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第八十六話 がるる!(1)

 丘のたもとで煌めきが躍る。背の低い草の上できらきらと白い光がまたたいているのは、レオの作った鉄の武器、その磨かれた刃だ。


 出待ちPKの守る「物見塔(ものみとう)」を攻め落とすべく、行進するプレイヤー連合。彼らによって並べられた白刃は、携えた主の歩調に合わせてそれぞれに角度を変え、重く立ち込めた灰色の空の間から差し込む陽光を返しリズミカルに輝いていた。


「PK共! さっきの借りを返しに来たぜ!」


 リーダー格の剣士が声を張り上げ、剣を掲げる。

 それに鼓舞されてプレイヤーたちの足並みが早まった。


 レオは彼らの後に続き、攻撃を支援する。

 ここに来てようやく、一行は手になじんだ武器を手にすることが叶った。


 シルメリアはレイピア。ハナは盾と(スピア)。そして霜華は鉄の小手。

 レオと結衣もそれぞれハンマーと裁縫道具を手に入れ、支援体制はバッチリだ。


 小剣を肩に担いだシルメリアは、長い銀髪を広げ悠然と進んでいた。白い細身の剣身がスリムな黒色の甲冑に映え、とても絵になる。


 シルメリアは抜き身の剣身のような緊張感をまとっている。

 が、一方のハナは真逆の雰囲気だった。


 彼女はふんわりとした金髪を揺らし、重厚な装備の重さを感じさせない軽やかなスキップで丘を進んでいる。これから戦いに行くというよりも、まるで近所を散歩しているような足取りだった。


「もし、戦いの最中に武具が壊れるようなことがあれば、俺と結衣さんが修繕します。違和感があったら言ってくださいね」


 レオが前方のプレイヤー連合に向かって呼びかける。すると、背中を向ける彼らは「おう!」という、威勢のよい返事を返してきた。


 笑顔を返したレオは、ふとその視線を空に投げた。


(たぶんだけど、ノーマンズランドの戦闘は、本家ハトフロよりも生産職の存在感が大きくなるよう設定されてるな。)


 レオが薄々感づいていたが、それは正しかった。資源の限られているノーマンズランドでは、ハトフロ本編よりも生産職の重要性が大きい。


 ハトフロはアイテムにあふれているが、開闢(かいびゃく)したばかりのノーマンズランドはそうではない。


 ハート・オブ・フロンティア――通称ハトフロの本編は、アイテムが溢れ、装備や素材がそこかしこに散らばる豊かな世界だ。プレイヤーは戦場で剣を振るい、モンスターを倒せばマジックアイテムが手に入り、市場にはありとあらゆる装備が並ぶ。


 しかし、ノーマンズランドは違う。この新天地独自のルールでは、アイテムの大半はプレイヤー自らが生産しなくてはならない。


 そして、ノーマンズランドの戦場では、生産職の存在感が本編とは比べ物にならないほど大きい。ハトフロ本編では戦士や魔法使いが主役だが、ここでは建築や修繕、資源管理といった生産系のスキルが戦況を大きく左右する。


 床単位、壁単位で地形を改良できるシステムのおかげで、非戦闘員でも矢を防ぐ防壁を築いたり、戦略的な援護を行うことが可能だ。単に武器を手に敵を倒すだけでなく、環境そのものを味方につける戦い方が、ノーマンズランドの真骨頂だった。


「今回ばかりはいつもと違って、俺もやることが多そうだな」


 レオは小さく呟き、口元に笑みを浮かべた。確かに状況は厳しい。だが、生産職として戦場で輝けるこの環境は、彼にとって少しばかり楽しみでもあった。前を歩くプレイヤーたちが持つ武器が、陽光を浴びてキラリと光る。それを見ると、ハンマーを握る手に自然と力がこもった。


