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第七十八話 < ヤツらが押し寄せる音 >


 レオたちは家の中に閉じこもり、粗雑な木板のドアを閉めた。作ったばかりの扉は不揃いな木板によって隙間が生まれ、なんとも頼りない。斜めの筋交(すじか)いが入っているものの、素材は枯れ木の一歩手前だった木でしかない。どこまで耐えられるかは相手次第だった。


「……さて、何が来る?」


 松明に火を灯したレオは、ドアのすき間に顔を近づけてみる。わずかに開いた隙間からは、墨を流したような闇しか見えない。彼が作った建物に窓はなかった。周囲の状況を知ろうにも手立てがなく、完全に目隠しをされているような状態だった。


「夜になったけど、外の様子はまるでわからないな……」


「レオさん、窓つくればよかったね」


「やめときな。得体のしれないやつが入ってきたらどうすんのさ」


「う、それもそうか」


「なんかドキドキしますね!」


 落ち着きのない様子で、ハナが狭い家の中を回る。そのとき、扉についていたレオの鼻を、金属臭の混じった鋭い腐臭がついた。


「うえっ、なんだこの匂い……」


 反射的に手で鼻を覆うが、刺激をともなう腐敗の臭いはさらに強くなる。すると、どさり、と何かが落ちるような音と共に、猛烈な腐臭が扉の間から漂ってきた。


「……!」


 ドアのすき間の向こう側で、闇の中で質量を持った何かが動いている。それは粘着質な足音で、確かにこちらに向かってきていた。


「このひどい匂い、それに足音は……ゾンビか」


 ドアから漏れる光が建物を囲む「それ」の一部を明らかにした。オレンジ色の炎に照らしあげられたのは、元の色も定かでないほどに黒ずみ、ボロボロになった服を着た、動く死体の一団だった。


 さて、この世には「社会死」という言葉がある。


 この社会死とは、医師の診断を仰ぐまでもなく、その体の状態から、誰が見ても「死んでいる」と判断できる状態のことだ。


 例えば――ミイラ化している。頭がない。体が左右半分無くなっている、などだ。

 動く死体である彼らは、まさにその「社会死」の状態にあった。


 レオは飲み込むものもないのに喉をならす。


 ゾンビの緑がかった灰色の皮膚の裂けた間から、紫色に腐り果てた肉が見える。臭いのもとは間違いなく、彼の目の前にいる連中だ。


「シルメリアさん、ゾンビですよ!」


「数は?」


「わかりません。けど、かなり多そうです」


 ゾンビの声にならないうなり声がすでに森の小さな建物を取り囲んでいる。

 不意に「ずしゃり」という、水の入った袋を刺し、中身がこぼれるような音がした。建物の周りにならべた「ウッドスパイク」の罠に、ゾンビがかかったのだ。


 ウッドスパイクの先端は鎧も何も着ていないゾンビの体をたやすくつらぬいたが、不死者の動きは止まらない。そうやすやすと二度目の死を迎えてはくれないようだ。


 バキボキと、ウッドスパイクの尖らせた木の枝が折れる音と、ゾンビの湿り気のある音が小屋を包み込む。


 背筋に冷や汗を浮かべたレオは、そっとドアの隙間からゾンビの群れを覗く。


 ウッドスパイクは体を張ってゾンビを食い止めてくれているが、明らかに並べたスパイクの数よりも、現れたゾンビのほうが数が多い。


 ひとつのスパイクで大体2から3のゾンビを食い止め、倒している。

 しかし、ゾンビの勢いはゆっくりだが、止まってはいない。

 レオの目には突破されるのも時間の問題に見えた。


「ヤバイです! スパイク先輩よりゾンビの数のがめっちゃ多いです! スパイクで倒せてはいるみたいですけど、このままじゃ……」


 スパイクに突き刺さったゾンビのうめき声と腐臭が漂うなか、レオはのっぴきならぬ戦況を、建物の中のシルメリアたちに急ぎ伝えた。


「どーするのさ、防衛大臣(ぼーえーだいじん)!」


「せ、聖水! 聖水をつかうですか!?」


 武器をお守りのように抱えたハナがうろたえる。

 しかし、霜華が毅然として首を振った。


「いえ、まだです。聖水は建物に踏み込まれた時の最後の手段として残すべきです。スパイクが効いているのは確か。罠を追加で作って、時間を稼ぎましょう!」


「この期に及んで、まだケチるのぉ……?」


「結衣、ここは霜華が正しいよ。探索に行ってる途中、戻れなくなって夜になったらどうするのさ。聖水がなかったら、罠も無しにこれを相手するんだよ」


「う、言われてみればそうか……。聖水は緊急回避アイテムってことね」


「そういうこと。てなわけで――レオ、頼んだよ」


「やっぱり? うぉぉぉ!!! クラフト、クラフトぉぉぉ!!!」


 レオは急いで小屋の隅に積んだ枝を手に取り、錆びた剣で無心に枝を削り始めた。パリパリと木の繊維が削れる音が、ゾンビのうなり声と混じる中、罠製作スキルを向上させつつある彼の手は驚くほど素早く動く。そうしてスパイクトラップを一つ、また一つと仕上げ、建物の中に積み上げていった。


「よし、出来上がったこいつらを外に並べるよ!」


 そういってシルメリアは槍を逆さ、つまり、穂先のない石突きを前に出して飛び出した。ドアを勢いよく開けると、ゾンビの放つ腐臭が一気に小屋内に流れ込み、一行は思わず顔をしかめる。


