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第1話 探偵事務所でのアルバイト

「おーい風間かざまくん、集中しているか?」


 中年男性が、隣でスマートフォンをいじっている青年に声をかけた。


「――はい大丈夫です! 集中していますよ。心配無用です、所長」


 声をかけられた青年、風間輝斗てるとが早口気味に返事をした。実のところは、端末の画面に注意を向けすぎていたのだ。神経質そうな顔に冷や汗がにじむ。


「それなら構わない。引き続き頼むよ」


 所長と呼ばれた中年男性は一つ頷いて、視線を輝斗から外した。彼は探偵事務所の所長だ。


 輝斗は大学生。夏休みを利用して探偵事務所でのアルバイトに応募して、今日が初仕事である。


 仕事の内容は浮気調査。妻が浮気しているのではないかと疑っている依頼人のために、証拠を掴むのが本日の目的だ。


 事務所のチームで尾行した結果、その妻は一人の男性と落ち合って、ビジネスホテルの中に消えていった。ホテル内に入る姿を写真に収めることに成功したので、あとは出てくる姿を写すだけである。


 男女二人でホテルに入ったのだから浮気でほぼ間違いないのだが、何時間後に出てきたのかというのも重要な証拠になる。


 というわけで、ホテルの全ての出入り口を事務所のメンバーたちが分担して見張っている最中なのだ。輝斗は所長と組んで正面玄関を見張っている。都合良く玄関を見張れる公園があったので、そこのベンチで待機しているところだ。


(辛い……)


 真夏の炎天下なので座っているだけでも体力や精神力が奪われてしまう。スマートフォンを触って暇つぶしをしながら我慢しているが、視界の片隅にホテルの正面玄関を常に入れておかないといけないので、なかなか難しい。


 端末をいじるのを諦めて、輝斗は所長に話しかけた。


「それにしても、ビジネスホテルって休憩にも利用できるんですね」


「デイユースってプランは、ビジホだけじゃなくてシティホテルなんかにも設定されているよ。割安だからデートするときに役立つかもね」


「現在彼女募集中の身ですが、覚えておきます」


 輝斗が眼鏡をかけ直しながら笑う。


 その時だ。一組のカップルがホテルの玄関から出てきた。


「――ターゲットだ。風間くん、玄関を見ないようにして」


 所長が素早く囁いてきたので、輝斗は背伸びをする振りをして、視線を空に向けた。強い日差しが容赦なく地上を照らしている。


「よし、ちゃんと撮影できた。堂々と表玄関から出てきたということは、奴さんたちは全く警戒していなかったみたいだね」


「お見事です、所長。これで依頼を果たせたってことですよね?」


「その通り。今日はお疲れ様。このまま解散だから、直帰しても構わないよ。また明後日も浮気調査があるからよろしく」


「明後日はもう少し対策しておきます。特に暇つぶしと日焼け」


 夏の屋外で長時間過ごすのに、Tシャツと短パンという服装は大失敗だった。既に腕や太ももが日焼けでヒリヒリと痛み始めている。


「探偵事務所の仕事って浮気調査ばかりなんですか?」


「うちではこれが多いかな。探偵事務所によって変わってくるとは思うけど」


「そうですか……」


 推理小説が好きなので探偵の仕事に興味があってアルバイトに応募したわけだが、輝斗だって大学生なのだから探偵が難事件を華麗に解決するなんて現実ではあり得ないとさすがに理解している。


 それでも多少の憧れはあった。浮気調査ばかりとなると幻滅せざるを得ない。


 そんな彼の気持ちを読み取ったのか、所長が話を続ける。


「探偵ってのは人が隠していることを暴くことがあるから、決して褒められた仕事じゃない。だけど、こんな仕事でも必要とされているから、こうやって依頼が舞い込んでくるわけなんだ」


「――含蓄がある言葉ですね。深いです」


「それじゃあ、また明後日」


 所長が手を振って背を向けた。


 輝斗もベンチから立ち上がり、帰路につくことにした。


(ヤバい。スマホのバッテリーがほとんど残っていないじゃん)


 見張りをしながら使いすぎていたのだ。今日は現金を一切持ち歩いていない。スマートフォンの電池が切れてしまったら、電車に乗ることすらできなくなってしまうかもしれない。


(モバイルバッテリーをレンタルしよう。駅前のコンビニに置いてあったはず)


 そう考えながら、最寄りの秋葉原駅に向かった。


挿絵(By みてみん)


 歩き始めて数分後、目的のコンビニエンスストアが見えてきた。


「あれ? 来るときにあんなのあったっけ?」


 雑居ビルの一階がコンビニエンスストアになっているのは記憶通り。しかし、その隣に古めかしい小さな社がぽつんとあることは、全く覚えていない。


(お稲荷さん?)


 のぼりに書いてある文字を見て、輝斗はこう判断した。


 お参りする気なんて一切持っていないのだが、妙に気になったので近づいていく。


 鳥居をくぐったその瞬間、彼は軽い目まいを覚えた。


(熱中症になっちゃったか?)


 倒れそうになったが、なんとか踏ん張り、目をつむって体調が戻るのを待つ。


 すぐに目まいがおさまってくれたので、輝斗はゆっくりと目を開く。


「……え? どういうこと?」


 彼のありふれた日常は、いつの間にか完全に消え去ってしまっていた。

今作は曲がりなりにも推理物なので、感想等でのネタバレはご遠慮くださいますようお願い申し上げます。

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