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第八十四話 出待ちPKサイド

「――くそっ、やられた!!!」


<ドカッ!>


 木箱が勢いよく蹴り上げられ、荒々しい丸太の壁に叩きつけられてバラバラに砕けた。木片と木板が飛び散り、土だらけの床に乾いた音を立てて転がる。


 赤と黒のフェイスペイントで顔を覆ったキツネ目の男――マークは、苛立たしさを隠そうともせず、倉庫の惨状を睨みつけた。ノーマンズランドの塔を拠点に選び、〝出待ち〟戦術でレオ一行やプレイヤー連合を翻弄してきたPKのリーダーだ。


「マーク、鉄のツルハシは全滅だ。武器も大半が持っていかれた。」


 倉庫の奥で、土埃にまみれた手下が木箱を一つ一つ確認しながら報告する。手に持った松明の光が、がらんどうになった木箱を照らし出し、マークの顔に深い影を落とした。


「倉庫のものを片っ端からだと……? 強欲な奴らめ……!」


 マークは歯を食いしばり、戦利品を奪われた屈辱に顔を歪めた。他のプレイヤーを排除し、奪った貴重な鉄製アイテム。それを今度は逆に根こそぎ持っていかれたのだ。皮肉な状況に、マークは怒りを抑えきれず、自然と手が拳の形になる。


「丘の上でうろついてた連中は陽動、こっちが本命だったわけか。」


「防備は完璧だったのに……」


 マークは床にぽっかりと開いた穴を忌々しげに見下ろした。トンネルの土の断面にはハナの直剣による掘削の痕がくっきりと残っている。その穴の形は、まるで彼らのいう〝完璧な防備〟を大口を開けて嘲笑うかのようだった。


「追跡は?」


「埋め戻されてダメだった。完全にしてやられたよ」


「――チッ!」


 陽動に気を取られ、地下からの侵入を完全に看過していた自分たちの失態に、舌打ちが漏れる。倉庫を荒らした犯人を追跡しようにも、トンネルの先がどれだけ続いてるかわからない。そもそそも、堀った先に今も犯人がいる保証はない。


「マーク、どうする?」


 手下の一人、灰色のローブをまとった細身の男が不安げに尋ねた。彼の手に握られたクロスボウの先が、落ち着きのない様子で左右に振られている。倉庫の荒らされた光景と、地上で続くプレイヤー連合の挑発的な動きに、動揺が隠せない様子だ。


「どうする、だと?」


 マークが鋭い視線で手下を睨みつけると、クロスボウを手にした男は思わず一歩後ずさった。手下は深く息をして、恐怖を抑え込むようにして言葉を続ける。


「い、今ならまだ撤退できるぜ、マーク。鉄のツルハシは持っていかれたけど、食料と最低限の素材は残ってる。別の場所で拠点を――」


「撤退? ふざけるな!」


 マークの声が倉庫に響き、手下の言葉を遮った。

 彼は一歩踏み出し、拳を振り上げて叫んだ。


「この塔を占拠して守りを固めるのに、どれだけの時間と手間をかけたと思ってる? アンデッドを必死こいて始末したのは俺たちだし、拠点として整備して守りを固めて、夜を越えられるようにしたのも俺たちだ」


 怒気に気圧され、手下はさらに後ずさる。


「この丘の〝地の利〟は、全部俺たちが築き上げたんだ! こんなところで尻尾を巻いて逃げるなんて、俺のプライドが許さねえ!」


 マークの声には、戦術家としての自負がにじんでいた。


 PKとしての彼の流法モード――「待ち」の戦術は、地の利を最大限に活かすもので、これまで多くのプレイヤーたちを翻弄してきた。


 もちろん、プレイヤーの死角となるダンジョンの扉や階段などで、戦利品を持って出てくるプレイヤーを待ち受ける「出待ち戦法」から始まり、せまい場所で爆発物を使い、地の底に落として落下死を狙う「どすこい戦法」、遠隔攻撃が使えるモンスターをダンジョンの小部屋に誘導し、被害者が来たら隠れて扉を開き、モンスターの集中砲火で始末する「デスドア戦法」などなど……。自他の力を利用し、「待ち」を使った戦闘スタイルでもって、マークは幾多のハトフロプレイヤーを葬ってきた。


