第七十九話 人は堀、人は壁、人は城
「毎日こんな騒ぎじゃやってられないね。レオ、何かうまいことできないかい?」
「そうですね……サバイバルブックになんかいい感じの建物ないかなぁ」
レオは緑色の冊子をめくり、ページに記載されているレシピを確認する。サバイバルブックは本の形状をしているが、機能的にはホログラムのUIと操作は変わらない。レオはページのふちにある三角ボタンをクリックし、サバイバルブックのツールボックスを展開すると、ソートを選択し、レシピを素材別に並び替えてみた。
すると、レシピが「木」、「石」、「レンガ」というように、使われる素材別にリストが並び替えられる。さらに「建物」で絞ると、候補数はさらに減っていった。
「ふむふむ。大体こういうのって、木の次は石、最終的に鉄かコンクリートになるはずだけど……ランク付けは木、レンガ、石、そんで金属の順かぁ」
レシピを確認すると、建物は木材、レンガ、石材、鉄や鋼などの金属の順で建物のHPが高く設定されていた。最終段階の鋼鉄の壁のHPは1万を超えているが、レオが作った木の壁のHPはたったの300。比較すると、あまりにも貧弱だった。
「なんちゅう格差社会。でもこれ、後半になるとこのレベルの建物が必要になる敵が来るってことだよなぁ……。おぉ、怖い怖い」
レオが誰に言うでもなく嘯いていると、銀髪のポニーテールを揺らした霜華が、横からレオのサバイバルブックを覗いてきた。
「これを見ると、拠点を段階的に強化していく必要がありそうですね」
「あぁ。でも問題がひとつあってさ。――素材の調達方法が書いてないんだ」
「へ、それマジ?」
「マジマジ」
すっとんきょうな声を上げる結衣に、レオがさも当然といった様子で返した。
サバイバルブックには「ある欠点」があった。素材と作り方までは書いてあっても、素材の入手方法までは書いてなかったのだ。
「とはいえ、ある程度は勘で推測できるけどな。自分たちで作るタイプの素材は、必要な素材でだいたい見当がつく。たとえばこの、レンガ窯なんか、必要なのは木と石と土。で、この次のストーンカッター、石切場を作るのにレンガが必要になるんだ」
「ほうほう。ってことは、次はレンガのお家を目指すってこと?」
「そういうこと。だけど、土の調達方法がよくわかんないなぁ……」
「えー? 土なんて、テキトーにそこら辺を掘り返せばいいんじゃないの?」
「と、思うじゃん? ショベルがないと人は穴を掘れないんだぜ」
「むむむっ」
「まさか、素手でやってくれるんですか!! ありがとうございます!!」
「やるわけないっしょ!」
「なるほど、素手ですか……」
結衣とレオのやり取りを見て、ふと、霜華は何かに気づいたようだ。
「レオ先生、この検索の仕方だと、素材が必要ない建築物はリストから弾かれてしまいます。HPや必要工数で再ソートしてみてはどうでしょう?」
「あ、言われてみれば確かに。……おっ?!」
レオが再度レシピを並べ直すと、リストの最初のほうに「砕石」や「土の堀」といった、必要素材が書かれていない建築物がいくつか出てきた。
「これってもしかして……」
サバイバルブックを持ったまま、レオは建物の近くにあった石の塊の前に立つ。そして、サバイバルブックから「砕石」をえらぶと、淡く光るポリゴンの設計図が、自動的にレオの目の前の石の塊に重なった。そして、設計図の上には「工数0/100」の表示が浮かび上がった。
「もしかして、この工数を100にすれば、この石の塊が砕けるってことか?」
レオが試しに錆びた斧で石を叩いてみると、工数が10上がった。
「お、合ってるっぽい!」
「斧でできるなら、槍とか剣はどうなんだろうね?」
「やってみます?」
「あぁ。ちょっと借りるよ」
シルメリアがレオに代わって、槍で石を叩く。すると、作業工数工数が12上がって、合計22になった。
「お、俺よりちょっと高い! ってことは……」
「この工数、どうやら武器の扱いに慣れてると上がり幅が大きくなるみたいだね」
「あーなるほど。戦闘メンバーが建築できなくて、手が空くことはないってことか。ハトフロ運営が作ったにしては、よく練られた調整ですね」
「ほんとだね。説明もなし放り出すところはそのままだけど」
シルメリアが何度か槍を振り下ろすと、石の塊が真っ二つに割れた。すると、石の塊があった場所に、手頃なサイズの石がこんもりと山盛りになっていた。
