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第八十五話 トンテンカン

 ノーマンズランドの濁った空に、鉄を叩く澄んだ音色が響き渡る。


 鈍い灰色の雲が低く垂れ込めるキャンプの片隅で、レオは真新しい金床の前に立ち、ハンマーで鉄のインゴットを力強く打ち付けていた。


 赤熱した鉄の板にハンマーが打ち下ろされると、火花があがり、まんじゅうの薄皮のようなスラグが表面から剥がれ落ちる。


 火花に照らされる彼の顔には、鋭い集中力が宿っている。戦場の喧騒も、プレイヤー連合のざわめきも、まるで彼の耳には届いていないかのようだ。


 熱を帯び、赫々(かくかく)たる輝きを放つ鉄塊は、徐々にその形を鋭い切っ先に変じていく。レオが振るうハンマーの一撃は一切の無駄がなく、正確無比だ。ほとんど手直しをいれることもなく、一発で形をとっていく。


「炉を吹いてくれ」


「はい、レオ先生!」


 レオの短い指示に、助手を務める霜華が機敏に対応する。彼女は2枚の木板の間に蛇腹(じゃばら)状の皮革(ひかく)を張った道具を取り出した。


 これは「ふいご」という道具だ。片方の木板を動かすと、蛇腹の中に入った空気が押し出される。炉に酸素いっぱいの新鮮な空気を送って、火勢を増すためのものだ。


 レオが作ったレンガの炉は円筒状をしていて、下側に穴が空いている。本来は炉に溜まった灰をかき出すための穴だが、霜華はそこにふいごの口を差し、木板に足をかけて思いっきり踏み込んだ。木板がきしみ、苦しげな音を立てて蛇腹が畳まれる。


< ゴゥ!!! >


 風を受け、炉の炎が立ち上がった。その高さといったら、金床の前に腰掛けるレオの頭の上を飛び越えんばかりだ。


 当然、炎が放つ熱もすさまじいが、レオはひるまない。きらめく炎のなかに、端から灰色になり始めた鉄を差し込むと、鈍くなった輝きが戻ってきた。


 新しく息吹を吹き込まれた鉄は燃え踊り、金床の上で歌うような音を立てる。


 炉の熱を浴びたばかりの鉄にとって金床は冷たい。温度の差が金属の収縮を生み、それが甲高い音になっているのだ。


< トンテンカン! >


 レオが再びハンマーを鉄に打ち下ろすと、まるで最初からそういう形であったかのようにインゴットの姿が剣のそれへと整っていく。


「よし、できたぞ」


 レオが金床の上から完成したばかりの鉄の剣を持ち上げる。刃は鋭く、表面にはノーマンズランドの粗野な世界に似つかわしくない、滑らかな光沢が宿っていた。


 PKの拠点から持ち帰った鉄のツール、そしてインゴットを使って、彼は新たな武器の製作に没頭していた。


 PKの拠点から持ち帰った武器だけでは、プレイヤー全員に配るには足りなかった。それを補うため、レオは武器を作る必要があった。しかし、ただ作るだけではない。限られた鉄のインゴットから最大限の成果を引き出す必要があったのだ。


「お美事(みごと)です。レオ先生」


「さっすが~!」


「本職なだけあるね。ノーマンズランドでも頼もしい限りだ」


 結衣が焚き火のそばから感嘆の声を上げ、隣に立つシルメリアも軽く頷いた。だが、レオは彼女たちの声にも反応せず、ただ鉄を見つめ続ける。


 金床の上で熱された鉄がわずかに歪むのを見逃さず、微妙な角度でハンマーを振り下ろす。その動きは、まるで鉄と対話しているかのようだった。


「ふー。」


 レオが小さく息を吐き、ハンマーの動きを止める。彼の目は、鉄の表面に浮かぶ微細なヒビや色合いの変化を捉えていた。


 ノーマンズランドのクラフトシステムは、色々ハトフロ本編と異なっている。そのなかでも鍛冶の変更は極端で、単なるミニゲームに収まらなくなっていた。


 ハトフロ本編では、画面に表示されるゲージをタイミングよく止めることで作業が進む。基本的に武具の品質は設計と素材に依存する、〝ゲーム的な仕様〟だった。


 しかしノーマンズランドでは、鍛冶屋の技量がより強烈に反映されるように調整されていた。素材となる鉄の状態だけでなく、それを叩くタイミング、熱、力加減まで性能に影響される〝現実的な仕様〟になっていたのだ。


