第七十六話 真実はひっくり返して明らかに
ゲームの謎解きって、塩梅が難しいですよね。ちょっと考えさせて、それでいて誰にでも解ける内容にしないといけないから…
スケルトンの振りかぶった直剣が振り下ろされる。
ひどく錆つき、光を失った切っ先がシルメリアに向かう。
「――ハッ!」
が、彼女は白木の槍の先で剣を弾いて逸らす。いくら装備が貧弱でも、相手はスケルトン。ブリトンの〝スケさん墓場〟にでてくるスケルトンがそうであるように、スケルトンは、布の服とダガー一本でも対等に戦えるモンスタ―だ。木槍一本でも遅れは取らず、十分に相手できた。
「そこ!」
シルメリアは木槍をしごくように突き出し、肋骨の中心にある胸骨を突く。刺突の衝撃で肋骨と鎖骨が弾け飛び、十数本の骨が軽い音をたてて石床の上を転がった。
鎖骨を失えば、肩は腕を支えられなくなる。スケルトンは腕ごと剣を取り落とし、背骨だけになった。そこにとどめを刺すべく、シルメリアの容赦のない追撃が襲う。
彼女は槍を横薙ぎに振るい、ゆるやかに湾曲する背骨を半ばから叩き折る。上体を吹き飛ばされ、支えを失った頭蓋骨が床に落ち、続いて全身が崩れ落ちた。
「よし、まず一体!」
「おぉ、さっすがシル!
「木の槍一本でたおしちゃった……」
「ちょっと目が光ってるだけで、強さは大したことないね。ノーマンズランドでもスケルトンは本家ハトフロと変わらない強さみたいだよ」
「す、すごいです~!!」
ハナはスケルトンを瞬殺した彼女に憧れの混じったキラキラとした瞳を送る。
シルメリアはどこかやりにくそうだ。
「……ったく。アタシにばっかりやらせてないで、アンタも手伝いな」
そういって彼女は、足元に落ちた錆びた直剣をハナのほうへ向かって蹴り出した。赤錆に覆われたショートソードが石床の上をくるくると回りながら滑り、ハナの足元まで届けられた。
「……!!! はいです!!」
剣を拾い上げたハナは、リードを外された子犬のように戦場に飛び込んだ。地面を蹴り、金色の弾丸となった彼女は、体当たりでスケルトンを蹴散らした。
「ハナさーん!! 剣! 剣使うの忘れてるよ!」
「ハッ! そうでした!!」
レオに言われて思い出したようにハナは剣を振るう。が、明らかに拳の部分で殴っている。スキルに依存するハトフロ本編とは異なり、ノーマンズランドでは、装備=ステータスとなる。なのでハナの行動はゲームの仕様上は間違ってない。
が、レオは何か、もっと根本のところで間違っている気がしていた。
「うーん、惜しい! もうちょっと先を使うんだけどなぁ……」
「ハナちゃんの戦い方ってパワー系っていうか、野性味あるよねぇ」
戦い方はともかく、スケルトンは着々と数を減らしている。しばらくして、隠し通路から出てきたスケさんは全滅し、剥ぎ取りタイムとあいなった。
スケルトンは防具らしい防具を一切身につけていなかったので、防具はない。
主たる戦利品は、彼らが使っていた錆びた武器だった。
「スケルトンの持ってる武器、錆びてるけどまだ使えるみたいですね」
「錆びてようが何だろうが、武器らしい武器が無い今はありがたいね」
レオ一行は、スケルトンが持っていた錆びた剣と槍、斧を回収した。なかでもとりわけレオの興味を引いたのは、一体のスケルトンが持っていた〝斧〟だった。
「まったく期待してなかったですけど、まさか斧が手に入るなんて。最高ですね!」
そういってレオは斧を肩にかつぐ。しかし、シルメリアを始めとした他のメンバーは、錆びた斧の何がそんなに良いのか、思い至らない様子だった。
「レオ、その錆びた斧の何がいいんだい?」
「あ、威力とか?」
