14 借り物競走のお題はロクなものが無いのは定説
体育祭当日。
俺みたいな日陰者はともかく、クラスカースト上位の奴らは、馬鹿騒ぎだ。優勝だのやる気だの、とにかく大盛り上がり。
そしてそんな奴らを尻目に、俺と蓮は隅でゆったり座り込んでいた。
「今年の体育祭、どの組が勝つか予想しよー」
「んー……そだな……」
即自分の組言わないあたり終わっている。そう思いながらも、改めて自分の組を俯瞰して見てみる。
まぁ俺と蓮のノリが少々悪いこと以外は、団結力もあっていいチームだ。
問題はこの中で一番運動できる蓮があまり乗り気じゃないことだが。
「お前運動できるんだから乗り気になれよ」
「それ言うなら悠真もじゃんか〜。悠真が乗り気なら僕だってそれなりにやる気出すよ」
「なんだそれ……キモ……」
「キモいは普通に傷つくからね? 僕別に無敵の人じゃないから」
そんな会話をしながら、始まった100m走を眺める。華奈が出るらしいのは知っている。ただ、他の奴は失礼ながら名前も知らない奴しかいない。
去年はそこそこ楽しかったはずの体育祭。むしろ、陸上部のゴリ押しでリレーに出れなくていじけてたくらい入れ込んでいたはずなのに、今年の熱の無さに自分でため息が出てくる。
「ふぅ……楽しくねえ」
「そんなこと言わないでよ〜。悠真の出る借り物競走は、ちょっと楽しいかもだよ?」
「………変な借り物のお題、あるんだろうな」
備品倉庫に閉じ込められた時と同じような嫌な予感が、背筋をスーッと通っていった。
体育祭の借り物競争で、変なお題が出るなんてベター中のベターだ。そんな展開起きてほしくないが、恐らく起きるんだろう。半ば諦めの境地にいる。
「あ、華奈だよ」
「ん……」
流石学年のマドンナ。全部の組の二年生から応援されてる。そんな華奈は、こっちを認識して「やっほ」とでも言っているかのように、手をヒラヒラと振ってきた。
咄嗟に顔を斜め下に伏せる。手を振りかえしてやれない自分の弱さにまた、心臓が痛くなってくる。
そんな俺を尻目に、横の蓮は普通に手を振り返している。
「……意気地なしだねぇ」
「うっせ。言ってろ」
反論の余地が無さ過ぎて、言い返す言葉にキレも何も無かった。
100m走はというと、普通に華奈が二位以下に大差で圧勝だった。バスケ部副キャプテンは伊達じゃ無い。
『借り物競走に出場する生徒は、入場門前に集まってください』
「招集か……」
鉛が付いてるように重い身体を無理やり動かして、入場門まで向かう。
別に身体を動かすことが嫌いなわけじゃ無い。むしろ好きな方だ。文系男子でインドア派の兄貴と違い、俺は元々アグレッシブな方。膝を怪我してからあんまり運動しなくなったというだけ。
去年はリレーのメンバー溢れでずっと萎えてたくらいだから、今ほどモチベーションが無かったわけじゃない。むしろ振り切れてた。
「はぁ……せめて早く借り物を見つけて、さっさとゴールして終わろう」
係員の指示に従い、グラウンドに入場する。
グラウンドに散らばっているお題の紙を拾い、その借り物を探す。
シンプルであ、この高校の名物種目でもある。理由はお題で偶にアニメの世界でしか見たことないようなお題が出てくるから。『好きな人』やら、『イケメンと思う人』やら。しかもそれを公表されるという地獄。
「はぁ……。まぁそうそうそんなお題、引かねえだろ」
『位置について、よーい……』
一拍置いて、空砲の音が鳴った。
緩く走り、折り畳まれたお題の紙を適当に一つ拾い上げて、中を確認する。
《世界一可愛いと思う人》
「はぁ?」
嫌な予感がドンピシャで当たってしまった。なんで俺がこのお題を引かされる運命を背負ってるんだ。
しかし、他の選手も割と変なお題を引いているのかキョロキョロと探していり、お題のものを持っていないか聞き出している。
(世界一可愛いと思う人。世界一……)
頭に浮かぶのは皮肉ながら華奈。
公表されるというのが足枷になっていて、動こうとする意思を削いでくる。
しかし、もう思い浮かんでしまったものは仕方ない。友達と話していた華奈のところへ一直線で向かう。
走ってきた俺に対して、不思議そうな顔を浮かべる華奈と、不審がるその友達。
「ん? どしたの悠真?」
「お題、華奈だから。来い」
「え? 私? お題なーに?」
「言ってる暇無い。つか公表されちまうから今言う必要ねえだろ。取り敢えず来い」
周りを見ると、もうお題のものを見つけた感じのやつが少しいた。正直ダルいのはダルい。ただ負けるのは嫌だ。だから少し強引だが、華奈の手を取って少し早めの速度で走り出した。
掴んだ瞬間、びっくりした感じで華奈の体が跳ねたが、気にしてたら負けるので、今は無視した。
「は!? なんだあいつ!」
「白石さんの手掴むな馬鹿野郎!」
「セコいぞ!!!」
外野の関係ない男共に言われたい放題だが、気にせず走る。幸い一位を取れそうだ。
一緒に走っている華奈の手が、少し手汗で濡れていることも気にしない。握り返してきてるのも、気にしないふりをする。
そして、しっかりゴールラインを一番手で通過した。手を離して、一言謝罪しようと華奈の方を向くと、少しだけ頬が紅潮していた。
「あー……すまん」
「ううん……いいよ全然……」
『友人』と言う関係では絶対流れないような、微妙な雰囲気と少し歪な感覚。
「えと……お題は?」
「……ん」
華奈にだけ見えるようにお題が書いてある紙を見せる。『世界一可愛いと思う人』というお題。その文を見た瞬間、華奈の表情が一気に紅潮していく。
その顔を見た瞬間、俺も何だか居た堪れなくなって、顔を逸らした。そんな俺たち二人を気にする様子もなく、実行委員が寄ってきた。
「さぁお題は一体!?」
「……なぁ」
「はい?」
少し不思議そうに首を傾げる実行委員を気にもせず、俺は言葉を続ける。
「お題開示、拒否で」
「え!? い、いやでも……」
「頼む」
「わ、私からもお願いします」
「ま、まぁ……白石さんが言うなら」
華奈パワーで何とか、何とか納得してもらえた。公表されると言うのが醍醐味でもあるので、外野の人間からすれば楽しみ半減だろうが、このお題だけは二人だけで共有していたかった。
しかしその余韻に浸る前に次の難題が襲いかかる。
「おーい天崎くんや」
「なんだ葛葉。嫌な予感しかしないが」
「あのね、1500m走出る筈だった奴が前の100mで思い切り足グネってさ。他の男共に聞いても出たがらないから出て」
「……一応聞くが補欠は?」
「補欠の子は今日熱出したからいないね」
この体育祭は終わっている。悪い予感がまた当たってしまい、苦難のおかわりが目の前にお出しされた。