第八十三話 上は大火事、下泥棒、これなーんだ
採掘を一手に引き受けたハナは、腹ばいになって猛烈に地面を掘り進める。
最初は途方もなく思えたトンネル堀りも、いまではもう半ばを過ぎていた。
中国のことわざにこのようなものがある。
「千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず」。
千里を駆ける駿馬とは、卓絶した才を備えた名馬を指す。伯楽とは、その稀有な才を見極め、世に示す者の謂いである。
凡百を超えた千里の駿馬は、常にこの世のどこかに潜む。されど、その才を見出し、相応しき舞台を授ける伯楽はそうではない。
人、時、場所、それら全てが組み合わさった瞬間に起きることは必然でしかない。合わさること、それ自体が奇跡なのだ。
ハートオブフロンティアの地の奥底――栄誉も称賛もおくられることのない、誰も見ていないその場所で、奇跡は確かに起きていた。
「ほりゃりゃりゃりゃ!!」
装甲ローブを着込み、ふんわりとした金髪を揺らしたハナが錆びた直剣を振ってレオが置いた「堀」の設計図を片っ端から掘っていく。
その目鼻だちは貴族然とした大人びた女性のそれだが、剣を振る所作に現れる感情はどこか純粋で、少女じみてさえいた。
「ハナちゃんって本当に地面掘るの好きだよね」
「はい!! たのしいです!!! レオさん、次お願いします!!」
「ほいきた!」
ハナの後ろについたレオが設計図を置き、ハナが掘る。
置いて、掘る、置いて、掘る。餅つきを思わせるルーチンでもって、トンネルはひたすら地の底を前進していった。
「レオ先生、もうすぐ目的の座標に達します」
「よし……! みんな、聞いてくれ!」
レオの呼びかけに、彼に続いたメンバーの視線が集まった。
「これから俺たちは、PKの拠点ど真ん中に出る。地上にいるプレイヤー連合がPKの注意を引いているとはいえ、いつ侵入に気づかれてもおかしくない。ここからはスピードが勝負だ」
「レオのことだ。何かプランがあるんだろ?」
「えぇ。まず、穴が開通したら、ハナさんとシルメリアさんが先頭に立って内部の構造を把握してください。穴が倉庫以外につきあたったら、倉庫を探します。とはいえ、昨日今日作ったばかりの拠点なら、俺達の拠点とそう変わらないはず」
「生活空間と倉庫が一緒くたになっている可能性が高いね」
「はい。その際はプランA。最優先で拠点のドアを塞ぎます。土を盛ってドアの周囲埋め尽くすんです。これで少しでも家探しする時間を稼ぎます」
レオはサバイバルブックを開く。彼の開いたページのレシピには土の壁があった。これは埋め戻しに使うものだが、一時的な障害物としても活用できる。稼げるの時間はほんの十数秒だが、ドアを開いてすぐ蜂合わせるよりはずっとマシだろう。
「そうして時間を稼いでる間、ドアの数だけ警戒に立って、残りは倉庫をあさります。目標は『鉄のツルハシ』ですが、それが無かった場合は『鉄』でもかまいません。素材があれば作業台からツルハシを作れますからね」
「聖水みたいなレアアイテムは別としても、使い方のよくわからない新アイテムまで吟味しているヒマはないからね」
「その通りです。ささっと取るものを取ってずらかりましょう」
湿った土の匂いがこもるトンネルの中は、いまにも左右から押しつぶされそうな狭さだ。薄暗いなか、ハナの直剣が地面を切り裂く音だけが響く。
レオ一行は息を潜め、霜華の計算した座標を目指して進んでいた。
ハナの掘削速度は驚異的で、まるで地面を泳ぐように土をかき分けていく。
トンネルは予定よりも早くPKの拠点の真下に到達しようとしていた。
「――よし、霜華、位置は?」
レオが小声で尋ねると、霜華は考える素振りも見せずに即答した。
「あと3メートルほどで、塔の南東、拠点の真下に到達します。ハナさん、もう少しだけ慎重に……音が響く可能性があります。」
「はいですっ! ほりゃ、ほりゃ……っと、そーっと、そーっと!」
