第七十四話 霧の向こうにヤツがいる
出待ちPKにはインガオホー。
エドガー再登場ですが、今回はちゃんと役に立つのかなぁ…?
ノーマンズランドのクラフト要素は、ハトフロ本編と異なり、マイクラとThe Forestを混ぜたようなシステムになっているようです。
(なぜだろう。クラフトのシャキーンの音の幻聴が聞こえてくる…)
灰色の大地の上に鮮やかな赤が咲く。原始人めいた装備を持った5人の略奪者は、酷薄な笑みを浮かべてレオ一行に迫った。
「エンリコから持たされた聖水をよこしな。そうしたら無事に行かせてやるよ」
赤と黒のフェイスペイントをしたリーダー格が、粗末な投げ槍を振りかぶる。すると、それが合図だったかのように、彼を取り囲んだ仲間が石斧や磨かれた石を高く持ち上げた。しかし、石斧を持っていたキツネ目の男が何かに気づいたように細い目を見開いた。
「みろ、あいつ……シルメリアだ!」
「シルメリア? もしかして……サーバー4のトップPKか?」
「ビビってんじゃねぇ!! サーバートップのPKだろうが、ノーマンズランドじゃ初期キャラなんだ。オレたちでも殺れる!」
「くっ……」
レオが歯噛みしていると、彼の後ろのハナが騒ぎ出した。
「あわわ……! あなた達、なんてことをするんです!」
彼女は長い金髪をふわふわと揺らし、わたわたと両手を振り回していた。
恐怖を感じているというよりも、パニックといっていい。
「強盗に会うのは始めてかい? ハトフロじゃよくあることだよ」
こともなげに言うシルメリアに対し、必死に首を横に振る。
「そ、そうじゃなくって……! ここはノーマンズランド、アンデッドはびこる死の大地なんです! こんなことしたら……!」
「ウアァァァァ……!」
言うが早いか、地に伏せていたプレイヤーが起き上がった。
起き上がったその姿を見て、レオは息を呑んだ。
キャラクターは若い男、いや、少年と言ってもいい年頃だったが、その白目は充血して濁り、肌は青白い。そして、投げ槍で突かれたおぼしき喉にはぽっかりと大穴が開いていた。明らかに死んでいる。
起き上がった青年は、不明瞭なうめき声をあげながら、まるで全身に見えない針金をしこまれたかのようにギクシャクと動く。
ふらついて立ち上がった青年を指差し、ハナが叫んだ。
「ノーマンズランドで死亡したプレイヤーは、アンデッドとして蘇るんです! それもこんなにたくさん……そんな装備じゃどうしようもないですよ!」
「「先に言って?!!」」
レオと出待ちPKの悲痛な声が重なった。が、彼らの行き場のない感情をよそに、次々と倒れていたプレイヤーの死体が起き上がり始める。たちまちレオと出待ちPKはゾンビの群れに囲まれてしまった。
「ハナさん、なんでこんな重要なことを黙ってたの?!」
「ん、なんでお前、そいつに聞くんだ? ただのプレイヤーだろ?」
「あ、いえ。実はこの金髪のふわふわした方、この間からハトフロの運営に関わりだした、別会社の人なんですよ。テストプレイ兼ねてだか知らないですけど、今はプライベートキャラで参加されてるんです」
「えっ、そうなの?」
「はい!! よろしくです!!」
投げ槍の先を向けるプレイヤーに対して、ハナは天真爛漫な笑顔を返す。シルメリアはそれを見て「ふぅ」と、全てを諦めたようなため息を放った。
「いやアンタ、出待ち狩りしてきた連中によろしくはないだろ」
「シル、ハナちゃんってそういうところあるから……」
「運営か……。おい、プレイヤーがゾンビになるってどういうことだ!」
「そーだそーだ!! こんなの聞いてないぞ!! PKできるエリアって聞いてたのに、アンデッドになって襲ってくるとか、話がちがうぞ!」
「えぇぇぇぇぇえ?! わ、わたしが悪いんですかぁ~!?」
自分たちのしたことを棚に上げ、出待ち狩りをしかけてきたPKたちが、ぶーぶーぎゃーぎゃーと、不平を騒ぎ立てはじめた。「あー。うー。」と、うめくゾンビは、不思議そうにそれを見ている。
「そんなこと言われても……。公式サイトのノーマンズランドの説明にはちゃんと書いてありますし、エンリコさんの部屋にも読み物としておいてあるですよ!」
「「えっ、そうなの?」」
