第11話 扉破壊
母屋から出て、庭を横切ってすぐの所に文湧堂の蔵があった。
「錠が外れています!」
正助が叫び、すぐに観音開きの扉を引き開けた。
その奥に木製の引き戸が閉まっている。
正助が力一杯内扉を横に動かそうとするが、大きな音が鳴るだけで動く様子はない。鍵がかかっているようだ。
「お前さん! そこにいるのなら、お願いだから出てきてちょうだい!」
お朝が大声で呼びかけても、中からは全く音が聞こえてこない。
「お内儀、戸を破っても構わねえか? ――そうかい。じゃあ正助さん、何か道具を持ってきてくれ」
藤次に言われて、番頭と新平は駆け足で母屋へ戻っていった。
「輝斗、正助さんたちが戻ってくるまで、力づくでやってみるぞ。大の男が二人で取りかかれば、何とか扉を破れるかもしれねえ」
「分かりました」
輝斗と藤次が試してみるが、全く開く様子はない。
(推理物だと体当たりで扉を破壊することがあるけど、こいつは無理だよなあ)
大切な物を保管する建物の扉なだけあって、非常に堅牢な造りだ。体当たりなんかしたら、人間が怪我を負ってしまうだけの結果になりそうである。
「親分、お待たせしました! これで扉を破りましょう!」
蔵の前に戻ってきた正助が叫ぶ。
店の男衆四人がかりで持ってきたのは、ひと抱えもある丸太だった。
「近所で家を建てているので、そこからお借りしてきました」
(丸太を使って扉を破るって、戦国時代の城攻めかよ)
輝斗は心の中でツッコミを入れてしまう。まさか丸太を持ってくるとは想定外である。
しかし、有効な道具であろう。
「正助さん、いい物を持ってきてくれた。輝斗、オレたちも手伝うぞ」
「親分たちも手伝って下さるなら心強い。扉に筋金は入っていないので、きっと破れるはず」
店の男衆と輝斗と藤次の合計六名で、丸太を構えた。
「いくぞー! 息を合わせろー!」
「そりゃあ!」
さしもの頑丈な扉も、丸太での打撃には耐えられなかったようである。数回ほど殴られたことで、鈍い音を立てて倒れた。
「おいおい、嘘だろ……?」
先頭で丸太を担いでいた藤次が絶句する。
「親分、どうされました?」
「輝斗からの問いは後回しにして、まずは丸太を置こう。ゆっくりおろせ。足の上なんかに落とさねえようにな」
皆が地面に丸太を置いたのを見て、藤次が切迫した顔のままで告げる。
「蔵の中に誰も入るんじゃねえぞ。善左衛門さんかどうかは分からねえが、嫌な物が見えた。ちょっと待っていてくれ、お内儀」
「何でしょう、嫌な物って?」
「勘違いであることを祈るが……。まずは俺と輝斗の二人で入る」
呼ばれた輝斗の肩が少し震えた。藤次の口調から、尋常な事態ではないと察せられる。
大きく深呼吸してから藤次の後ろから付いていく。そして、蔵の中に踏み込んだ。
暗い。扉から入ってくる光しかないので、建物の奥はほとんど見えない。
(これは血の臭い?)
埃・紙・墨・木。これらの臭いに混じって、血らしきものを感じる。
「……誰かが倒れているが、慌てて駆け寄るなよ。転ぶぞ」
藤次がそう言ったので目をこらすと、床に何か大きい物が横たわっているのが見えた。だが、輝斗の目ではそれが人なのかどうなのかは判別できない。
その横たわっている物の前まで藤次は進み、屈んで手を伸ばす。
「ダメだ。死んでからかなり経っているな。輝斗は外から店の誰かを連れてこい。顔を見てもらう」
「はい」
申しつけられた通り、彼は外へ出て岡っ引きの言葉を伝える。
「――ならば、手前が参りましょう」
蒼白な顔で正助が頷いた。
番頭を伴って引き返すと、蔵の中がだいぶ明るくなっている。藤次が窓を開けたようだ。
おかげで、やっと輝斗の目でも遺体をはっきりと見ることができた。
蔵の広さは十二畳か十三畳程度。奥の壁側の床に羽織姿の男がうつ伏せで倒れている。江戸時代基準ではかなり背が高く、太り気味の体格だ。相当な大男である。
「間違いありません。うちの旦那です。どうしてこんなことに……」
遺体の顔を検めた正助が沈痛な声で断言し、そして泣き崩れてしまった。