ハナが声を抑えつつ、剣の速さを調整しながら掘り進める。彼女の金髪が土埃で少し汚れていたが、その目はまるで宝探しに胸を躍らせる子供のようだった。すると、作業の邪魔にならないよう後にさがっていた結衣が、ふと不安を口にした。
「レオさん、これ、ほんとにうまくいくかな? PK連中、地上でドタバタしてるプレイヤーに気を取られてると思うけど、もしバレたら一巻の終わりだよ?」
「たぶん心配いりませんよ。上の土に耳を近づけてみてください」
「天井に?」
結衣が膝を伸ばし、土の天井に耳を近づける。すると、さっきの剣士がよびかける罵声と、木を叩くようなコンコンというリズミカルな音がした。
「わ、しっかり仕事してるし」
「でしょ? プレイヤー連合がPKの注意をしっかり引きつけてくれてる間は、俺達のことがヤツらに気づかれる心配は少ないですよ」
レオの言葉に、結衣は少し安心したように頷いた。
が、すぐにニヤリと笑って付け加えた。
「もしバレても、シルメリアちゃんとハナちゃんが暴れまくってくれるでしょ?」
「まかせな。やられっぱなしで済ませるつもりはないからね」
「もちろん! リベンジです!!」
その時、霜華が小さく手を上げ、皆を制した。
「――到達しました。倉庫の真下です。」
一行は一斉に動きを止め、息を潜める。
ハナが最後の土を慎重に削り取ると、トンネルの天井に木製の床板が現れた。
「おぉ、ビンゴ!」
「この床板のすぐ上が連中の拠点です。ただし、PKが近くにいる可能性もあります。ハナさん、シルメリアさん、先に上がって周囲を確認してください。」
「はいな!」
ハナが小さく気合を入れると、シルメリアが静かに頷き、二人で床板を静かに押し上げた。木の軋む音が一瞬響いたが、地上の陽動の騒音にかき消されたようだった。
ハナが先に身を滑らせ、シルメリアがその後を追う。二人とも音を立てないよう細心の注意を払いながら、倉庫の内部に潜り込んだ。
そこは薄暗く、木箱や樽が乱雑に積み上げられたゴチャついた場所だった。
壁には申し訳程度の松明がひとつ、ぽつんと灯されていた。ちらちらと頼りなさげに揺れる炎が、レオ一行の影を床に投げかけている。
ハナとシルメリアは素早く周囲を見回し、敵の気配を探った。遠くで、塔の外から聞こえるプレイヤー連合の叫び声や木を切る音が、PKたちの注意が外に向いていることを示していた。
「よし、中には誰もいないみたいだね。……アマチュアが。」
シルメリアが小声で報告し、レオたちに手招きする。
レオ、結衣、霜華が次々にトンネルから這い上がり、部屋の中央に集まった。
「わぁ……ほんとに拠点のど真ん中に出ちゃった」
結衣が感嘆の声を漏らしつつ、周囲の木箱をチラリと見る。
「鉄のツルハシ、どこだろ?」
「霜華、どの箱にツールがあるかわかるか?」
レオが鋭い目で尋ねると、霜華はすでに周囲を観察し終えていた。
「いえ。ラベルも付けずに雑に積み上げていますので、どの箱かまでは……。とはいえ、特定の木箱に道具がまとめられている可能性が高いですね」
レオが頷き、皆に指示を出す。
「よし、プランAだ。ハナ、シルメリア、入り口のドアを土で塞いでくれ。結衣と霜華は俺と一緒に木箱を漁る。時間がない、急げ!」
ハナとシルメリアは素早く倉庫の入り口へ向かい、サバイバルブックのレシピに従って土ブロックを生成し、ドアの周囲を埋め始めた。土の壁は見た目こそ簡素だが、短時間でドアを開けられなくするには十分な障害物だ。一方の、レオ、結衣、霜華は部屋の奥にあった木箱に駆け寄り、フタをこじ開けた。
「あ、あったよレオさん、鉄のインゴットだ! これでツルハシ作れるよね?」
「でかした! あとは『鉄ツルハシ』本体があれば完璧ですね。素材だけじゃつくるのに時間がかかりますから」
レオが隣にあった木のタルを開けて中を漁る。するとそこには鉄の剣や斧が雑に放り込まれていたが、肝心のツルハシは見当たらなかった。
「こっちは武器か。くそっ、ツールはどこだ……?」
レオが焦り始めたその時、霜華が冷静に蓋の開いた木箱を指差した。