 とはいえ、あくまでもリアル志向に収まる範囲のものだ。

 挑戦的ではあるが、煩雑ではない。


 剣一本作るのにかかる時間はリアルのそれと比べて圧倒的に短いし、(つか)(さや)といった付属品に必要な素材は省略されていた。


「このインゴット、純度が少し低いな。PK連中の仕事は雑だなぁ……」


 レオは鉄のインゴットが持つバランスを、VRデバイスを通して目と手で感じ取り、完璧に理解していた。そのため、素材の善し悪しもすぐわかった。


 PKが作ったらしきインゴットは不純物が多く、さらに不均一で割れやすい。

 粗悪品まではいかないが、普通より下の低級品といったところだろう。


 レオがつぶやきながら、鉄を再び加熱するために炉に放り込む。炎が鉄を包み込む中、レオは膝に置いた古ぼけた本――『鍛冶の試練』を一瞥し、ページをめくった。


 羊皮紙の上にインクで文字が書かれた(なぜ古代帝国に日本語で書かれた本があるのか、それは考えてはいけない)いかにも中世っぽいこの本は、プレイヤー連合の一人が鉄のツルハシのお礼としてレオに譲ってくれたものだ。


 基本的なクラフトはサバイバルブックで可能だが、武器や道具をより良く製作するには、こうしたゲーム内で手に入る「リアル書籍」の知識が不可欠だった。


 『鍛冶の試練』には、鉄の特性や鍛造のコツが細かく記されていた。たとえば、炎の色による炉の温度の見分け方から始まり、焼入れ、焼き戻し、といった工程における冷却時のタイミングとその効果について書かれている。


 とくに焼入れと焼戻しは、その巧拙(こうせつ)で武器の性能が大きく変わる。ハトフロ本編のゲーム的なクラフトとは異なり、ノーマンズランドの鍛冶は、現実の鍛冶に近い複雑な仕様が採用されている。素材の純度、叩くリズム、熱の管理――すべてが武器の性能に影響する。


 普通なら投げ出し、サバイバルブックに基づいた製作に留まるところだろう。しかし、職人気質を持ちえているレオにとってはこの面倒はむしろ、彼の「やり甲斐」を刺激、より鍛冶に情熱を燃やさせる結果となった。


「インゴットの純度が低い分、叩く回数を増やして整えないとダメだな」


 レオはつぶやきながら、炉から取り出した赤熱した鉄を金床に置いた。『鍛冶の試練』に記された一文を思い出す――「鉄は叩くほどに強くなるが、過度な力はひびを生む」。


 彼はハンマーを握る手に力を込めつつ、微妙な力加減で叩き始めた。


< トンテンカン! トンテンカン! >


 ハンマーの音がキャンプに響き、鉄の表面から剥がれ落ちるスラグが火花とともに舞う。レオの目は、鉄の色が赤からオレンジ、そして微妙に灰色がかった色に変化する瞬間を見逃さない。


 PKのインゴットは不純物が多く、すぐヒビが入ってしまうような低級素材だが、彼の技術はそれを補って余りあった。叩く角度とタイミングを絶妙に調整し、鉄の結晶を整えながら、槍の穂先となる鋭い木の葉のような形を刻み込んでいく。


