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第八十話 いつものハトフロ


 レオたちは拠点の強化を急ピッチで進めた。森の中、木々の隙間を縫うようにして、堀とレンガ製の建物を組み合わせた要塞線が構築されていく。


 シルメリアと一心不乱になったハナが堀をつくり、霜華と結衣が森の奥から枝やら何やらの木材をピストン輸送する。


 最初に形になったのは、コの字型の堀だった。ショベルカーのように猛烈に掘り進めるハナのお陰で、堀が一番最初に出来上がった。


 計画通り、堀は幅、深さともにきっかり2メートルで、コの字を描いている。空いたスペースはスパイクトラップが埋め尽くされ、トゲの庭はその中央部分だけが道となるようにスペースを開けられていた。これは、何か一大事があれば、即座にその空いた部分にスパイクトラップを追加することで、建物までのルートを封鎖できるようにするためだった。


 そして、レンガと木の建物の側には、白い煙を伸ばす半球状の窯がある。不揃いで表面も荒々しい天然の石を基部にして、土のドームをもった窯からは、次々とレンガが焼き上がり、レオの手によって運び出されていった。


 結衣と霜華が集めた燃料用の木材を追加しながら、レオはもくもくとレンガを焼いてブロック状に積み上げていく。ハナが剣で地面を叩き、土の山を量産してくれたおかげで、レンガの材料に困ることはない。


「あとは建物をレンガに改築すれば終わりですね」


 ふぅ、を息をついて、レオが額の汗をぬぐう。顔に泥をつけたハナは、キラキラとした笑顔で周りを見渡していた。


「これでゾンビも近づけませんね!!」


「ま、そう簡単にはいかないだろうけどね。来るのはゾンビだけじゃない」


「そっか、敵も進化するだろうし……」


「結衣、あたしがいってるのはプレイヤーのことさ。ゾンビより上等な頭をもってるプレイヤーなら、こんな見え見えの罠なんかにひっかかりっこないからね」


「あ~……人間用の罠も考えないといけないかぁ。――頑張って、レオさん!」


「なんで俺?! 対人戦闘ならシルメリアさんでしょ!」


「えー? レオさんって、なんていうかこう、人の心理の穴をつくとか、裏の裏をかくとか、そういう(こす)い戦術考えるの得意じゃん」


「人を殺人サイコパスみたいにいわないで!」


「そういやそうだったね。ヒロシの一件でも、その後のあれやこれや……。だいたいレオのおかげで何とかなってたじゃないか」


「なるほど。レオ先生は接客を通して人の心理をよく理解しています。だから、それを武器として使うことにも秀でているのでしょう」


「つまり、人の心がわかるけど、人の心がないって……やかましいわ!」


「大丈夫です! レオさんは優しいですよ! 私が保証します!」


 ハナはキラキラとした子犬のような瞳でレオを見つめる。その純粋な瞳にレオは感激をかんじずにはいられなかったようだ。


「俺を信じてくれるのはハナさんだけか……うぅっ」


「はい!!」


 見えない尻尾を振るハナの後ろで、霜華が腕をくんで推論を組み立てる。彼女の義脳の中で組み立てられる推論のなかで、恐ろしい結論が形になろうとしていた。


「興味深いですね。教養の一つの効用として、『人の気持ちがわかるようになる』ためというものがあります。他人とわかり合うことは無理でも、共感と体験の幅を広げることはできる。そうすると教養は自ずからさらなる理解をもとめ、広がっていく」


「というと?」


「つまり、人間性という実を持つがゆえに、同じ人間に対して致命的な一撃を放てるというわけです。レオ先生は、PKであるシルメリアさんと同等か、それ以上に対人戦に適正があります」


「ちょっとぉ?!」


「前々から、うっすらとそんな感じはしてたんだよねぇ……」


「だよねー」


「そんなことないですー!」


 レオが手を振って抗議するも、顔にはどこか嬉しそうな照れ笑いが浮かんでいた。その内容はともかく。褒められて悪い気はしないのだろう。


「例えばさ、このスパイクトラップ、わざと真ん中開けて安全そうに見せてるけどさ、実はそこに落とし穴があって、ズボッ! とか?」


「落とし穴も悪くないけど、やるならドア付近に罠を置きたいな。留守を狙って略奪(レイド)に来るようなやつの目的はアイテム。だから扉を開けてすぐ前にダミーのコンテナを置いて、そこにトラップをだな……」


「やっぱりアタシよりレオのほうが向いてるね」


「でしょ?」


「……ハッ!? 嵌められた?!」


「ではそういうことで、レオさん、トラップもよろしくね!」


「のーん!!!」




 なんやかんやあって、レオは堀に囲まれた拠点をさらに致命的なトラップで彩り豊かにデコることとなった。拠点を強化する作業が続くその合間。ふと、レオはノーマンズランドのゲーム内掲示板をチェックすることにした。すると掲示板には、昨夜の襲撃を生き延びたプレイヤーたちの悲鳴と怒りがあふれていた。