「こちらです。鉄のツルハシ、確認しました。」
彼女が開けた木箱の中には、鋭い先端をきらりと輝かせた鉄のツルハシが束ねられて置かれていた。レオの目が輝き、すぐにツルハシの束を肩に担ぎ上げた。
「よし、これだ!! 霜華、ナイス!!」
霜華が笑みを押し殺したような表情でグッっと親指を立てる。
だが、その瞬間――倉庫の外から重い足音と怒声が聞こえてきた。
『おい! 誰かいるぞ! 倉庫のドアが塞がれてる!』
土で塞がれたドアの向こうから、くぐもった怒号が部屋に飛び込んでくる。
PKの一人が異変に気づいたのだ。
陽動に気を取られていたとはいえ、さすがに出待ちPKの警戒心は侮れない。
レオは舌打ちし、次の指示を飛ばす。
「まずい、バレた! ハナ、シルメリアさんは、ドアのまわりを土で埋め尽くして封鎖を強化! あとの全員は使えそうな武器と素材を奪取! 俺はツルハシを持ってトンネルを戻ります!」
「了解!」
ハナとシルメリアが出入り口に追加の土ブロックを積み上げ、部屋の半分を埋める勢いでドアを完全に封鎖した。結衣と霜華は木箱から手当たり次第に鉄の武器とインゴットを持ち出し、できるだけインベントリに詰め込んだ。
「時間がない! 早くトンネルに!」
レオが叫ぶと、鉄の武器を両手に抱いた結衣がトンネルの入り口へ飛び込んだ。
霜華がその後を追い、シルメリアとハナが最後に土ブロックでトンネルの入り口を塞ぎながら撤退する。
トンネルの中を全力で駆け抜ける一行。背後では、PKたちが斧か何かでドアと土の壁を叩き壊す音が響き、レオたちの侵入を呪う声がこだまする。
PKたちの動きは鈍く、すぐに追跡は始まらなかった。
陽動を続けるプレイヤー連合が、攻撃の素振りを見せているおかげだろう。
「ハナさん、シルメリアさん、二人とも上出来です! ドアの封鎖でこれだけの戦利品を奪うだけの時間を稼げました!」
「レオさん、これで終わりじゃないですよね!!!?」
走りながら快哉叫ぶレオに、土埃にまみれたハナが笑顔で応える。
「当たり前です! 鉄のツルハシだけじゃなくて、武器までゲットできたんです。次はこっちが攻める番ですよ!」
そうレオの声には、勝利を確信した力が宿っていた。
トンネルの出口は巨大な岩塊の陰にある。出口にたどり着き、地上に這い上がると、丘の上ではプレイヤー連合が依然としてPKの注意を引きつけていた。剣士のリーダーが叫び声を上げ、塔の周囲でつかず離れずPKを挑発し続けている。
地上に戻ったレオ一行は、トンネルの入口を埋め戻すと、素早くプレイヤー連合のキャンプへと合流した。すると、ちょうど陽動にあたっていたリーダー格の剣士もキャンプに戻ってきた。
「おぉ、帰ってきたか! 首尾はどうだった!?」
剣士が血走った目で尋ねると、レオは鉄のツルハシを高々と掲げた。
「バッチリだぜ!! それに、鉄のツルハシだけじゃなくって、ついでに鉄の武器もいただいてきたぞ!」
戦利品を掲げたレオを囲むように感嘆の声が上がり、キャンプに歓声が沸き上がった。プレイヤーたちの士気は一気に高まり、疲れ切った顔に希望の光が灯った。
「約束通り、ツルハシは山分けだ。でも、これで終わらせる気はないだろ?」
「……あぁ、もちろんだ!」
レオの言葉に、剣士が力強く頷き、プレイヤーたちは再び戦意を燃やし始めた。
鉄のツルハシを手に入れたことで、拠点の強化や新たなレシピの解放が可能になった。それだけでなく、鉄の武器も手に入ったことにより、この戦局は一気にプレイヤー連合有利に傾きつつあった。
丘の上で、PKの塔は依然として威圧的にそびえ立っていたが、レオたちの奇策によって、その地の利はすでに揺らぎ始めている。
ノーマンズランドに、新たな風が吹き始めていた。
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なぞなぞの答えは「居留守レイド」です。
みんなわかったかなー? わかるかぁ!