レオとフェイスペイントの声がハモる。
「うんうん。そんな感じのこと、公式サイトに書いてたね」
ハナの説明に結衣が同意する。結衣には仕様書や使い方の説明書を読み込むクセがあった。これは、常に物事を深く理解して、その抜け道を探そうとするハッカーの職業病のようなものだった。
「たしか……ノーマンズランドでキャラクターが死亡すると、アンデッドとなって蘇生する。で、PKの場合はもっと厄介で、強化されたアンデッドになるんだっけ?」
結衣が思い出すように語ると、ハナがと太陽のような笑みをにこっと浮かべ、とんでもないことを言い出した。
「ですです!! 復讐のアンデッド、『レブナント』となってよみがえるです!」
「な、なんだとぉ?!」
武器を構えた略奪者たちがうろたえる。
彼らの前には20体前後のキャラクターの死体があり、その半数ほどがゾンビとして起き上がったが、まだ倒れ伏したままのものもあった。
フェイスペイントのリーダー格が、緊張したようにごくり、と喉を鳴らす。
「せ、説明不足だろ!! そうと分かってたら――」
「やらなかった、とでも? アンタらみたいな手合はやるさ」
「ですね。お前ら……大方、ゲームのカットシーンを全部飛ばしてきたんだろ?
そりゃ知らないはずだよ」
「だろーね。じゃないと、あんな武器もってないだろうし」
「はっ、自業自得じゃないか」
「ぐぐぐ……」
「さて、レブなんとかに巻き込まれる前に、エンリコの屋敷に戻ろうか」
「あっ、そうですね」
「おい待て! オレたちを見捨てる気か?!」
「逆に聞くけど、なんで強盗を助けるいわれがあるんですか」
「さーさー、閉まっちゃおうね」
レオたちはさっと踵を返して屋敷の中に入ると、重厚な扉の円環に手をかけた。出待ちPKは「ま、待て!!」とあわててレオのもとまで駆け寄ろうとするが、ゾンビが邪魔で屋敷まで進めない。閉ざされる扉の間に、フェイスペイント男の絶望した顔が消えていった。
< ズン……! >
重々しい音を立てて扉が閉まる。刹那――
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
分厚く乾いた木の扉の向こうで、略奪者の断末魔がこだました。
生者へ、こと不埒者に贈る言葉として、これほどふさわしいものもないだろう。
遠からず味わう宿命への注意喚起として。
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「さーて……おぉぅ、壮絶。」
しばらくして、レオが屋敷を出ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。灰色の地面には骨と血がばらまかれ、渦を巻いている。さながら血の竜巻が暴れまわったかのような光景だ。レヴナントが何者かはわからないが、相当強力なアンデッドなのは間違いないだろう。
「こりゃすごいね。すっぱり片付けた……いや、散らかした、かな?」
「こんなのが出てくるんじゃ、下手にPKできないね~」
「ですね。とはいえ、装備が揃ってきた後半はわからないですが」
「レオ先生の言う通り、序盤のセーフタイムとして機能するギミックというところでしょうね。おそらく、プレイヤーの装備が揃う後半になると、レヴナントもPKを抑止するには力不足になるでしょう」
「はい!! プレイヤーとレヴナントの力の差は次第に埋まるようになってます!」
「となると、まだプレイヤーと差のついてる今のうちに、拠点なり装備なりを充実させたほうが良いってことか」
「はい!! がんばりましょー!!」
「簡単に言ってくれるねぇ」
「ま、周囲の地形の確認がてら探索してみましょう。できるだけ早く武器も手に入れておきたいですし」
「そうだね。それについちゃ異論はないよ」
自業自得により出待ちPKは地面のシミとなったが、ここが危険なのは変わらない。一行は屋敷を足早に離れ、ノーマンズランドの荒野に足を踏み入れた。
遠くに見える影を確認しながら慎重に進み始めたレオだが、やはり神経がすり減る。エリア全域がPK可能である、というのもそうだが、ノーマンズランドの光景そのものが問題だった。空は鉛色に覆われ、遠くで雷鳴のような唸り声が響く。どこからともなく漂う酸っぱい腐臭に、地面を影のように這う甲虫。
