第七十七話 ここをキャンプ地とする!
期せずして聖水を得たレオ一行は、神殿を出て、新たに拠点となる場所を探すことにした。灰の大地を進むレオの歩みは、こころなしか足早だ。
「さて、聖水と斧が手に入ったのはいいとして……やっぱり拠点ですね」
「はい! おうちは大事ですね!!」
「そうだね。なるはやで足がかりは用意したいね」
「単純に外が危険ってのもあるんですが……問題は環境なんですよねぇ」
「だねー。なんていうか……臭いよね」
ノーマンズランドの空気は酸っぱい腐臭が漂うだけではなく、どこか鉄っぽく、砂の混じったようなざらついた感覚がある。レオ一行は、屋外で肌をさらしているだけでも、耐え難い不快感を味わっていたのだ。
「一刻も早く、屋根と壁のある場所に逃げ込みたいですよ」
「あの神殿は拠点にできないのかね?」
「あそこはダメですね。開始地点を出たばかりの俺たちがすぐ見つけられたくらいです。さすがに人目がつきすぎます」
「それもそうだね……」
「でも、不便すぎる場所もアレだよねー」
「そうですね。安全でも建築のための資材が手に入らないんじゃ、本末転倒ですから……できれば森の近くがいいですね」
「レオ先生の仰るとおりです。いくら安全でも、建物や罠が作れず丸裸では意味がありません。拠点の立地は、他のプレイヤーが欲しがるか欲しがらないか、微妙なバランスにあることが重要ですね」
「駅近だけどやたらうるさいとか、静かだけど近くにお店がない、みたいな?」
「そうです。拠点が〝快適過ぎる〟と、他のプレイヤーと争奪戦になる可能性が極めて高くなります。何かしら欠点のある立地が良いでしょう」
「なるほどね。資源は手に入るけどやたらと敵が来るとか、拠点にひとクセあれば、乗っ取ろうっていう気も失せるわけだ」
「ふむふむ……。そもそも、最初に作った拠点ひとつでなんとかなるとは思えないし、仮拠点なら多少問題があってもいいかな?」
「ノーマンズランドは始めてなんだから、色々不都合が出るのは当たり前。となれば、今日作る拠点は単に踏み台にするってのもアリだね」
シルメリアの割り切った考えは、現状に即した現実的なものだ。
いきなり城を建てることを目指す必要はない。レオは頷く。
「そうですね。いざとなったら取り壊して、別の場所で建て替えすればいいんです」
「レオ先生、ここは建築資材優先で行きましょう。サバイバルブックによると、壁や屋根を作るのには木材が必要です。つまり、探すべきは森の近くですね」
「森の近くって言っても、この辺、木らしい木が見当たらないんだよなぁ……」
レオが周囲を見回しながら呟くと、ハナが錆びた槍の石突を地面に突き立てて、遠くの地平線を指差した。
「あ!! あそこ、なんか緑っぽい影が見えますよ!!」
「マジ!?……ほんとだ!」
「森かどうかは分からないけど、行ってみる価値はあるんじゃない?」
「いってみましょー!!」
ハナが目を輝かせ、元気よく手を振る。灰色の空の下でも輝きを失わない彼女の明るさが、どんよりとした空気を少しだけ和らげるようだった。
一行は灰色の大地を抜け、ハナが指さした緑の影を目指して歩みを進める。道中、地面に散らばる小さな岩や、風化した骨のような破片が目につく。ノーマンズランドの荒涼とした風景は、まるで世界が死に絶えた後のような寂寥感を漂わせていた。
やがて、緑の影が徐々に鮮明になり、背の低い木々が点在する、小さな森が姿を現した。森といっても、葉は黄色みがかっており、幹の表面はひび割れている。まるで長年の水不足に耐えかねような痩せた姿だった。
それでも、木々の間には小さな溪流が流れ、かすかに水の音が聞こえた。森の入り口には、倒れた石柱が半ば土に埋もれ、かつての文明の痕跡を残していた。
「森っていうより林ですけど、悪くないですね」
レオが身じろぎするように梢を揺らす木の幹に触れながら言う。手に返ってくる感触は乾いてザラザラで、生きているのか死んでいるのか、まるで分からなかった。
「水があるのはデカいよレオさん! 調理や錬金にいくらでも使うし!」
「ですね。サバイバルブックによれば、水って結構使い道がありそうなんですよね。バフアイテムのお茶にしたり、中間素材のクラフトにも使うみたいです」
シルメリアが溪流に近づき、水の流れを確かめる。
透明だが、わずかに鉄のような匂いが漂う水面に、彼女は少し眉をひそめた。
「まぁ、使う前にちゃんと調べないとだけどね」
「よーし、ここをキャンプ地とする!」
「「おー!!」」
「では皆さん、これから俺の言うことをよーく聞いて下さい。まず、家を建てます!サバイバルブックによると、寝床には葉っぱと枝、木の壁には丸太が必要です!」
「ハナは葉っぱ集めます!!」
「ハナさんだけだと心配ですし、私も集めて回ります」
「頼めるか霜華」
「じゃあアタシと結衣は枝を拾って回ろうか。丸太は斧を持ってるレオの担当だね」
「あれ、もしかして俺が一番の重労働……?」
「よーし、じゃあ皆、作業開始だよ!」
「ちょっとぉ! 俺ひとりで切るんですか?!」
「んなこと言ったって、斧は一本しか無いんだし……」
「仕方ないかぁ……」
レオは渋々、錆びた斧を手近な木に振り下ろす。ガツンという小気味の良い音と共に、乾いて荒々しくなった樹皮が削れ、細かい木片が飛び散った。
「おっ? おぉ?」
斧を振り下ろし続けると、またたく間に木の幹にくさび状の切り口が幹に出来上がった。あとは切り進めた反対側から斜めの切り口を加えるだけだ。そうすればくさびに誘われて、木は自身の重みで勝手に倒れていくはずだ。
