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第六話 君つくる人、僕うばう人

 次にレオが向き合ったのは、クロウのための武器だ。


 毒アーチャーであるクロウは、投げナイフとクロスボウを巧みに使い分けるが、どうしても射程の「隙間(すきま)」が生じていた。毒ナイフは射程が短く、毒の効果が切れるたびに敵に近づく必要がある。


 そこから離れてクロスボウに持ち替えれば強力だが、その「間」がどうしても無駄になる瞬間だった。欠点らしい欠点のない毒アーチャーの、唯一の泣き所と言ってよかった。


 レオは目を細め、アビスマイトを手に取った。


 手の中の闇――黒紫の輝きを放つその鉱石は、まるで夜空を閉じ込めたような不思議な魅力に満ちており、レオを一瞬見惚(みほ)れさせた。


「毒ナイフの目的はダメージじゃない。威力より飛距離と精度を伸ばそう」


 鍛冶メニューを開いたレオは、深淵鉱石(アビスマイト)を炉に放り込み、鉄床の上で叩き始める。


 ハンマーが振り下ろされるたび、星空のように光る欠片が虹色の火花を散らし、レオの目を楽しませた。


 単純作業になりがちな鍛冶で、こんなことがあるとは。


 レオの頬がひとりでに笑みで上がる。『ハート・オブ・フロンティア』には、彼が知らない驚きがまだまだ隠れているらしい。


 レオは武器タイプとして「チャクラム」を選んだ。威力は低いが射程に優れ、精度の調整がしやすい投擲武器だ。その形は、中央に穴の空いたドーナツ状で、ナイフというよりフリスビーに近い。


 クロウの軽快な動きと毒使いのスタイルに合うと確信した彼は、アビスマイトを溶かし、薄く鋭い円盤状に仕上げていく。叩くたびに金属がうなり、黒紫色の光が鉄床の上をパチパチと踊った。


「んん……?」


チャクラムに付与するルーンを選ぼうとした時、レオは見慣れないものに気づいた。「深淵渡り(アビスウォーカー)」――これまで一度も見たことのないルーンだ。


 興味をそそられた彼は、ネットで調べてみることにした。しかし、検索結果は生成AIが作り出した冗長で中身のない記事ばかり。


 内容もサイトごとにバラバラで、AIのハルシネーションに振り回される。

 「駄目だこりゃ」とサイトを閉じ、レオは調べるのを諦めた。


「んー……最終手段だな。直接ルーンのデータを覗いてみよう」


 彼は武具の「高度な編集」画面を開き、プログラム入力欄に目を向けた。

 『ハート・オブ・フロンティア』では、天匠レベルの鍛冶屋に限り、開発者ツールに近い機能が解放される。レオはそこに「rune analyze」と打ち込み、さらに解析対象として「abyss walker」を指定した。画面に流れる大量のコードの間を埋めるように、彼は慣れた手つきでコマンドを追加していく。


「おや、武器を使うごとに視覚エフェクトを実行するように参照してるな。エフェクトのIDは……うわ、処理直打ち? こっちとしちゃ助かるけど、よくやるよ」


 独り言を呟きながら、レオはコードを読み解いていく。どうやら「深淵渡り」は、投擲時にチャクラムが一時的に視界から消え、数瞬後に再出現する特性を持っているらしい。アビス鉱石の「隠れる」性質と連動した効果のようだ。


「こりゃいいや。クロウの暗殺戦法にぴったりじゃないか」


 レオの目に興奮の色が宿る。彼はチャクラムに「深淵渡り(アビスウォーカー)」を刻み込み、さらに毒の効果を強化するルーン、「毒殺魔」を追加した。


 完成したチャクラムは、投げると回転しながら空を切り裂き、飛翔中に姿を消す。敵の視界から消えた瞬間、毒に染まった刃が再出現し、正確に急所を(とら)える――そんな武器だ。


