15 元サッカー部、ちょっとだけ本気を出す
そもそもの話、俺のクラスに運動できる奴がかなり少ないことが問題だった。
リレーに出る奴らは軒並み運動部だが、全員スプリング特化で長距離に適して無い。更には1500m走の次がそのリレーなので誰も走りたがらない。元から1500m走に出る筈だったやつと補欠は確か陸上部、そして他の組の1500m出場選手も全員陸上部。
つまるところ詰みだ。元サッカー部という要素のみで俺に白羽の矢が立ってしまうくらい状況が悪い。
「なぁ葛葉。本当に俺じゃ無いとダメなのか」
「ダメ。天崎くんじゃないと多分勝てんしリレー前に優勝消える」
覚悟を決めるしか無い。
目立つのは嫌いだがこの際もう逃げ道も何も無いので、そんなこと考えるだけ無駄だ。
大きく息を吐きつつ、葛葉にクソがという旨を込めた睨みを効かせてから一言「やる」とだけ伝えた。
俺はそう言い残し、蓮の所へ向かった。もう1500m走に出場する人はほぼ入場門に集まっている。チンタラしている暇は無いが、少し聞いておかないといけないことがある。
「蓮はどんな感じの勝ち方を見たい?」
「ん?やっぱ後方追い込みが1番盛り上がるよね。しかも上がるし」
「ふー……了解」
その言葉を聞き、咥えていた爪楊枝を手で取って少し歩いたところにあるゴミ袋の中にポイっと捨てた。流石の俺でも、本気で運動する時くらいは爪楊枝は咥えない。
「えーと青組2年の補欠の補欠は……」
「はい、俺っす」
「名前は?」
「天崎悠真」
「了解、もうみんな入場したから早く行ってね」
実行委員にそう告げて、少し小走りで全員が集まっているスタート位置まで急ぐ。
頼られたからにはやはり少し燃えてくるところもある。蓮からの注文もしっかりと聞こう。
一年生の番が終わり、二年生の番が来た。俺以外はさっきも言った通り陸上部だけ。しかも全員割とガチな感じ。
「よし今日は負けないぞ」
「俺のセリフだ!」
「否、今日は私が勝ちをもらう番です」
「無理無理、俺が勝つから」
蚊帳の外過ぎるが、まぁいい。葛葉の注文は勝つこと、蓮の注文は全員撫で切っての勝ち。頑張るかと気合を入れるために手首につけていたヘアゴムを久しぶりに使うことにした。
いつもうざったいくらい目にかかる前髪を後ろに掻き上げて、襟足と一緒に雑に束ねる。一気に視界が広がった。サッカー部時代も、前髪をヘアピンで留めるのがスイッチのオンオフ切り替えのサインだったが、今はヘアピンで留めるより束ねる方が気合が入るのでそうしている。
『それじゃあ位置について、よーい……』
ワンテンポ間を置いて、空砲が空に響く。
流石に陸上部と言えるスタートダッシュ。俺は蓮の注文を受けるために最後方定位置に構える。構えたは良かったが、前にいる陸上部の四人が自分たちで勝手にデッドヒートし始める。ペースが凄まじいことになっていて、体感的に62秒くらいで一周300mを通過した。
「がんばれー! 白ー!」
「赤負けるなー!」
「黄色ー! 取り敢えず勝て!」
「黒も気合い入れろ! ボケ!」
さて前の四人はしっかり応援されてるが、俺は多分同じ組の奴らにも期待されていない。
まぁ陸上部相手に走ってる謎の一般男子の図だもんな。期待するだけアホだ。ただ、周りの声に耳を澄ましていると少しだけ俺に対する反応も聞こえてくる。
「なぁ、青組のやつなんで着いていけてんの?」
「わかる! なんか速くね!? 俺あんなペースで飛ばされたら絶対すぐ一周遅れにされる!」
「青組の男の子すごいー! がんばれー!」
応援されてるな。テンションが少しだけ上がる。しかし、上がったテンションに水を刺すやつもちゃんといる。
「いやいやあんな着いてくのバカだろ。潰れるのがオチ」
「そーそー。燃えるだけ無駄だよあいつバカだな」
「カッコつけのためにそんな張り切んなよ〜!」
「「「あはははは!!!」」」
まぁ俺のサッカー部時代を知らない人からすれば、張り切りすぎて全力使って着いて行ってるアホに見えるだろうな。
でも今俺はなんの全力も出してない。それどころか、余裕で後方待機している。確かにペースは早いが、普通に着いていけるし息が乱れるに至らないくらいだから割と楽だ。
でも後方で1200mずっと待機は飽きそうだと思ってしまった。現に今900m通過時点でもう飽きた。
蓮の方を少しだけ見る。少し遠めだがしっかりと目線が合ったので、アイコンタクトしてみる。
《後方待機飽きた。抜かしたい》
そう目で訴えると、蓮は大きく両手で丸印を出してきた。
許可は降りたと判断し、少し外に膨らんで一気に抜いていくことにした。
「おっ!? 抜こうとしてきたな!」
「いやそういう熱血はいらん。もう飽きたから終わらすぞ」
そう言って一気に抜いていく。先頭までかなり団子だったので、すぐ先頭まで追いついた。
先頭にいたメガネのデータキャラみたいな見た目の奴が、横に並んできた俺を見て少し絶句した。
「な……このペースで捲るのか!?」
「だって飽きた……じゃあな。俺に追い付けるよう頑張れ」
そう言い残してまた少し加速して突き放してみる。馬身にして3馬身ほど差が開いてから後ろを見てみる。
俺が捲って一気にペースを壊したからか、後ろ四人はもうガタガタになっていた。
「おいおい……スタミナ切れが速く無いか?張り切りすぎだろ」
俺はまだスタミナ切れしないどころか息切れすらまだなんだが、どうやらあいつらはもう限界らしい。
1200m地点を過ぎて残り300m。もうセーフティリードだしこのまま緩めても勝てるのだが、どうやら最後方の人間を抜かすとボーナスで点が入るらしく、葛葉は多分それも欲しがるだろう。
全く、大盤振る舞いだな今日は。
「うわぁぁぁ! また速くなったぁ!?」
「なにあの青組のやつ! 怖!」
最後方は多分さっきまで先頭だったメガネ。俺にデータクラッシュされて一気に乱れたようだ。
残り300で相手がまだ1200通過前なら、本気で走ってギリギリ追いつくだろう。ここでこそ俺の瞬発力と持続力が生きるもんだ。
「はっ……はっ……よう、また会ったな」
「なっ!? こ、この僕が周回遅れ……!?」
「じゃな」
危ない危ない。抜かせて良かった。
そのままの勢いでゴールテープを1番手で切った。久しぶりに長距離走をしたが、やはり気持ちのいいものだと再認識できた。
滴る汗を拭いながら、残りの四人がゴールする瞬間を見届けるために少しだけストレッチをしながら、ゴールテープ付近で待ちぼうけていた。
この後、俺の学校生活が少し変な方向にシフトすることをこの時の俺はまだ知らない。