「いえいえ、木材の入手に使えるじゃないですか。この手のゲームシステムなら、他にもマップにある家具を解体して資材を回収できるはずです」
「なるほど。ツールとしての用途ですか。たしかに斧は最重要ですね」
「フッ。スケルトン、そして、錆びた斧! この私、エドガー・ミストウォーカーは全てを見通していたぞ。常に正解を引くばかりが人生における答えではない!」
「さすが先生! 深いです!」
戦いが始まってからというもの、ずっと台座の奥に隠れていたエドガーとボーエンがようやく姿を現した。エドガーは中折れ帽をなおしながら、それっぽい格言で自身の間違えを正当化していた。転んでもただでは起きないらしい。
「ただの偶然だろ」
「はい。たしかに斧が手に入ったのは、スケルトンの罠を上回る大きなメリットでしたが、結果論でしかありません。不正解は不正解です」
「フフ、さすが我がライバルの霜華・エヴァーウィンター。手厳しいな」
「誰がライバルですか。勝手に変な二つ名つけないでください」
「ま、エドガーくらい図太い性格なら、多少は楽な人生を送れるだろうね」
「それはそうとして、仕掛けはどうしましょう?」
「うーん……台風と川はダメだったんだよね?」
「壁画の所に戻って、もう一度考えなおしてみますか」
レオ一行は壁画があった広間まで引き返し、ふたたび、壁画と共にタブレットの文様を確認することにした。
「えーっと……まずはタブレットの種類をもう一度確認して、それぞれ何を示しているのか、それを推測していきましょう」
「そうだね。何か思い違いがあるかも知れないよ」
レオはボーエンからタブレットを受け取り、石床の上にならべた。
1つめ、3つ縦にならんだ波線図案。
2つめ、涙のような雫の形の図案。
3つめ、渦巻きの図案。
4つめ、郵便番号のような、Tの上に横線が並んだ図案。
「それで、ここからどうするんだい?」
「壁画の碑文は『海はやがて風になり、―となって――に降り注ぎ、我らに恵みを与えん』でしたね。だとすると……」
レオは1つめの波線図案を横に傾けた。
「このタブレットの温泉マークの湯気みたいな文様、こうして横にすると波、つまり『海』に見えませんか?」
「なるほど。海はすでに碑文の中にある。重複するとは考えにくいね」
「です。なのでこの図案はダミーの可能性が高い。つぎにこの雫の形、これは水滴マークとして見るのがいいでしょう。これはきっと『水』、あるいは『雨』ですね」
「じゃあ、1つ目のタブレットはこれじゃない? 海はやがて風になり、『水』となって、ならつながるよ」
「そうか、水蒸気の循環だね?」
「はい。これが確定とすると、後は渦巻きか郵便番号が答えになるわけですが……」
「どっちも答えっぽくないね。渦巻きは『台風』……いや、『風』? こっちの郵便番号にいたっては、何なのか想像もつかないよ」
「そうなんですよ。タブレット、実はもう一個あったりしませんかね?」
「「うーん…………。」」
レオたちが腕を組んで唸るなか、壁画を見ていたボーエンは、何かに気づいたようにメガネをくいっと持ち上げた。
「こうですかね……」
そういって彼女は床にあった破片のひとつを壁のひび割れにはめこんだ。
すると、草原が描かれた壁画の上に、白い塔が現れた。草原の壁画は、ノーマンズランドにかつて存在した帝国の姿を描いたものだったらしい。
「塔……そういえば夢の中にも白くてでっかい塔が――あ!」
『それ』に気づいたレオは、郵便番号のタブレットの天地をくるっと回転させる。
そして、そのタブレットを壁の壁画と示し合わせた。
「そうか、平行線は地面。縦の棒は地面から伸びる「塔」を描いたものだったんだ」
「ってことは……そのタブレットは郵便番号じゃなくて、『大地』か『帝国』を描いたものだった、ってことかね?」
