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第八十一話 アベコベ

 レオ一行が戦いの続く物見塔の足元に近づいた瞬間、戦場の喧騒が彼らを包み込んだ。怒号と矢が空を裂く鋭い音が交錯し、耳をつんざく。


 だが、レオの鋭い観察眼は、すぐさまその光景に潜む違和感をとらえた。


 一見、PKとプレイヤーの両者が激しくぶつかり合っているように見える戦場だったが、どこか違和感を漂わせていたのだ。


(……あれ?)


 レオは地面に倒れている無数のプレイヤーを見て、あることに気がついた。

 彼らはうめき声をあげながらも、みな生きている。


 倒れた者たちは、揃いも揃って膝にクロスボウの太矢を突き立てられていた。部位ダメージによる「転倒」――プレイヤーの間で通称「床ペロ」と呼ばれる無様な状態だ。だが、彼らのHPはゼロにはなっていない。痛みに顔を歪め、這うように地面を掻く者もいれば、悔しげに拳を握り締める者もいる。


 なのに、PKたちはその隙だらけの相手に追撃を加えない。ハトフロ本編なら、動けなくなった敵に容赦なくトドメのコンボが叩き込まれるはず。それなのに、この戦場では負傷者が放置され、まるで意図的に生かされているかのようだった。


 塔から放たれる矢は、まるで計算されたように地面に這うプレイヤーを避け、後続の者たちへと降り注ぐ。土埃と悲鳴が舞い上がり、戦場の混乱と熱狂は一層高まるのだが、レオの胸中に冷ややかな疑問が芽生えた。


(なんでPKは、倒せるプレイヤーを仕留めてないんだ?)


「……変なの。ずいぶんバチバチにやり合っている割に、死傷者がでてないね」


「そういえばそうだね。包囲してるプレイヤーの装備は貧弱そのものなのに、たいして反撃でやられてないなんて、なんかおかしいね」


 レオに続いて結衣が異常に気づき、シルメリアが違和感に気づいた。


 物見塔を取り囲んでいるプレイヤーは、木の槍や石を使っている。まともな武器を持っていないのだから防具もお察しの通りで、粗雑な木の盾を掲げている者がたまに見える程度だ。ほとんどのプレイヤーは地面に即席で作られた木の壁に身を隠し、塔から放たれる矢を防いでいた。


 塔からの矢が盾を叩くたび、木片が飛び散り、戦場の空気が一層緊迫する。だが、その緊迫感すら、どこか作為的に感じられた。


「レオ先生、奇妙なのはPKの行動だけではありません。プレイヤー側もです」


「えっ?」


「塔を攻めているプレイヤー側が、倒れた仲間を助ける気配がありません。それどころか、彼らは回復すらしていません」


「うん? うん???」


「たしかにこっちのが変だね。レイドするなら戦力が必要なんだし、動けなくなった仲間を救出して戦線復帰させるのが普通だ。まるで倒してほしいみたいじゃないか」


 「うーん」と、戦場の光景を見渡していた結衣が、はたと手をうった。


「たぶんアレじゃない? 初日にあった出待ちPKは、倒したプレイヤーがアンデッドになったせいでやられてたじゃん。あれを回避するためじゃないかな?」


「あー……確かにそれっぽいですね」


「でしょでしょ?」


 ノーマンズランドでは、倒されたプレイヤーがアンデッドとなって(よみがえ)る。それは大抵、ゾンビとしてなのだが、ときに強力な力をもったアンデッド――「レブナント」として蘇ることがある。


 初日に出待ちを仕掛けたPKたちは、レブナントの猛威に文字通り消し飛ばされた。あの恐怖が、PKたちの行動を縛っているのだ。相手を殺さず、膝を撃ち抜いて動けなくする戦術は、レブナントの出現を防ぐための苦肉の策だった。


「となると、プレイヤー側の行動も説明がつきます。プレイヤー側はあえてPKにキルを取らせ、自身をレブナントに変化。塔を攻め落とすつもりなのでしょう」


「なるほど、いつものアベコベってことか。PKは相手を殺したくない。プレイヤーは相手に殺させたい。なんじゃこりゃ!!」


「アンデッド化って、PKを抑制するための仕様じゃなかったっけ?」


「そ、そのはずですけど……こんな風に使われるなんて予想外ですぅ」


 くぅんと眉をさげたハナがうつむくと、ふわりと広がった金髪がしぼむ。この状況は運営に関係するハナにとっても予想外のことだったらしい。アンデッド化はノーマンズランドを訪れたばかりのプレイヤーを保護するための仕組みだったが、今や完全に「武器」として利用されていた。


