃ良いんだよ。ちょっと白石華奈と仲良いからってイキってんじゃねえよ」
またこれか。
俺が華奈と仲良くなり始めた時も同じ詰め方をされた気がする。その時は、色々言い訳を連ねて交わしていた覚えがある。
ただ目の前のやつは言い訳したらいきなり殴って来そうだ。人を下に見て自分が上に立ってると思いたい人間。
嫌いだ。大嫌いだ。
「お前が自分で聞けないポンコツなら教える。でも連絡先程度教えたところで、俺と華奈が絶交する訳じゃないぞ」
「んだと……?」
「あと腕を離せ、不快だ」
俺の胸ぐらを掴んでいる手を掴んで、力を入れる。ミシッと音が聞こえそうなほど軋み始める相手の手。
相手は苦悶の表情を浮かべながら手を反射で離した。俺はシャツの掴まれていたところにできたシワを伸ばして伸ばして、普通に見えるように直した。
「てっめ……!」
「あ?」
「まーまー悠真。君らも好きな人の連絡先を交換するために、その人と仲のいい子を脅すのは減点だと僕は思うな」
俺とその男の間に隣に座っていた蓮が割って入って、巧みに相手を落ち着かせる言葉を並べ始めた。
「はぁ!? んだと……」
「ね? 君はあの子、白石華奈に嫌われてもいいの?」
「いや、すまん。悪かった……」
蓮が一気にそいつを落ち着かせて謝らせてしまった。
その男たちはすぐに帰って行った。敗走みたいで少し面白いと思っていたら、蓮も同じことを思っていたらしく体がプルプル震えていた。
「お前ゲスだよな」
「僕はそういう人間だからねぇ……ふふっ」
「はは……じゃあ帰るか」
「はーい」
自分のカバンを持って席を立つ。
そしてまだ女子のグループで話している華奈は置いて、俺と蓮の二人で教室を出た。
「蓮、華奈は後で合流でいいよな」
「オッケ〜」
「ん」
蓮にそう確認を取った後、華奈に『アイス食いに行くから、いつもの店で待ってる』とだけメッセージを送った。
「どうだい?クラスは」
「さっきの奴らの対応の通りだろ」
「確かに。仲良くはなれなさそうだね」
「まぁもう慣れたけどな」
俺に向けられる華奈絡みの俺への『負』の感情は、もう向けられ慣れてしまった。
慣れたくなかったが、この際もう仕方がない。向けられ過ぎてしまったから。
俺が華奈と恋人だったのが悪いのだから。
「なぁ蓮」
「なんだい」
「今日はトリプルが食いたい」
「おっ、奇遇だね。僕も今日は進級のお祝いでトリプルを食べたかったんだ」
「お前は別に進級祝いとか関係無いだろ」
そんな軽口を叩きながら蓮と一緒に店に向かう。
そんな時間だけは今の俺にとっての数少ない日常のように思えた。