ーーーーーー


名無しの開拓者さん@ノーマンズランド

昨夜のゾンビ襲撃、マジで地獄だった。聖水持ってたからなんとか拠点守れたけど、持ってないやつは全滅レベルの数来るじゃん。


名無しの開拓者さん@ノーマンズランド

聖水持ってるやつはいいよな。俺のチーム、最初の町でPKに出待ちされて、聖水とられたせいで、朝まで荒野を逃げ回ったわ。マジふざけんな。


名無しの開拓者さん@ノーマンズランド

さっそくPKが聖水で商売始めてるらしいぞ。鉄の武器や資材と交換らしい。マジでたわけてるわ。


名無しの開拓者さん@ノーマンズランド

絶対買うなよ。PKに武器渡すくらいなら、拠点を作り直すほうがマシだわ

むしろ連中がマトモな武器を持つ前にこっちが鉄鉱床探し出して独占してやるわ


ーーーーーー


「はぁ……。PKがパクった聖水でぼったくり商売か」


「いつものハトフロだね」


「ノーマンズランドでも身のふりを変えないって……

 いっそ呆れるよりも感心しますね」


 レオは掲示板をスクロールしながら、怒りと呆れが混じったため息をつく。


「掲示板の書き込みみると、やっぱ聖水ってレア?」


「でしょうね。実質的に無敵アイテムみたいなもんですし」


「それで、スタートダッシュでPK決めて聖水を集めたPKが調子こいてるわけか。

 ま、らしいっちゃらしいけど」


 シルメリアが肩をすくめる。


「あ、レオさん、こっちのスレは『物見塔』って遺跡の話で盛り上がってるよ!」


「物見塔……どこかで聞いたような。――あ! エンリコさんが言ってた、最初に探索するのに良いって言ってた場所か!」


「そうそう! このスレ見てよ!」


ーーーーーー

名無しの開拓者さん@ノーマンズランド

木とか石ばっかで鉄が見当たらないんだけど、どこにあんの?

有識者いる? ヒントだけでもほしい


名無しの開拓者さん@ノーマンズランド

金属資源は遺跡。古代帝国の軍事関係の場所の家具を解体したりかな。

スタートする場所の直近に「物見塔」がある。俺はそこで鉄のツルハシ拾った


名無しの開拓者さん@ノーマンズランド

マジ? THX いってみるわ


名無しの開拓者さん@ノーマンズランド

あ、今はやめとけ。物見塔、今はPKが近くに拠点建てて占拠してる。


名無しの開拓者さん@ノーマンズランド

マジかよ!! ざけんな、またPKかよ!!


名無しの開拓者さん@ノーマンズランド

それなら、いま物見塔で攻城戦始まってるよ。一般プレイヤーが集まってPKの拠点をレイドして攻め落とそうとしてる最中。参加者募集中だぞ!


名無しの開拓者さん@ノーマンズランド

よしいくわ! 今作れる武器もてるだけもってく


ーーーーーー


「うわ、なんかすごいことになってる……」


「おおかた、聖水の取引がうまくいかなかったから、自分たちで鉄の武器を集めようとしてるんだろうね。さて、どうするレオ?」


「うーん、実はですね……」


 レオはそういって緑色のサバイバルブックを開いてシルメリアに見せる。


 するとページには「鉄の金床(アンビル)」というレシピが表示されていた。が、その建築には〝鉄のインゴット〟が必要と書かれている。


 しかし、鉄を溶かしてインゴットにするには、「溶鉱炉」が必要だ。炉のクラフトにはレンガと鉄鉱石が必要だが、鉄鉱石を得るには「採鉱」をしなくてはならない。それには鉄以上のツルハシが必要……という、なんとも皮肉なループが待っていた。


「なんだいこりゃ? 堂々巡りじゃないか」


「そうなんですよ。鉄の武器を作るのに必要な『採鉱』は、スケルトンから拾った錆びた道具じゃできない。どうしても探索で『鉄のツルハシ』を確保する必要があるんです。そうじゃないと鉄鉱石が手に入りません」


「なるほど。PKが物見塔を確保したのは、鉄を自分たちだけで独り占めするだけじゃなくて、戦いにおける優位を守るためでもあるわけか。やってくれるね」


「ってなわけで、このままだとジリ貧でしょ? どう、参加しにいかない?」


「ですね。行きましょう!」


 レオたちは森の要塞を出て、物見塔へと向かった。ノーマンズランドの荒野を抜け、岩だらけの丘陵地帯を進む。やがて、遠くにそびえる物見塔のシルエットが見えてきた。石造りの古びた塔は、風化した壁に苔が生え、古代帝国の威厳をわずかに残している。


 しかし、塔の周辺はすでに戦場と化していた。木の槍や石で武装した一般プレイヤーたちが、鉄の矢の乗ったクロスボウを構えたPKギルドと激突していたのだ。空を飛び交う火矢の炎が灰色の空を彩り、地面には転々と簡易的な木のバリケードが築かれていた。


 灰色の大地で人の叫び声と武器が打ち合う金属音が響き合う。

 一行の目の前で繰り広げられていたのは、まるで原始人と中世の騎士が激突したかのような、実にカオスな光景だった。




War. War Never Changes.

ハトフロ、ハトフロは変わらない。

収奪と破壊の限りを尽くしてなお、人は戦いをやめようとしなかった。


おまえらもうちょっと仲良くしろよぉ!!(懇願

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ゾンビ化の事考えたら、一夜明けたら更地になってそう。
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