「霜華はこの状況をどう見る? どっちが勝ちに近い?」


「そうですね……。このまま状況に変化がなければ、勝ち、つまり戦略目標の達成により近い位置に立っているのは、プレイヤー側ですね」


「というと?」


「PKには、拠点を攻撃してきたプレイヤーを防ぐ手立てがないからです。プレイヤーを撃退しようにも、倒せばレブナントになる。PKには足止めしかできません」


「そうか、プレイヤー側はPKを倒すのが目的じゃないもんな。連中の拠点をぶっ壊して、中のアイテムを盗めば勝ち。PKを倒す必要はない、か」


「その通りです。アンデッド化とレブナントのシステムのせいで殺人を伴わない強盗がもっとも有利なプレイスタイルになってしまってますね」


 PKが拠点を立てて乗っ取った「物見塔(ものみとう)」をめぐる攻城戦の発端は、「鉄の道具」を彼らが独占しようとしていることにある。つまり、プレイヤーが求めているのはPKの命でも拠点でもなく、「鉄」なのだ。


「鉄は命よりも重い、かぁ。」


「それって下手すると、ハトフロ本編より治安悪いんじゃないかねぇ?」


「うぅ~、こんなことになるなんて……です!」


 ショックを感じている様子のハナを見たシルメリアが、うろんな表情を浮かべる。やはりハトフロ運営はハトフロ運営だった。彼らは決して人の悪意を軽くみていたわけではなかったが、その柔軟かつ獰悪な適応力についていけてなかったのだ。


「そうとわかったら、俺たちも攻城戦に参加するか!」


「だね。PKの拠点を叩き壊して、中のものを拝借するだけ。楽なもんさ」


 ニヤリと笑い、レオと視線を交わすシルメリア。彼女の目は、戦利品を奪う瞬間を想像してか、獲物を狙う獣のようなキラメキを放っていた。


「「いけー! 総攻撃だ―!!」」

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉーーー!!!」」」


 誰かがあげた(とき)の声に応じて、プレイヤーが物見塔に向かって吶喊(とっかん)を始めた。一向一揆イッコー・クルセイダーめいて木の槍を前に突き出したプレイヤーたちが、首を伸ばした巨竜のようにそびえ立つ石塔を目指し、塔のある丘を駆けのぼる。


「よし、この攻撃に合わせて! ……ん?」


 レオが丘をのぼろうとしたその時、彼は物見塔の頂で起きた変化に気づいた。


 塔の屋上に、大きな陶器の壷を両手に下げた男と、松明を携えた男が立っている。松明を持っている男は、赤と黒のフェイスペイントをしていた。ノーマンズランドを訪れたすぐ後、レオ一行に出待ちPKを仕掛けてきたあの男だ。


(あれは、出待ちPK野郎……笑ってる?)


 男の顔に浮かぶのは、追い詰められた者とは思えぬ、歪んだ笑みだった。アンデッド化のルールに縛られ、PKたちは窮地に立たされているはず。なのに、その笑みはまるで勝利を確信しているかのように見える。


 レオの背筋に、嫌な予感が走った。


 「待ってください!」


 レオは咄嗟に足を止め、仲間たちを制するように両腕を広げた。シルメリアや結衣が驚いたように彼を見るが、その瞬間、塔の屋上から異変が始まった。


 壷が地面に叩きつけられ、続いて松明が投げられた。刹那、物見塔の足元が炎の海と化した。オレンジと赤の奔流が、まるで怒れる龍が吐き出した息吹のように地面を這い、戦場を焼き尽くした。


 空気が一瞬にして灼熱に歪み、焦げた草木と油の重い匂いが鼻をつく。炎に呑まれたプレイヤーたちの悲鳴が、戦場の喧騒を切り裂き、レオの耳に突き刺さる。


 一行は、PKの突然の攻撃的な変化に息を呑んだ。


「こんなことをしたら、レブナントが……!」


 レオの声は、恐怖と困惑の入り混じった震えを帯びていた。アンデッド化のルールがあるノーマンズランドでは、倒されたプレイヤーがゾンビとして這い上がるはず。しかし、地面に広がる灰と焦げ跡の中、倒れたプレイヤーたちは動かなかった。


 ゾンビのうめきも、魂を芯から凍りつかせるレブナントの咆哮も上がらない。

 炎はただ、冷酷にすべてを灰燼に帰していた。


「なっ――どういうことだ!?」


「おかしいよ、倒されたプレイヤーはゾンビになるはずでしょ?」


「あ!! そうでした!!!」


 一行の視線が、買い物帰りに忘れ物を思い出したかのような声を上げたハナに集中する。どことなく冷たいものが混じるその視線に、ハナがビクッとたじろいで小さな肩を震わせた。