 試しにレオが鍛冶場の壁に向かって投げてみると、チャクラムはシュッと音を立てて消え、次の瞬間には壁に深々と突き刺さっていた。


「ヒューッ! あ、しまった。あとで壁紙修理しないと……」


 最後にレオが取り掛かったのは、リリィの装備だ。

 彼女の巨大な戦斧(ピザカッター)はすでに圧倒的な破壊力を持っている。正直言ってレオにも改良の余地を見つけるのが難しかった。


 純戦士であるリリィのスタイルはシンプルだ。ただひたすらに火力を高め、眼前の敵に叩き込む。すでに完成されすぎていて、伸びしろが少ないともいえた。


「うーん。どうしよっかなー。リリィの斧をこれ以上強くしたら、俺の鍛冶場がぶっ壊されそうだしなぁ」


 苦笑しながら、レオはリリィのことを思い出す。彼女が修理が終わったピザカッターを振り回していた姿を頭に浮かべていた彼は、あることに気づいた。


 最初に渡された斧は破損寸前だった。

 いくらPKとはいえ、あの壊れっぷりは度を越している。


 「なるほど。やるとしたらここか?」


 閃きを得たレオは、ドラゴンハートを手に取った。


 ドラゴンハートは溶岩のような見た目で、脈打つような赤い輝きを放つ。触れると微かな熱を感じる不思議な鉱石だ。


 さて、『ハート・オブ・フロンティア』には、武器にアタッチメントを装着できるシステムがある。クロスボウの射程を延ばすスコープや、シルメリアが愛用するレイピアの鞘、矢筒などもその一種だ。


 ただし、アタッチメントは武器の性能を直接強化するものではなく、矢の消耗を抑えたり、耐久性を長持ちさせたりといった補助的な役割に限られる。ルーンも独特で、メイン武器とは異なる「少し変わった」効果が揃っている。


 レオが今回選んだのは、その中でも異端扱いされる「耐久力再生」だ。


「普通のプレイヤーなら外れ効果だけど、リリィなら役立つはずだ」


 耐久力再生が「外れ」と呼ばれる理由は単純だ。単純に〝意味がない〟。


 耐久力再生は、武器やアタッチメントの耐久値を時間で回復させる効果だが、ほとんどのプレイヤーは戦闘中に武器の耐久力など気にしていない。


 そもそも戦闘後に修理すれば済む話だ。わざわざ貴重なルーンスロットを消費する価値はない。無駄、産廃、と、ネットの掲示板でも散々叩かれている。


 だが、別の視点で見ればレオは最高の一手を打っていた。


 彼は知らないが、リリィが純戦士として使うスキルの中には、強力な代わりに武器の耐久値を大きく削るものがある。例えば「クラッシング・ブロウ」。斧を全力で振り回して敵に連撃を食らわせる技だが、一発ごとに武器がきしみ、耐久値が目に見えて減っていく。


 リリィの役目は前衛であり、敵を殲滅するまで止まれない。

 連戦で斧がボロボロになるのも無理はなかった。


(武器の耐久力に不安がなくなれば、リリィはもっと活躍できるはずだ。)


 そう確信したレオは、ドラゴンハートの再生力を利用し、ピザカッター用のアタッチメントとして「メルトストーン」を作り上げた。


 設計自体はシンプルだが効果的だ。装着すると、斧の刃に沿って砥石が配置され、戦闘中でも常に刃を研ぎ続ける。ドラゴンハートの脈動が砥石に力を与え、耐久値を回復しつつ、刃先には炎が宿る仕掛けだ。


「よし、鉄のインゴットで試し切りしてみるか」


 棚に置いてあった適当な斧にアタッチメントをつけて試してみると、斧の刃先が軽く触れただけで赤い火花が散り、分厚い鉄の塊が真っ二つに裂けた。


「これなら連戦だって怖くない。自己鍛造刃か。いいじゃないか」


 レオは満足そうに完成品を眺めた。炎をまとった刃が微かに唸り、ドラゴンハートの赤い輝きが刃を赤熱させ活力を与えていた。


 リリィがこれを手に持てば、戦場でどれだけの敵を喰らい尽くすだろう――

 想像するだけでレオの鍛冶屋としての血が騒いだ。


 3つの装備が完成し、レオは額の汗を拭いながら一息ついた。

 そうして作業台に並んだ完成品を片付けようとした、その時だった。


 平原の向こうから馬の蹄の音が聞こえてくる。それも一つや二つではない。地鳴りのような音を立て、十数騎の白ずくめの一団が彼の店の前に集まってきていた。


 白いマントに銀色のプレートメイル。染めることができる布の装備のほとんどを白色にした異様な集団はPKKプレイヤーキラーズキラー「ホワイト・ジャッジメント」の面々だった。


 PKK、プレイヤーキラーキラー(Player Killer Killer)とは、PKを攻撃、殺害するプレイヤー、およびプレイスタイルのことだ。ハート・オブ・フロンティアでは、新規プレイヤーや、生産職などの戦えない職業をしているプレイヤーを守るために個人、集団単位でPKKが行われている。


 集団の戦闘に立つのは全身を見事なプレートアーマーに身を包んだ男だ。

 リーダーらしきその男は馬を進め、金床の前で凍りつくレオを威圧的に見下した。


「お前が例の鍛冶屋か」


 リーダーらしき男が口を開いた。

 声には有無を言わせぬ迫力があり、レオの背筋に冷たいものが走る。


「その武具、我々の〝正義〟に捧げるべきだ。さあ、差し出せ。」



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