「霜華、残りのインゴットであと何本の武器が作れると思う?」


「剣ならあと2本、斧なら1本でしょう。槍なら3ついけるかもしれません。

 プレイヤー連合の数を考えると……どうしても受け取れない人がでますね」


 霜華がふいごを動かしながら答える。

 彼女の冷静な声は、戦場の喧騒の中でも際立っていた。


「質でカバーするしかないな。PKの雑な武器より、こっちのほうが断然強い」


「足らなくても、死んだヤツから拾えば良くないかね?」


 シルメリアの酷薄な提案にレオは引きつった笑いを返す。


「武器は2人に1つって、そんなのどこかの戦争映画で見ましたけど……、リアルでやることになるとは思わなかったなぁ。ほい、あがり!」


 レオは仕上がったばかりの槍をハナに手渡した。装甲ローブにピカピカの木の葉槍(リーフスピア)と盾を持ったその姿は、ハトフロ本編の装備と同じスタイルだ。


「ふわぁぁぁぁ!! さすがレオさんです!!!」


 ハナがトンネル堀りの土埃にまみれた顔を笑顔で満たす。

 シルメリアが軽く笑いながら付け加えた。


「この調子なら、PKの鼻っ柱がへし折られるのも時間の問題だね」


「根っこも残さず平らにしてやりますよ」


 レオは軽く笑い、再び金床に集中した。

 鉄を叩く音は途切れることなく続き、キャンプに活気を吹き込んでいた。


 レオの手元では、次々と鉄の剣や斧が形を成していく。『鍛冶の試練』の知識を基に、彼はPKの低純度なインゴットから驚異的な品質の武器を生み出していた。


「よし、最後の一本だ!」


 レオが最後の鉄の剣を金床から持ち上げ、刃をじっと見つめる。


 完成した武器は、ノーマンズランドの重苦しい空を吹き飛ばすような光沢を放ち、耐久度と切れ味は標準品の倍に達していた。


 並べられた武器を見て、レオは満足気に頷いた。


「これで、プレイヤー連合の主力メンバーには武器が行き渡るな」


 彼は完成した剣を手に、キャンプの中央に集まったプレイヤー連合の面々に向き直った。剣士のリーダーや弓使い、その他のプレイヤーたちが、期待と緊張の入り混じった目でレオを見つめる。


「みんな、よく聞いてくれ!」


 レオが声を張り上げ、完成したばかりの剣を高く掲げた。


「PKの拠点から鉄のツルハシとインゴットを奪った。これで俺たちは、奴らの『待ち』の流法をぶち破る準備ができた!」


 キャンプに歓声が沸き上がる。


 レオは仕上がった武器を次々にプレイヤーたちに手渡していく。リーダー格の剣士が鉄の剣を受け取って、試しに空を切ると、その鋭い音に目を輝かせた。


「すげぇ……! 木の槍なんかとは比べ物にならねぇ!」


 剣士が立ち枯れた木に向かって試し切りすると、あっさりと枝が落ちる。

 まるで抵抗もない様子で、空気を斬っているかのようだ。


「おいおい……。俺がハトフロ本編で使ってる武器より強いんじゃないか?

 レオって言ったか、お前……ホントにすげぇな!」


「その剣のお代はPKの首でけっこうですよ。高いですか?」


「いや、激安だな。10個くらいまとめて持ってくるか」


 剣士がニヤリと笑うと、プレイヤーたちの間に笑い声が広がった。

 武器に加え、士気も十分といったところだろう。


 霜華はレオのそばで空中にホログラムの書付(メモ)を広げ、冷静にプレイヤー連合と出待ちPKの状況を整理する。


「これで、こちらの主力メンバーに武器が行き渡りました。武器を奪ったことにより、PK側は相対的に弱体化しています。勝利のチャンスは最大化されています」


「よし、完璧だ。」


 レオは満足げに頷き、プレイヤー連合を見回した。


「次は、PKの塔に仕掛ける。奴らの油壷や罠が待ってるだろうが、こっちには鉄の武器と――」


彼はハナ、シルメリア、結衣、霜華をチラリと見て、笑みを深めた。


「最高の仲間がいる。準備はいいな?」


「おう!」「ほりゃー!」「任せてよ!」「問題ありません!」


 それぞれの声が重なり、キャンプに新たな戦意が漲った。


 武器を手にしたプレイヤー連合は、生まれ変わったかのように活気づいていた。


 レオはその鍛冶技術でもって限られた素材から最大の成果を引き出し、戦局を一気に有利に傾けることに成功した。


 ノーマンズランドの濁った空の下、鉄を叩く音は希望の響きとなった。

 今、虐げられた者たちによる、反攻がはじまる。




鍛冶シーン、これくらいのちゃんとした描写を最初からしたかったんですが、ゲーム的な部分の説明を優先してたので、いまになってようやく出来たという感。


だってレオは鍛冶屋なんだから…!(いまさら?!


ノーマンズランドではサバイバルブックで物品を建築したり、クラフトしたりできますが、一部のものはゲーム内で手に入るリアル書籍を読み解き、その情報をもとに作り上げる必要があります。(また、戦闘の戦術に関するものもあるとか)


 ノーマンズランドの開発者は、ノーマンズランド内ではハトフロ本編のスキル、アイテムの効果が無効化されるようにしました。


 ですがこれは、ノーマンズランドではプレイヤーの性能が均質化され、無個性になるということを意味します。


 だからこそ、個人の裁量・振る舞いで変えられる部分を大きくし、ロールプレイを通してプレイヤーが個性を表現できるようにした、というわけです。


 そこまで考えてるのに、プレイヤーの悪意に関しては鈍感なのが…

 なんというか、お客さん、ハトフロの運営始めてですか? 感をかもしだしてますね(引き継ぎとはいえ

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― 新着の感想 ―
実際初めて…というかハトフロみたいな治安のゲームそうそう無いしなぁ。(チャット大荒れはともかく詐欺が普通に起きるのはそうそう無い
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