 プレイヤー連合の総攻撃を炎で焼き払い、アンデッド化戦術を無力化したのも、彼の綿密な準備と「待ち」の賜物だった。それを簡単に捨てるなど、彼には考えられなかったのだ。


「で、でも、マーク……奴ら、鉄のツルハシを手に入れたんだ。こっちの武器も減ってる。次、攻めてきたら――」


「ハッ、心配するな。奪われた武器の数はそう多くないし、鉄の武器をすぐに量産できるはずもない。超腕利きの鍛冶屋でもいれば、話は別だがな」


「そ、そうか……」


 マークは手下の不安を一蹴し、倉庫の中央に仁王立ちした。フェイスペイントの赤と黒が、松明の光に照らされて不気味に浮かび上がる。彼は一瞬、塔の外から聞こえるプレイヤー連合の騒々しい声を耳にし、ニヤリと笑った。


「奴らは鉄の道具を手に入れて俺らと対等に立ったつもりだろうが、こっちの有利はまだ揺らいでねえ。塔の守りは完ぺきだ。奴らが次に何を仕掛けてきても、迎え撃つ準備はできてる」


 マークは倉庫のすみっこに積まれた油壷に目をやり、冷たく笑った。

 手下がその視線に気づき、わずかに身震いする。


「お前、油壷を……? また火計か?」


「その通りだ。奴らが攻撃してくる前に塔の守りを固める。油壷を周囲に配置しろ。奴らが近づいてきたら、一気に火をかける。炎で焼き尽くしてやる!」


 マークの指示に、手下たちは一瞬顔を見合わせたが、すぐに動き始めた。リーダーの自信に満ちた声に、動揺していた心が再び奮い立ったのだ。倉庫の奥から油壷を運び出し、塔の周囲に配置する準備が始まった。


「それと、トンネルの穴は完全に塞ぐな。」マークが付け加えた。


「奴らがまた地下から来るかもしれん。そうだな……拠点の周りにトラップをしかけるのもいいな。奴らの動きを読んで、逆に罠にはめる」


「さすがマーク! やっぱりお前、頭いいぜ!」


 手下の一人が感嘆の声を上げると、マークは満足げに鼻を鳴らした。


「当たり前だ。俺たちの流法(モード)は『待ち』。奴らがどんな奇策を仕掛けてきても、こっちの地の利は揺るがねえ。追撃の用意を忘れるな。つぎは連中を追い返すだけじゃなくって、完全に息の根を止めてやる!」


「「おぅ!!!」」


 油壷を担ぎ出していく仲間たちを見送って、マークは満足気に頷いた。

 だが、彼はふと何かを思い立ったかのようにあごに手をやった。


(とはいえ……同じ戦術を繰り返すのは、どこか引っかかるな。同じトリックを何度も使うなんて、エンターテイナーとしての誠意に欠ける。そうだな――)


 マークはふっと口元に笑みを浮かべ、懐に手を滑らせた。指先に触れたのは、黒鉄製の大振りな鍵。革紐が通された鍵はひどく古めかしく、鉄の棒と言っても差し支えないほどの無骨な太さをしていた。


 彼は鍵を手に取り、革紐を指に引っかけて、鼻歌交じりにくるくると回す。先ほどまでの怒り狂った様子はどこへやら。まるで人が変わったように軽やかな足取りで、マークは倉庫を出て、物見塔の根本へと向かった。


 半ば崩れかけた石の塔の基部には、苔むした石の階段があった。地の底へと続く暗い口が、まるで奈落の誘いのようにぽっかりと開いている。


 マークは闇の奥を見据え、躊躇する様子もなく足を踏み入れた。

 次の瞬間、彼の輪郭は真っ黒な闇の中に溶け込み、静かに消え去った。



鍛冶屋はいるんだよなぁ…

PKサイドもまだ隠し玉を持っている様子。さてはて…

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落下ダメージ狙いは悪い文明(梯子や崖を登ったら叩き落とされた時の虚無感はヤバい。
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