 ゾンビの群れがすぐそこに迫り、ウッドスパイクに刺さった数体が身動きを取れずにうめいているが、後ろからさらにゾンビが押し寄せてきていた。


「さぁさぁ、おかわりを置くから、そこをどきな!」


 そういってシルメリアは槍を前に出して、ゾンビを追いやった。錆びているとはいえ、尖った穂先ではゾンビの体をどかす前に貫いてしまう。だからこその石突きだった。


「うわわっ、こっち来ないでくださーい!!」


 そう叫びながら、ハナは剣をブンブンと振り回す。勢いよく振られた鉄の刃は、ゾンビがぞんざいに前につき出す手をスパッと切り落とした。


 だが、地面に落ちたゾンビの腕は、胴体から離れたというのにまだ手を使って前に進もうとしていた。うごめく姿は芋虫めいて、なかなかに不気味だ。


 シルメリアは槍を突き出し、ゾンビの胸を突いて押し返す。霜華もそれを真似、的確にゾンビの膝を狙って関節を砕き、前に進む動きを食い止めていた。


「レオ、トラップはまだかい?!」


「できました! こちらご注文のお品物になりまぁす!!!」


 レオは完成したスパイクトラップをドアの外に投げ込み、地面に突き刺した。

 すると前進してきたゾンビがスパイクトラップに引っかかり、グチャリと不快な音を立てて動きを止める。だが、松明の光に照らし出されるゾンビの数はまだまだ多く、さらには仲間の死体を使い、スパイクを乗り越えてくる個体も現れた。


「くそっ、このスパイクだけじゃ足りないか!?」


「まだまだ客は尽きそうにないね。追加注文だよ!」


「レオ店長! ゾンビさんの追加オーダー、さらに10はいりまーす!」


「チキショー!!!!」


 レオはさらに枝を削りながら叫ぶ。汗と腐臭で目がチカチカするが、手を止めるわけにはいかない。


「レオ先生、ヤケにならないでください! ゾンビの動きは遅い。スパイクで足止めしつつ、私たちが数を減らせば拠点は必ず守りきれます!」


「そうありたいね……と!」


 シルメリアが槍でゾンビの頭を叩き潰し、骨と腐った肉が飛び散る。ハナは「うわっ、きちゃないです!」と叫びながらも、剣でゾンビを真っ二つに叩き切っていた。この二人に関しては、足止めという概念はあって無きに等しいようだ。


「頭が無くとも動ける個体がいるということは、ノーマンズランドのゾンビは頭が弱点ではないようですね。トドメを狙うなら、胸と腰の破壊を優先してください」


「へぇ、どうしてだい?」


「ゾンビの胸部を破壊すれば、それに繋がっている両腕も無力化できます。腰も同じで、両脚をくじけます。地面に転がった腕はたいした脅威ではありません」


「なるほどね」


 一行は息つく暇もなく戦い続ける。レオはスパイクトラップを次々と作り、シルメリアとハナがゾンビを破壊しながら設置スペースを確保、霜華と結衣はゾンビを足止めし、罠に到達するゾンビの数をコントロールしていく。


 トラップに刺さったゾンビのうめき声に混じる、湿ったような肉の音。骨が砕かれる軽快な音がアクセントとなり、深夜の戦いは果てしなく続くように感じられた。


 だが、どれだけ時間が経ったか――空がわずかに明るくなり始めた。灰色の空にうっすらと赤光が差し、ゾンビの動きが急に緩慢になる。


「「ウ・ウァァァァァァァ……」」


 スパイクトラップに刺さったゾンビたちが、まるで力を失ったようにガクンとうなだれ、その身体が灰となって崩れ落ちていった。朝焼けが森の底を照らしあげると、ゾンビの群れは一瞬にして灰となって消滅してしまった。


「ぜぇ…ぜぇ……。お、終わった、のか……?」


 激務に息を切らしたレオが、最後の一本となった枝を木の床に転がした。ゾンビの腐臭は次第に遠ざかり、死の夜を生き延びた安堵感が彼を包みこんでいた。


「なるほど……夜にやって来たアンデッドは、朝日を受けると消滅するようですね。しかし、これだけの数が毎晩来るとなると、もっと強固な防衛が必要そうです」


「だな。素材が許すなら、壁や堀も欲しいところだな」


「そこまでくると、ちょっとした城か要塞だね」


 霜華が小屋の周囲を見回し、半分崩壊したスパイクトラップに歩み寄ると、その下に散らばる元ゾンビの灰に指をやった。


「灰が残りましたか。何かに使えそうですね」


「まさかだけど……作物を育てる肥料にするとか言わないよな?」


「そうだよ霜華ちゃん。それって、間接的な食人(カニバル)になるよ……」


「心理的抵抗があるなら、これで育てた作物は家畜のエサにしますか?」


「ワンクッション挟めば良し! ……なわけあるかぁ!」


「まぁ、ひとまず取っておいて、使い道はあとで探せばいいんじゃないかね? あ、食い物関係には使うのは、アタシもNGだ」


「そうですか……」


「残念そうにしないで。怖いから」


 朝日が森を照らし、小屋の周りは静けさを取り戻していた。

 スパイクトラップにはゾンビの服の切れ端が引っかかり、物騒な雰囲気が残る。


 が、一行の心は、ひとまず生き延びた安堵に満ちていた。

 レオはサバイバルブックを開き、次の計画を立て始めることにした。





※作者コメント※

先日のガンダムでXが阿鼻叫喚になってて草

誰がこんなの予想できるというのか…

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