「おぉー! これで石材ゲットですね。石はいいですよ。石斧やら石槍やら、石製のツールを作るのに使いますから。これでようやく原始人にランクアップです」
「ま、石よりは錆びた武器のほうがなんぼかマシだろうけど、自分たちで道具を用意できるようになったのは進歩だね」
「ですです!」
次にレオはサバイバルブックから「堀」を選んだ。このモートも、材料を必要とせず、必要なのは工数だけの建築物だった。必要な工数は、石の塊より多い150。軽くはないが、重すぎもしない。微妙なラインを攻めている。
堀の設計図は1メートルの正方形で、地面に置くとずん、と沈み込んだ。レオ一行が石の塊のときと同じように設計図を叩くと、工数がフルに埋まった瞬間に掘が出来上がり、堀のすぐ横に土の山ができた。
「おぉ! 土だ! 堀を作ったら土が出てきた!?」
「なるほど。堀を作る際には地面を掘るわけですから、必然的に土が手に入る。ノーマンズランドの世界では、〝堀を作る〟のが〝土を掘る〟にあたる行為な訳ですね」
「木、石、土。レオさん、これでレンガにアクセスする素材が集まったよ!」
「よし、あとはレンガ窯を作ってひたすらレンガを作っていくか……。結衣さんと霜華は燃料の調達、シルメリアさんとハナさんは堀を作ってください!」
「はい、任せてください!! 掘るのは大得意です!!」
ふんすふんすと、鼻息も荒くハナが意気込む。
まるで、「地面を掘りかえすことこそ我が使命」といわんばかりだ。
生物的本能に基づいている、といっても過言ではなかろう。
「拠点を囲む堀を作れば土を集まる。土があればレンガが作れる。レンガがあれば建物を新しくできる。まるで無駄がなくていい感じじゃないか」
「はい。堀で周囲を囲んだうえで、本拠点をレンガに強化できれば、もう夜の襲撃も怖くないですよ」
「だね。レオ、堀のレイアウトはどうしたらいい?」
「堀の幅とか囲み方ですよね。うーん……そうだなぁ。堀と建物の距離はそれなりに話しておきたいですよね。建物を拡張するのもそうですし、罠を置くスペースも必要ですから。だから……」
レオは建物の周りを歩いて、設計図を置いて回った。建物から5メートル離れた位置に、丁度コの字型になるようにして、ドアの方に掘の入口を設けた形だ。
「前方を広くとって、ここは罠と迎撃スペースにします。どうでしょう?」
「え、堀で全部囲まないですか?」
レオの設計を見たハナは顔に疑問を浮かべる。
が、一方のシルメリアは至極納得したという様子だ。
「レオの設計は後の事を見てるのさ。建物を全部囲んじまうと、後で建物を拡張する必要が出てきた時に、色々と作り直す必要が出てきて面倒だろ?」
「あ、そっか!」
「はい。堀を一方向開けておけば、この方向に向かって建物を伸ばすだけですから」
「それに建物を完全に囲むと、周り全部を見る必要が出てくるのもよくないね」
「……なるほど、レオ先生の作戦を理解しました。あえて堀を回避できる方向をつくり、ゾンビをそこに集中する。敵が集中するのは一見デメリットに見えますが、防衛側であるこちらも集中できるという利点があります」
「そうだ。昨日みたいにバラバラになって戦う必要がなくなる」
「よし、そうと決まったら……。ハナ、始めるよ!!」
「はいです!!」
ハナは剣を使って猛烈な勢いで堀を完成させていく。
まるでこれが彼女の天職のようだ。
「よーし、この調子でガンガン掘って、堀で拠点を囲むよ!」
「「おー!!」」
各々が手にした得物を天に掲げる。
曇天の空に赤茶けた武具が並ぶ姿は実に頼りない。しかし、動き始めたレオたちは、そんな頼りなさを吹き飛ばす勢いで作業に取り掛かった。
ノーマンズランドに人の息吹が根づき始めていた。
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なんかレオくんたちが普通にゲームしてて、なんかほっこりしちゃう…
せっかくのVRMMOなのに、君ら、レスバと権謀術数ばっかりやらされてたからな(
あ、全然関係ないんですけど、作っていたRimworldの騎士鎧(と、追加色々)MODをSteamに公開しました。GiltedKnightArmorで検索すると、多分出てくると思います。よろしくね!