少なくとも、気分転換のリゾートに選ぶ場ではない。
「うーん……」
レオは緑のサバイバルブックを開きながら、あたりを見回していた。
武器となる素材を探しながら歩いているのだ。
すると、彼の目に白骨のように立ち枯れた白木の低木が目に入った。これは「リブウッド」と呼ばれ、ノーマンズランド全域に生えているトゲのある植物だ。
サバイバルブックによると、木材として、武器や燃料に利用できるらしい。
「お、シルメリアさん! さっそく素材発見ですよ! この白い木は槍や弓矢にできるっぽいです。建築や伐採に使う石斧の素材にもなるみたいです」
「へぇ、じゃあさっそくいただこうかね」
「お手伝いします」
シルメリアと霜華がリブウッドを手で折り、何本かの枝を確保する。
その枝を受取ったレオは、なぜかサバイバルブックの上に白い枝を乗せた。
「何してるんだい?」
「どうやら、こっちでのクラフトは〝こうする〟みたいなんです」
そういってレオは2つの短い枝を直列して並べる。すると、コンコンと、木をハンマーで叩くような音がして、枝が「槍」になった。
「どうぞ、槍です」
「接着剤もつかわずに、どうして2本の枝が一本の槍になるのかね……?」
「細かいことは突っ込んだら負けです。一応、クラフトで経験値が入るみたいなんで、耐久性とか威力は作っていくうちに変化するみたいですね」
「へぇ~! じゃあ、基本的にもの作りはレオさんに任せた方が良いのかな?」
「さすがに全部は効率悪いんで、種類ごとに手分けするのはどうですかね。経験値は建物と防具、近接武器と遠距離武器でそれぞれ別れてるみたいなんで。料理とか薬品といった、消耗品も種類別の経験値になってるみたいです」
「ふぅん。それなら手分けしてもよさそうだね。レオが武器を担当して……結衣が防具、料理や薬品は霜華かね?」
「ふんふん……あれ、シルが入ってなくない?」
「そりゃ、専業で戦うヤツが一人くらいいたほうがいいだろ?」
「うっそだー! 絶対めんどくさがってるだけでしょ!」
「結衣、もしアタシが超重要なレシピを託されたとするよ。それでアタシが探索に出かけている間、モノが作れなかったらどうするんだい?」
「むむむ……一理ある」
「まぁ、ぶっちゃけ面倒くさいだけだけど」
「やっぱり!!」
――数時間後、レオたちは荒野の奥深くで、風化した遺跡にたどり着いた。
崩れかけた石柱と苔むした壁が、かつての神殿らしき構造を辛うじて保っている。中央には、祭壇のような台座が鎮座し、その表面には2つの窪みが刻まれている。窪みの形状は、特定の形状のパーツをはめ込むためのものだと一目でわかった。
「なんだこれ……何かのパズルかなぁ?」
レオが台座を覗き込み、眉を寄せる。
「うーん、この穴に何かをはめ込むっぽいな」
「出た! ホラゲーにありがちの謎ギミックじゃん! きっと、遺跡のどこかにキーアイテムが隠されてるやつだよ」
「キーアイテムってもなぁ……」
レオが周囲を見回しながら呟く。崩れた壁の隙間から冷たい風が吹き込み、どこか遠くで石が落ちたような音が聞こえた。混沌とした遺跡の中を当てもなくさまようのは危険だ。今にも崩れ落ちそうな建物もそうだが、敵がいる可能性もある。
その時、かすかなハミングが一行の耳に届いた。低く、まるで古いレコードから流れるような、奇妙に心地よいメロディ。
レオたちが振り返ると、神殿の入口にある、崩れかけた石柱に背中を預け、トレンチコートに身を包んだ男が立っていた。中折れソフト帽を深く被り、顔の半分は影に隠れている。だがレオは、その口元に浮かぶ薄い笑みに見覚えがあった。
「あ、あいつは――ッ」
「――フ、また会ったな」
芝居がかったポーズで柱に寄りかかった男は、中折れ帽に手をかけ庇の向こうから、一行に鋭い視線を投げかけた。
「霧の中に隠された真実を求めて歩く探求者。そう、私こそ――
霧歩き、エドガー・ミストウォーカーだ!」
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