「忘れてたわけじゃないんですぅ! 必要になったら説明しようとぉ……」


「今がその時だよ! ありゃいったい何が起きてるんだい?」


 ハナが慌てて弁解するが、シルメリアが鼻先に指を突きつけて詰め寄る。ところどころ言葉をつっかえさせながら、彼女は懸命に説明を続けた。


「えっと……炎はアンデッド化を阻止できるんです! バッドステータス、『炎上』の効果中だったり……あ、あと! 炎属性を持った攻撃によるキルも、アンデッド化を阻止できます!」


「なるほど。塔の上から落とされたアレは、油がたっぷり入った壺だったんだね。油をまいて松明で火をつけたのか」


「ってことは、連中は最初からプレイヤーの突撃を待ってたのか?」


「だろうね。プレイヤーよりPKのほうが悪知恵では一枚上手だったね」


「うーん、本職はやっぱすごいなー」


「呑気なこと言ってる場合じゃないですよ結衣さん。これ、けっこうヤバイですよ」


「だよね。ハナちゃん、灰になったらアンデッドにならないってことは、レブナントにもならないってこと?」


「そこは重要だね。炎属性の武器を持ったら、PKはプレイヤーをPKし放題になる。 これってルールの欠陥じゃないかね?」


「い、いえ! 炎属性の攻撃で遺体が無くなっても、レブナントは出てくるはずです! 世界観設定で、肉体のない亡霊ってことになってるからですけど……」


「ん、じゃぁ何で?」


 ハナの補足に首を傾げた結衣に、レオが静かに、しかし確信を持った声で答えた。


「その答えは単純です。PKは誰も殺してない」


「え、だって――」


「あの出待ちPKがしたのは『松明をドロップした』ことで、攻撃じゃないです。たまたま松明をドロップした場所に、よく燃える油がひろがっていただけです」


「はぁ?! なにそれぇ!?」


「おそらく、あの油壺は元々あの塔にあったもの。つまり、あの炎はワールドに属するアイテムから生まれたもの……つまり、環境(ワールド)から食らったダメージでプレイヤーは倒れた。これは〝海で溺れて死んだのと同じ扱い〟なんです」


「は、はい! その通りです! ワールドに属するダメージは攻撃者不在ですので、レブナント召喚の条件を満たしません!」


 ハナがレオの推測を裏付ける。一行は天を仰ぎ、おもわず声を揃えた。


「「じゃ、邪悪過ぎる……!」」


 ハトフロには古くから環境や設置物を利用したPKが戦術として存在した。


 例えば、ダンジョンの扉の開閉ギミックを利用して、プレイヤーをモンスターの群れの中に閉じ込める。あえて鉱山が崩落するように採掘して、素材集めに来たプレイヤーを生き埋めにする、といった戦術だ。


 なかでも有名なのは、「火薬タル暗殺」だろう。姿を隠し、ダンジョンやフィールドに置かれた火薬の入ったタルに狙いを定め、プレイヤーを待つ。


 この時のポイントは、高所、そして狭い道であることだ。


 何も知らないプレイヤーがやって来た瞬間、PKはタルに炎を放ち、爆発させる。当然、爆炎はプレイヤーを吹き飛ばすわけだが、ここで狭い道、高所というポイントが活きてくる。被害にあったプレイヤーは狭い足場から押し出され、はるか下方の地面に叩きつけられて落下死するのだ。


 が、しかし。これはハトフロの仕様上「事故」として扱われる。PKのターゲットはあくまでも火薬タル。ゲーム内のログもそう記録される。明らかに落下死を狙って爆殺したとしても無実。暗殺成功となるのだ。


 ベテランのPKならば、ノーマンズランドに戦場を移したとしても、これらのことに気づかないはずがない。出待ちPKが物見塔にあった油壷を見て、この戦術を思いつかないはずが無い。


 炎と策略が交錯した戦場が陽炎に歪む。PKの狡猾な罠は、プレイヤーたちの命を奪うだけでなく、彼らの戦意をも焼き尽くしていた。


 自然とレオの視線は、物見塔の頂に立つ赤と黒のフェイスペイントの男へと向けられた。戦場の支配者としての余裕をみせる出待ちPKの嗜虐的な笑みは、足元の炎によって照らしあげられ、一層不気味に輝いていた。




本当に、この、なんていうか

ハトフロプレイヤーの仕様把握能力と邪悪な発想力どうなってんのwwww

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― 新着の感想 ―
よくそこまで調べたなこのPK達… 試行錯誤できる時間とか無かったろうに。
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