第八十二話 ほりゃほりゃ!
赤と黒に染まったサディスティックな笑みが戦場を見下ろす。
もはや大勢は決まった。塔を取り囲んだプレイヤー連合の勝ち筋はアンデッド化戦術にあったが、PKの放った炎によって無力化されてしまった。
あの気合の入った突撃はなんだったのか。まるで全て幻だったかのように意気消沈したプレイヤーたちは、引き潮のように塔のある丘から離れはじめた。
「ありゃりゃ、あきらめちゃったのかなー?」
丘にあった大きな石塊の上にのぼり、手びさしをつくって両者の様子をみていた結衣が軽い調子でいった。すると、シルメリアも颯爽と石の壇上にあがってきた。
その軽やかなジャンプは、重々しい黒色の甲冑を身につけているとは思えない。
彼女自身、そのことを忘れてしまっているようだった。
石のフチに手をかけ、足をかける場所を探しているレオにくらべると、実に対照的だ。石の上に立ったシルメリアの視線は、プレイヤー側を追いかける。すると――
「いや、そうでも無いみたいだよ。結衣、丘の下を見てみな」
「……お? なんか始めてる」
プレイヤーたちは塔から放たれる矢の射程外に避難して、木板を集めている。再攻撃かと思えば、彼らはその木を使って床を張り、壁を立てている。
「おぉっとこれは……」
「あきらかに拠点を作り始めてますね」
ようやく石の上にたどり着いたレオが、形になり始めた建物を見てつぶやく。
総攻撃は失敗したが、プレイヤー側はまだ鉄の略奪を諦めていないようだ。
自分たちも拠点をつくり、長期戦の構えを取るつもりに違いない。
「さて、レオ、うちはどう動く?」
「そうですねぇ……」
一行が立った石くれは、ちょうどPKとプレイヤーの中間に存在する。
その石の上で、彼は左右を交互に見て腕を組んだ。
「あいつら出待ちPKの流法は〝待ち〟。塔で待ち受けてるところを攻めるのは、みすみす罠に掛かるようなもんです」
「さっきの放火攻撃がそうだね。出待ちPKだけあって、守りは固いね」
「だから長期戦でゆっくりじっくり、みたいな?」
「いえ、長期戦で隙を見せるところを待つ。それはPK連中の流法と同じで、単なる根比べになる。つまり、戦術が拮抗して、優位性がないんです」
霜華が静かに一歩踏み出し、レオのそばに立つ。
そして彼女は、落ち着いた声で、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「レオ先生の仰る通りです。孫子の兵法にいわく、『攻城は下策なり』。城を攻めるのは最も不利な戦いとされています。なぜなら、城を守る側は身を守りながら敵を待ち構えることができるからです。敵に利のある地で戦えば自ら敗北に行くに等しい。出待ちPKの『待ち』の流法は、まさにこの理に適ったものです」
彼女は一瞬、丘の下で動き続けるプレイヤーたちに視線を投げ、続けた。
「長期戦に持ち込むのは、一見、PKの守りをじわじわと崩す次善策に見えます。しかし、長期戦は資源と士気を消耗させ、攻める側の負担が大きい。PK側は塔に籠もり、待ち続けるだけで良いのに対して、プレイヤー連合は拠点を作り、攻略に必要な物資を集め、身を守りながら攻め手を模索しなければなりません」
「身を守りながらって……あ、そうか! 夜!」
「うん。結衣さんが言った通り、夜になるとゾンビやら何やらのアンデッドがくる。長期戦用の拠点はアンデッドとも戦わないといけないんだ」
霜華は軽く首を振って頷くと、冷静に言葉を重ねた。
「PKの流法が『待ち』である以上、彼らの有利は動かない限り揺らぎません。長期戦は彼らの土俵で戦うことと同じ。拮抗した戦術では、優位性は生まれない。必要なのは、PKの守りを崩すための『奇策』――彼らの意表を突き、塔の地の利を無効化する一撃です。」
「長期戦は論外だ。俺たちは短期決戦でヤツらの流法を打ち破る策を練るべきだ」
「レオ、お題目はわかったけど、具体的にはどうするつもりなんだい?」
レオは組んでいた腕を解き、ニヤリと笑って口を開いた。
「俺達の勝ち筋は――『これ』です」
そういってレオは緑色のサバイバルブックを開いた。彼が開いたページに乗っていたのは、拠点をコの字場に取り囲むのに使った「堀」のレシピだった。
「それって、さっき作ってた堀? そんなのどうするの?」