 そのとき、丘の向こうにそびえる「物見塔」が一行の視界に飛び込んできた。灰色の空の下、丘に立つ石造りの塔は巨人のようにそびえ立ち、威圧感を放っている。


 塔の頂上には、赤と黒のフェイスペイントを顔を塗りたくった出待ちPK、マークが立っていた。堂々たるその姿は、まるで戦場の王を気取るかのようだ。


 鋭い眼光でこちらを見下ろすPKの手には、奇妙な形をした長剣が握られている。それはヘビのように左右にうねる黒色の剣身を持ち、禍々しい光を放っていた。


「あいつ……、何か変な武器持ってますね。ユニークアイテムかな?」


「っぽいね。何してくるかわからない。慎重に突撃するかね」


「慎重に突撃って、なんか矛盾してないですか?」


 物見塔の足元では、手下たちが慌ただしく動き回っている。塔の敷地内、壁の縁にずらりと並べられたのは、油の詰まった素焼きの壷だ。


 並べられた壷の表面には黒色をした油の雫が滴り、壷に膜をつくって不気味に光っていた。てらてらと光る油は地面にまでひろがっている。


 手下の一人が火の灯った松明を壁に掛けている。いつでも油に火をかけれるように、火種を準備しているのだろう。


 塔を守るPK側は、罠を準備し、しっかりと防衛の準備を整えている。

 やはり、一筋縄ではいかない様子だ。


「ふん、しっかりと準備してるじゃねえか、あの野郎」


 リーダー格の剣士が吐き捨てるように言うと、シルメリアが冷ややかに笑った。


「火計、ね。さっきみたいに油をまいて焼き払うつもりかしら。

 まぁ、悪くない作戦だけど……」


「同じことをするなら、対策するまでです」


「お前ら、何かプランがあるのか?」


「あぁ、俺にちょっとした考えがある。みんな、聞いてくれ!!」


 塔から放たれる矢の射程外に陣取った一行は、これからどう動くのか、作戦会議を始めることにした。目下の問題は、火計への対策だ。


「連中は塔に立てこもってクロスボウで射撃し、接近されたら火を放って撃退する。これがPK連中の基本的な戦術だ。ここまではいいな?」


 レオの作った鉄の武器を持ったプレイヤーたちが頷く。

 すると、霜華がレオの横に歩み出た。


「レオ先生、PKの戦術について、より詳細な解説をしてもよろしいですか?」


「うん。任せる」


「PKの戦術は、数の不利を補うのを目的にした、ひとつの戦術的アプローチです。クロスボウは近づかれるまで弓を持っていない多数の敵を相手にできますが、白兵戦に持ち込まれると弱い。攻撃側の最適な対応は数に任せた突撃となります。この突撃に対するカウンターが『火計』なのです」


「わーっとやってきても、火にまいちまえば関係ないってことだよな?」


「はい、レオ先生のおっしゃるとおりです。そして、火計は万能ではなく、いくつかの弱点があります。油という資源を必要とすること。扱うのに火が必要なこと。炎は敵味方の区別なくダメージを与えてしまうこと。つまり――」


「火は使い手のいうことをきかない。つまり乱戦になると火は使えない、かね?」


「はい、シルメリアさん。この点が彼らの戦術のアキレス腱です。」


「っていわれても……よくわからんぞ?」


 リーダー格の剣士は霜華の突然の講義に困惑した様子だ。だが、すっかり慣れてしまったレオは、彼女が言わんとすることを完全に理解していた。


「ようするに、火はコントロールできないってことだな。それに、壁で道を塞いだり、高台をつくることで火による攻撃は回避できる、ってところも弱点だな」


「はい、その通りです。具体的には、クロスボウの太矢を防ぐ木の壁を作りながら塔に近づきます。塔に取り付いたら、塔だ持つ高い壁、それ自体を遮蔽として利用して、階段を作って侵入を試みます」


「なるほど。武器を持っていないプレイヤー、つまり俺たちがこの作業を担当すれば無駄がないな。」


「常に高所を取ることを意識してください。高所からの攻撃では思うように火が使えず、PKは苦戦するはずです」


「よし、作戦はこうだ。俺たち生産職が壁を築いて進む。クロスボウの射線を塞ぎながら、塔の壁際まで一気に詰める。そのあとは壁に階段を作るから、常に高い場所をとりながらPKを排除してくれ」


 レオの力強い声に、プレイヤー連合が「おう!」と一斉に応える。

 剣士のリーダーがニヤリとレオに笑いかけた。


「お前ら頭いいなぁ……。いつもこんなことしてんのか?」


「いつもってわけじゃないけど……大体やってるかもね」


「すげぇな。助けてくれてありがとな」


「礼は全部終わった時に取っとけよ。んじゃ、始めようぜ」


「あぁ!」


 一行は素早く動き出した。レオと結衣を中心に、武器が行き渡らなかったプレイヤーが木材や石材を取り出し、ノーマンズランドの地形改変システムをフル活用する。地面に木の杭を打ち込み、板を組み合わせ、瞬く間に簡易的な木の壁が形成されていく。壁は矢を防ぐ盾となり、かつ進軍の足場ともなる。