「それっ!」
気合を込めた斧の一撃をレオがくわえると、パキパキという木の繊維が割れる音とともに幹が傾き、梢を揺らした木がゆっくりと地面に横たわった。
「コイツ、錆びてるくせに結構いけるな。意外とサクサク集められるかも……?」
伐採にかかった時間はほんの数分だ。これなら斧が一本でも十分木を集められるだろう。この伐採は、木材を集めるのもそうだが、拠点を建てる場所を確保するのも兼ねている。レオは森の木々を四角い範囲で伐採して回った。
「おりゃりゃりゃー!」
しばらく伐採して回っていると、素材収集に回っていた他のメンバーが戻ってきた。ハナと霜華は両手いっぱいに木の葉を抱え、シルメリアと結衣は、ツタで結わえられ、俵のようになった薪を持って帰って来た。
「ただいまですー!!!」
「お、きれいになったじゃーん!」
「ふぅ、どうです! これなら拠点を建てるのに十分なスペースがありますよ!」
「よし、なら早速建築に取り掛かろうか。もう日も傾き始めてるからね」
「……そうですね。もうあまり時間がなさそうだ」
レオがちらりと見上げると、灰色の空がうっすらと赤みを増している。
夜の帳が降りるのにそこまで時間は必要ないだろう。
サバイバルブックを片手に持ち、レオは斧を丸太に入れる。すると丸太がパカリと割れ、何枚かの木板になった。
「一回しか斧を振ってないのに、どうして聞いたが何枚も……」
「こういうとこはゲーム的だよねー。さて、クラフト、フラクトっと」
一行は手分けして素材を加工していく。ノーマンズランドの建築システムは、そう難しいものではない。サバイバルブックを使って、ゲーム世界に半透明の設計図を配置する。後はその設計図に素材を叩き込むことで実体化する。
レオは森の片隅に小屋の設計図を配置した。サバイバルブックに載っている初歩の建築物だ。設置した設計図に出来上がった素材が積み上げられていくと、ほどなくして森の片隅に小さな一軒家が現れた。
「よーし、完成!!!」
「「ぱちぱちぱち」」
建物が出来上がると、一行の中から自然と拍手が上がった。しかし、建物ができあがったというのに、レオはその手を休める様子はなかった。彼は斧をさげると、錆びた剣を手にとって、枝を使って何かを始めた。
「あれ? 家ができたのに、次は何を始めたの?」
「家を作ったら、今度はその家を守らなきゃいけないですからね……。
よし! まず1個目完成!」
そういって彼が地面に置いたのは、一本の枝を軸にして、先を剣で削って尖らせた枝を結びつけてまとめて自立するようにした「スパイクトラップ」だった。
見るからに凶悪な見た目をしているトゲトゲに死角は無い。
考えもなしに飛び込んだら、大怪我間違いなしだ。
「そういえばエンリコさんの話に、夜になるとアンデッドがやって来るみたいなアレがあったっけ。でもレオさん、さっき拾ったばっかの聖水があるじゃん」
「結衣さん、神殿で手に入れた分を含めても聖水は2日分しかないんです。明日になっても泉が復活してなかったら……」
「……どう考えても足らないね」
「もしかして……聖水は毎日使うようなアイテムじゃなかった、ってこと?」
「はい。その可能性大なんですよ。なのでいったんメンバーの確認を取りたいんですが、初日は聖水を使わず、何が起きるか様子を見てみませんか?」
「アタシは賛成だね。勘だけど、聖水って非常用アイテムじゃないかね?」
「私もレオ先生の意見に賛成です。判明している聖水の希少さに比べ、ノーマンズランドの脅威度が不明です。聖水の費用対効果を判定するためにも、初日は様子を見るべきでしょう」
「うーん……マジでアンデッドの襲撃が手に負えなかった場合は、聖水使うよね?」
「はい。無理そうなら拠点が壊される前に聖水を撒くつもりです」
「なら、レオさんに賛成かな」
「わ、わたしもー!!」
「よし、決まりですね。スパイクを作って家の周りに並べましょう」
「任せな。枝が足りないようなら、まだまだ落ちてたから集めてくるよ」
「お願いできますか、シルメリアさん?」
「あいよ! ハナ、アンタも手伝いな。手を使うより走り回るのは得意だろ?」
「はいです!!」
レオは錆びた剣を手に、枝を一つ一つ丁寧に削りながらスパイクトラップを量産していく。剣の刃は錆びついているが、枝を尖らせる程度には十分な切れ味を保っていた。レオのなれた手つきによって尖った枝が次々と出来上がる。
そして枝を束ね、ツタで縛って固定し、自立するように地面に突き刺す。こうして、トゲトゲの「スパイクトラップ」が一つ、また一つと完成していった。
スパイクトラップは、見た目は原始的だが、鋭い枝が四方八方に突き出し、近づく者を拒む凶悪な雰囲気を放つ。尖った先端は、ノーマンズランドの薄光を受け、生木の白色もあって、まるで獣の牙のように見えた。
レオは完成したトラップを小屋の周囲に戦略的に配置していく。入り口から少し離れた場所に家を取り囲むように並べ、敵が迂回しにくいように間隔を調整した。
「頼むぜ、スパイク先輩」
夜の帳が落ち、世界から光が消える。
――ノーマンズランドで、始めての夜が来た。
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< やつらが押し寄せてくる音 >
7dtd、テラリア、マインクラフト…
クラフトゲー最初の夜はだいたい大惨事になるよね(作者の体験談