結衣はレオの掲げたページを見て首を傾げる。
が、実際に堀を作る作業にあたっていたシルメリアにはピンときたようだ。サバイバルブックのイラストを見た彼女は、得心がいった様子で指を弾いた。
「……なるほど。〝堀〟を使って地下を掘り進むってことだね」
「そうです。堀を作ると地形を変えられます。そこで丘の中をトンネルをつくって掘り進め、やつらの拠点の真下まで行くんです」
「トンネルを使って相手の防備をすりぬけるってわけだね。」
「出待ちPKは塔から丘を見渡せますけど、地面の下からくる相手までは見えない。トンネルを奴らの倉庫の真下まで掘り進め、最重要目標の〝鉄のツルハシ〟をサクッと回収するっていうプランです。どうですか?」
「ド直球で相手の真下にいって、お宝だけかっさらう。おもしろそうだね」
「レオ先生の言う通り、今現在のPKの守りは地上に集中しています。地下からの侵入は彼らの想定外でしょう。倉庫の位置さえ正確に把握できれば、防衛を無力化して鉄の道具を奪うことも可能でしょう」
彼女はレオに視線を向け、言葉を続けた。
「掘削には時間と労力がかかります。それに、PKたちに気づかれないよう、隠密に行う必要があります。さらに言えば、倉庫の正確な位置情報が不可欠ですね」
「その情報があれば、霜華の計算力で正確に測量できるか?」
「はい。お任せください」
霜華は胸を張ってレオに答えた。
「情報か……。なら、さっきの総攻撃に加わったプレイヤーに聞いてみるか。PKの拠点を見たヤツがいるかも知れない。それに、鉄のつるはしを交渉材料に、プレイヤー連中に陽動作戦を依頼して作戦の成功率を上げるのもいいな」
「そりゃいいね。地上で派手に動いてもらえれば、こっちの仕事がやりやすくなる」
「よし――」
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丘の下、木板で急ごしらえの拠点を築かれたプレイヤーたちの陣地は、まるで戦場の仮設キャンプのようだった。
焚き火の周囲には、傷つき、疲れ果てたプレイヤーたちが肩を落としつつも、次の作戦を話し合う声が、灰色の地面に炎の色とともに染み込む。
するとそこに、傷ひとつ無いレオ一行が堂々と姿を現した。
「やあ兄弟! ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
レオの軽快な声が、意気消沈したキャンプに響いた。
プレイヤーたちの視線が一斉に彼に集まる。
なかには、先ほどの総攻撃でPKの炎に焼かれた苛立ちを隠さない者もいた。
「お前ら、さっきの戦いで丘の上で高みの見物してた連中だろ? 何の用だよ」
大柄な剣士が焚き火から立ち上がり、レオを睨みつけた。
見事な甲冑を着込んでいるのに、背中に背負った木の槍が実にアンバランスだ。
強い言葉を放った彼を回りが止める様子はない。
察するに、彼がこのキャンプのリーダー格なのだろう。
「いやいや、ただの見物じゃないよ。俺たち、PKが持ってる『鉄のツルハシ』を奪うための完璧なプランを持ってるんだ。で、ちょっと協力してほしいんだよね」
「協力? ハッ、笑わせるぜ。さっきの失敗でこっちはボロボロだ。なんでお前らに手を貸さなきゃなんねえんだ?」
剣士の言葉に、周囲のプレイヤーたちも同調するように頷いだ。だが、レオは動じない。自信に満ちた意気を保ったまま、リーダー格の放言に自身の言葉をつなぐ。
「イラつく気持ちはわかるよ。けどさ、俺たちのプランが成功すれば、PKの鼻っ柱をへし折って、鉄のツルハシをゲットできる。で、それを――ほら、みんなで山分けってのはどうだい?」
「山分けだと?」
剣士の目がわずかに揺れる。
鉄のツルハシは、ノーマンズランドの現状において、ほぼすべてのプレイヤーが直面している「壁」だ。
鉄のツルハシさえあれば、レシピのロックを外し、拠点の発展を続けられる。それを理解したプレイヤーたちの間に、ざわめきが広がった。
「ちょっと待て。具体的にどんなプランだ? 話してみろよ」
別のプレイヤー、細身の弓使いが一歩前に出て、興味津々に尋ねる。レオはここぞとばかりに、緑色のサバイバルブックを取り出し、ページを広げた。
