第5話 質疑
ひとしきり考えて、輝斗は口を開いた。命をかけた口上をしなければならない。
「お咲さん、オレはさっきあなたが裏通りから表通りに出るのを見ています。どうして、またこっちに引き返してきたんですか?」
「ああ、簪をなくしてしまいまして、探しに戻ってきました」
「ここに来たってことは、心当たりがあったんですね?」
「そうです。そこの人と話をしていましたから」
彼女が横目で死体を一瞥する。
「――お咲さんが被害者と話していた?」
新たな事実が出てきた。
「おいおい、お咲ちゃんが仏さんと顔見知りだったなんて聞いていねえぜ」
藤次も驚いたようだ。
「別に隠すつもりはありませんでしたが、今まで話す暇がなかったので」
「尋ねなかった俺も悪いが、お咲ちゃんから話して欲しかったぜ。で、この仏さんは誰でい?」
「上野新黒門町(東京都台東区)の左官、銀三さんです。歳は私より二つ上の十九歳だったはず」
(お咲さんってオレより四つも下だったのか……。うちの妹と同い年には全然見えないぞ)
もっと年齢が近いと思っていたのだ。彼女の容貌が大人びているということなのだろう。
輝斗が驚いている間も、藤次とお咲の話は続く。
「左官にしちゃあ、上等なもんを着ているじゃねえか」
「損料貸し(レンタル屋)から借りたか、小博打に勝ったのではないでしょうか」
「銀三と何を話していたんでい?」
「この人が口説いてきましたが、断りました。博打打ちも気障な男も嫌いなので」
「手厳しいねえ。で、簪は見つかったかい?」
「ええ、やはりこの井戸端に落ちていました」
お咲が懐から金属製の簪を取り出した。
「簪を落とすようなことが何かあったのかい」
「はい。私が断ったら銀三さんが怒って掴みかかってきまして」
「振られたんだから引き下がればいいのに、みっともねえ。お咲ちゃんは平気だったのか?」
「玉茎を蹴り上げたら、手を離してくれました」
彼女が目を虚空にそらしながら、すごいことを告白した。
(かなり強気な性格なんだ……)
話を聞いているだけなのに、自分の急所部分が痛くなったように錯覚してしまう。
「そこを蹴られたとなりゃあ、手を離すだろうな。自業自得だ。で、それからどうした?」
「銀三さんがうずくまって苦しんでいましたけど、私は無視をして出て行きました。路地木戸のあたりでこの輝斗さんと会いましたね。その後、家に戻る途中で簪がないことに気付いて戻りました。落としたのなら喧嘩をした井戸端かなと」
(男を蹴り倒した直後にオレと会ったということか。確かに尋常ではない様子だった。あの時、彼女の頭に簪は本当に付いてなかったっけ?)
残念ながらそこまで覚えていない。
(嘘を付いているようには見えないけど、はたしてどうなんだろ?)
簪を拾いに戻ったという話は筋が通っている。しかし、殺人犯が犯行現場に戻ったという見方もできる。
そう、殺人だ。男ともみ合った際に、彼女が刃物で刺した可能性もあり得る。
考えても真偽は不明なので、別の切り口から進めることにした。
「親分さん、オレが銀三さんを殺す理由なんてないはずですが?」
「金狙いだったんじゃねえか? 無宿人がやらかすことは多いわけだし。徳兵衛、仏さんは財布を持っていたか?」
「いいえ。仏さんもそいつも持っていませんでしたね。どこへ行ったのやら」
問われた徳兵衛が頭を振る。
「輝斗、どこへ隠した?」
「隠したも何も、オレは殴られて倒れたから、そんな暇はなかったはずなんですが? ――ところで与介さん、オレってどんな風に倒れていました?」
輝斗は灰買に尋ねてみた。
「死体の上に覆い被さっていたぞ。わっしだけじゃなく、お咲ちゃんも徳さんも見ている」
「まあ、そうなりますよね」
輝斗は銀三を抱き起こそうとしたところを後ろから殴られた。前方に倒れ込んで、死体の上に乗っかったのだろう。
「与介さん、死体はうつ伏せに倒れていましたよね? 俺はそう覚えています」
「ああそうだ。徳さんが動かしたから、今は仰向けだがな」
続いて、輝斗は徳兵衛に質問をすることにした。
「徳兵衛さん、匕首ってどこに落ちていました?」
「仏さんのすぐそばだ」
「そうですか。死体の胸に刺さったままじゃなくて、地面に落ちていたんですね?」
「この目で見たんだ。相違ない」
「胸元から刃物を抜いたら、普通は血がたくさん噴き出しますよね? 刺さっているうちは匕首が栓になっているからあまり出ないでしょうが」
「当たり前だ。見ての通り、土の上に広がっているだろ。ワシが来た時からそうなっていた。お咲が来た時はどうだった?」
徳兵衛が娘に尋ねる。
「私が見た時も血が広がっていたよ。与介さんと一緒に見たのだから確かな話」
「うむ、わっしも地面に血が飛び散っているのを見た」
お咲も与介も同意した。
これを聞いて、輝斗の口元が少し緩んだ。
「仮にオレが銀三さんを刺して、その後に匕首を抜いたとしたら、血が噴き出して着ている服にかかりますよね? でも、見ての通り全く付いていないんですけど?」
「言われてみれば、お前さんの体はキレイなもんだな。たまたま血が付かなかっただけかもしれねえが」
藤次が顎を撫でながら考え込む。
「そうですね。たまたまですね」
輝斗も同意しておく。実際、血が付いていないのは偶然の産物だ。
しかし、この血だまりのおかげで犯人の目星がついた。