 ハナが盾で太矢を受け、霜華が鉄の小手で矢を弾く。二人がカバーしている間にレオと結衣が壁を作り、一行は前進する。


「レオ先生、塔に近づくに連れ、敵の射角が厳しくなります。常に塔から見えない位置を確保してください」


「あぁ、わかってるよ」


 プレイヤー連合は、木の壁を盾にじりじりと塔に接近していく。塔の頂上から放たれるクロスボウの太矢が、ガンガンと壁に突き刺さるが、頑丈な木の壁はびくともしない。壁の陰で身を低くしながら進む一行は、塔の壁際まであとわずかという距離まで迫っていた。


「乗り込むぞ!」


 レオは石の壁に階段の設計図を置き、木板を積み上げていく。

 材料が揃うと、ポンっと階段が実体化した。


「よし、いけいけ!!」


 階段が完成すると、武器を構えたプレイヤー連合が壁の上に乗り込んでいった。

 乱戦に持ち込めば、プレイヤー連合はPKに味方ごと火を放つか、数的不利を承知で白兵戦に応じるかという、不自由な選択を()いることができる。


 どちらを選択するにせよ、戦いの大勢はプレイヤー連合に傾いている。


 だが、塔の上でマークが不敵な笑みを浮かべていた。彼の赤と黒のフェイスペイントが、灰色の空の下で一層不気味に映る。手下たちが油壷の前で右往左往するなか、マークはゆっくりと奇妙な長剣を掲げた。剣身がうねるように揺れ、禍々しく(くら)い紫色の光がいっそう強い輝きを放つ。


「ハハ、火計だけが俺の切り札じゃない。見くびるなよ……!!」


 マークが剣を振り下ろすと同時に、塔の基部から重々しい軋みが響いた。地面が震え、塔の奥に隠された鉄の扉がガシャンと開く。

 

 獣じみた咆哮とともに、深い闇の中から何かが飛び出してくる。その姿は、まさに死の化身だった。狼を思わせる腐りかけた巨体は毛皮がまばらに生え、骨が露出した顔には赤く光る目がぎらつき、口からは毒々しい緑の瘴気が漏れ出ている。


「なんだありゃ?!」


 壁の上に立った剣士が驚愕の声を上げる。階段を登りきったレオも異形の姿に目をまるくしていた。


 不死の狼が地面を蹴るたび、土が腐臭を放ちながら溶けるように崩れていく。

 想像もしてなかった〝切り札〟の登場に、プレイヤー連合に動揺が走った。


「な、なんだあれ?! あんなモンスター始めて見るぞ!?」


 刹那、声を上げたプレイヤーが薙ぎ払われた。不死獣が跳躍し、壁の上に牙を届かせたのだ。余波で石壁がきしみ、木材が砕ける音が響く。鮮血が灰色の壁を汚し、レオの作った武器がカラカラと地面を転がり、音を立てた。


「くそっ、あの剣、あれで操ってるのか!?」


 頭をさげていたことで難を逃れたレオが叫ぶ。

 マークは塔の上から不死獣の猛攻を満足気に眺め、哄笑を上げていた。


「ハーッハッハ! どうだ、俺のペットは!!

 そいつの腹に入っちまえば、アンデッド化も何もねぇ~だろぉ?」


「クソッ!」


「っと、これはちょっと不味いかもね……!」


 クリプトホラーの咆哮が戦場を震わせ、腐臭を帯びた風がプレイヤー連合を飲み込んだ。怪物の膂力(りょりょく)は圧倒的で、巨体が一閃するたび、石の壁ごと人が砕かれる。


「終わりだ! こいつの牙にかかりゃぁ、お前らなんか目じゃねぇや!」


 マークは(ねじ)れた剣を振り回し、不死獣に獲物を指し示す。


 プレイヤー連合の陣形が乱れ、悲鳴と怒号が響き合う。レオはハンマーを握りしめ、仲間たちの背を守るが、獣の素早い動きを目で追うのがやっとだった。


「クッ、どうすれば……」


 なにか使えないものがないか、壁の上から塔の中に視線を送るレオ。

 その時、あるものが彼の目に入った。――油壷だ。


「そうか、アンデッドなら火には弱いはず。でも、どうやってあの動きを止める?」


 腐敗した肉体を持つ魔獣は、明らかにアンデッドだ。確実に火に弱い。


 だが、いくらアンデッドとはいえ、火を焚いたから勝手に火に入ってくれるものではない。なにしろあの不死獣はマークのコントロール下にあるのだから。


 どうにかして動きを止めるかしなくてはならない。

 さもなくば……全滅だ。




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