「簡単だよ。俺たちは地下にトンネルを掘って、PKの拠点の真下にある倉庫に直行する。奴らの防衛は地上に集中してるから、地下からの奇襲は想定外。で、倉庫から奴らが補完している鉄のツルハシなんかの道具をサクッと奪うってわけ」
「トンネルだと? そんなんでうまくいくのか?」
「いくよ。ウチのメンバーのリアル測量技術があれば、倉庫の位置をピンポイントで特定できる。ただし――」
レオは一拍おき、プレイヤーたちを見回した。
「そのためには、奴らの目を引く陽動が必要だ。そこを君たちに頼みたい」
「陽動? また突撃しろってか? さっきみたいに焼かれるだけだろ!」
剣士が声を荒げるが、結衣がニコニコと前に出て、軽やかな口調で割り込んだ。
「まーまー、そうカリカリしないでよ! 突撃までしなくても、PK連中の注意を引いてくれればそれでいいから、さ。たとえば、連中の周りで木を切るとか、わざと矢の射程ギリギリに入って挑発したりとか? で、PKが地上に気を取られてる間に、私たちが地下でコソコソやっちゃうって寸法!」
「ふむ……確かに、そっちが本命なら、俺たちも無駄死にせずに済むか」
弓使いが無精髭の浮かぶあごに手を当てて考え込む。
プレイヤーたちの間でも、賛同の声がチラホラと上がり始めた。
「で、具体的にどう動く? 倉庫の位置はどうやって特定するんだ?」
剣士がまだ半信半疑で尋ねると、霜華が静かに前に進み出た。彼女の落ち着いた声は、騒がしいキャンプに不思議な静寂をもたらした。
「倉庫の位置については、総攻撃に参加した皆さんの情報が必要です。PKの塔の内部を見た方、または倉庫の位置を推測できる手がかりを持っている方がいれば、ぜひ教えてください。私がその情報を基に、正確な座標を計算します」
「計算って……お前、ほんとにできるのか?」
「はい。情報の精度にもよりますが、計算誤差は数センチ以内に収まるはずです」
そういって霜華は焚き火に突っ込まれていた小さな枝を手に取って炎を吹き消すと、炭化した枝の先を使って丘と塔、そしてキャンプの位置を描き出した。
霜華が地面に描いた地図は精細で、実に正確なものに見えた。プレイヤーたちの間に感嘆の声が漏れた瞬間を見逃さず、レオはすかさず畳み掛けた。
「で、どうだ? 俺たちのプランに乗ってみないか? 成功すれば、鉄のツルハシは全員で分け合う。約束する!」
プレイヤーたちは顔を見合わせ、しばらく小声で話し合った。やがて、剣士が大きくため息をつき、渋々といった様子で頷いた。
「……わかった。乗ってやる。ただし、鉄のツルハシはきっちり分配しろよ。で、陽動は俺たちが引き受ける。どう動けばいい?」
レオはニヤリと笑い、結衣とシルメリアに目配せした。
「決まりだな! 陽動はさっき結衣が言ったみたいに、そっちで手分けして塔の周りでアレコレ動いて連中の集中力をかき乱してくれれば十分だ。俺たちはその間に掘削を開始して、倉庫を狙う」
「了解した。 よしみんな、さっそく準備を始めようぜ! それと、塔に近づいて、連中の拠点を見たやつはこっちに来てくれ!!」
剣士が握った拳を振り上げて声を上げると、プレイヤーたちが一斉に動き始め、キャンプに再び活気が戻ってきた。
レオたちは満足げに頷き合い、丘のふもとに戻った。
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「――で、霜華、倉庫の位置計算はできそうか?」
「問題ありません。得られた情報を基に、倉庫の座標を特定しました。塔の南東、ここから約76メートルの位置です。掘削にかかる時間はおよそ30分といったところですね」
「さ、30分?!……メッチャ速くない?」
「霜華ちゃん、その計算、本当に合ってるのぉ?」
「間違いありません。ハナさんの掘削速度をベースに評価しましたので」
「ハナの……?」
レオがちらと横に目を向けると、ハナが猛烈な勢いで直剣を振り、まさに無心で地面から土をかき出していた。
「ほりゃほりゃー!!!」
「……なるほど、納得。」
「今回の作戦は速度、つまり、ハナさんが鍵ですね」
レオの目が、勝利を確信したように鋭く光る。PKたちの占拠した塔が重々しく丘を見下ろすその下で、彼らの作戦は着々と進行していた。
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たしかにこの役目はハナちゃんにしかできないw