「『海はやがて風になり、〝雨〟となって〝大地〟に降り注ぎ、我らに恵みを与えん』レオ先生のタブレットは、削り取られた碑文の長さとも一致します」
「ってことは……正解はこれか!」
レオは「雨」と「大地」のタブレットを手にとり、走り出した。そして、タブレット神殿の台座にはめると、神殿の壁のひとつが動き出した。
ゴゴゴという重々しい音が神殿内に響き、壁がゆっくりと持ち上がる。隠し扉の奥から、かすかな水音と湿った空気が漂ってくる。埃っぽい廃墟の空気とは異なる、どこか清涼な気配に、一行は思わず身を乗り出した。
「これはアタリの気配がするね」
「さすがレオさん! 遺跡の謎を解いちゃったです!」
はしゃぐハナをよそに、シルメリアは槍を握り直し、霜華は冷静に周囲を観察していた。スケルトンが現れる気配はない。
彼らが立ち止まっていると、これを機と見たのか、いつものように大仰にコートの裾をひすがえしたエドガーが、ボーエンを従えて堂々と先頭に立った。
「ふむ、諸君、真実の泉はすぐそこだ! ついてきたまえ!」
「まーた始まった。」
「好都合です。罠とかそこらへんの露払いを頼みましょう」
「霜華ちゃん辛辣ぅ!」
「アイツの扱い、だんだん雑になってないかね……」
一行が隠し扉の奥に足を踏み入れると、薄暗い通路の先に、広々とした円形の部屋が現れた。部屋の中央には、乾いた大理石でできた、盃型の噴水が佇んでいた。噴水は、かつては壮麗だったであろう彫刻が施された円形の水盆で、中心には意匠化された塔の像が建っている。塔の表面には、ひび割れが刻まれ、長い年月を感じさせる。
だが、最も目を引くのは、大理石の塔からわずかに染み出す水だった。透明で、まるで光を宿したかのようにキラキラと輝く聖水が、細い筋となって大理石の表面を滑り、水盆の底に小さな水たまりを作っていた。
水たまりはごく浅い。ファウンテンの周囲には、かつて水が豊かに流れていたであろう証が水垢として残っているが、今は物寂しい有り様だ。
「これがエンリコさんの言ってた聖水の泉か?」
「みたいだね。さっそく聖水を持って帰ろうか」
「そうですね。えーっと……」
レオが噴水のある隠し部屋見回すと、噴水の足元に「これを使いなさい」と言わんばかりに、小さなフラスコがこれみよがしに置いてあった。
「おっ、これ使えそう!」
「ガーディアンに加えて入れ物まで用意するなんて、用意のいいこったね」
フラスコを水盆の中で泳がせると、溜まっていた聖水は、ちょうどフラスコ2本分になった。一本が1日分とすると、手持ちと合わせてこれで3日分となるだろう。
しかし、そこはレオ。彼は聖水を独り占めする気はなかった。
「よし、持ってけよエドガー。役に立ってないけど、一応協力したわけだし」
「フッ、よかろう。またもや霧の中に隠れた真実を明らかにしてしまったな」
「さっすが先生です!」
「貴方の自信がいったいどこからくるのか、それが一番の謎ですよ」
「ふ、憎まれ口はよせ、エヴァーウィンター。今回は引き分けだな」
「あなたのコールド負けですよ」
といった心温まるやり取りを交わしつつ、レオ一行はエドガー・ミストウォ―カーと別れ、新たに拠点を作る場所を探すのであった。
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エドガーにしては、霜華・エヴァーウィンターとかちょっと上手いこというじゃん…
この神殿を再び訪れるか不明だけど、このスケルトンの罠、間違えるたびに無限に現れる仕様だと、稼ぎに使えるな……。錆びた武器を溶かして、無限に鉄を入手とかできそうですね。