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第七十二話 新天地へ(1)

 VRMMO「ハート・オブ・フロンティア」。通称ハトフロ。

 仮想世界の空の下、「レオの鍛冶屋」はいつものように佇んでいた。


 こじんまりとした店は、砂岩を鋼鉄で補強して作られた2階建物で、草原の緑に砂岩の淡い褐色が映える。しかし、店の周囲は、黒い巨獣を思わせる要塞に一分の隙も無く囲まれていた。


 その有り様ときたら、さながら黒狼に囲まれたウサギのようだ。


 実際、彼の店を取り囲んでいる建物はPKギルド、つまりプレイヤーを殺害することを専門にするガチムチ殺人鬼ギルド「ブラッディ・ベンジェンス」のメンバーが所有する物件である。現実世界でいえばヤのつく自由業を嗜んでいる怖いお兄さんたちの事務所に囲まれているようなものだ。


 だが、今日もレオの鍛冶屋の周りは穏やかそのもの。みるからに危機的状況にありつつ、なぜ「レオの鍛冶屋」は何事もなくしれっと営業中なのか。


 それは、レオの鍛冶屋がブラッディ・ベンジェンスのPKたちの愉快な殺人ライフ(日常)を支えるおもちゃ箱になっているからだ。


 ハトフロでは、PKは重いペナルティを課されている。


 PKによって頭上の名前が赤くなったPKキャラクターは、全ての街に入れなくなり、無理に入ろうとすればガードに成敗される。ポーションや魔法の触媒などの消耗品の類も手に入らなくなり、新品の武具を買うことはおろか、修理もできなくなってしまう。


 となれば、「レオの鍛冶屋」がPKのオアシスとなるのは必然。自明の理であった。そんなこんなで、今日も彼の店の前は、地方のコンビニのごとく、被害者の鮮血で赤く染まった名前を頭上に掲げるPKたちのたまり場になっていたのだ。


「レオ、修理頼むぜ!」


「えぇ、すぐ終わるんで、もうちょっと待ってくださいね……」


「すぐ死ぬヤツの防具修理しても無駄だぜ! 俺のを先に頼むぜ!」

「んだとこら」

「あ? やんのかこら」


「まーた始まった……」


 ブラッディ・ベンジェンスのPKのなかには、血の気の多い者が少なくない。そういったヤンチャな連中は、なかなか行儀よく並ぶということができなかった。


 彼らの会話選択肢は、常人と異なり「メンチを切る」、その次に「暴力をふるう」が上に来ている。ゆずりあいの精神は、すみっこぐらしに追いやられているのだ。


 まだ修理の終わっていないボロボロの武器を取り出し、二人のPKが火花をちらして狭い店の中で円を描く。だが、そんな彼らの「やんのかステップ」も、とある人物の登場によって中断された。


「止めな。レオに迷惑がかかる。店を潰す気かい」


「「はい!!」」


 ケンカを止めたのはブラッディ・ベンジェンスのリーダー、シルメリアだ。

 漆黒の甲冑に身を包んだ彼女は、諍いを始めた二人に真紅の瞳を向けた。


 さっきまで争っていたというのに、二人のPKはそろってごくりと喉を鳴らす。


 威圧的なのは瞳だけではない。彼女の頭上には「Legendary Murderer」の称号が戴かれている。ワールド一位のキルカウントを打ち立てたプレイヤーであることを示す称号だ。同じ狂犬でも、チワワと土佐犬くらい格が違う。


「……!」


「その元気は獲物を追いかける時のためにとっときな」


「へい! シル姐さん!」

「ウス!!」


 店に入ったシルメリアは、二人のPKの間を通り抜け、そのまま店の奥、作業場に向かった。


「あたしはレオと打ち合わせがある。あんたらには悪いけど、修理はその後だ」


「いやもう、修理なんていつでも大丈夫です!!!」


「そうですそうです! いやー、俺ちょっと、今の剣長すぎるかなーと思ってたし、折れたくらいがちょうどいいかなーって思ってたくらいなんです!!」


「そうかい? あ、それと、人払いを頼むよ。」


「「はい!!! 誰も近づけません!」」


 シルメリアはどこか関心した様子のレオを連れ、作業場のドアを閉めた。

 すると、二人のPKは互いにひそひそと耳打ちしはじめた。


「レオとの打ち合わせか……きっと、スゲェこと始める気だぜ」


「あぁ、違いねぇ。PKKギルドとバトったかと思えば、ワールド中から集まったBOT軍団を相手にして……。次はどんな大いくさが始まるんだろうな……」


 そうなのだ。


 これまでレオとシルメリアは幾多の戦いを乗り越えてきたが、細かい状況をまるで知らないブラッディ・ベンジェンスのメンバーからすると、レオはふらっと店を出してきては、戦いのネタを持ち込んできたようにしか見えないのだ。


 実のところ、レオは純然たる被害者で、降りかかった火の粉どころか、燃え盛る溶岩のシャワーを浴びている状況なのだが、そんなこと彼らが知る由もない。


 そして、今回もまた――


「前回はワールドを巻き込んだ戦いだった。なら、この次はきっと……」


「あぁ。レオのヤツ、今度は別のワールドやサーバーに仕掛ける気に違いねぇ」


「ってぇと、あれかい? シルメリアの姐さんをワールド1位からハトフロの1位にするってわけかい?」


「たりめぇよ。こりゃとんでもねぇ大遠征が始まるかもな……」



「これで全員集まりましたね。さて、ハナさんから送られてきた『ノーマンズランド』の招待状ですが、コードの入力は終わりました。あとは開始を待つだけです」


「あれ、コードを入力しても、いきなり始まるってわけじゃないんだ?」


 そういって首を傾げた結衣に、霜華が招待の仕様を説明する。


「はい。招待コードは他のユーザーにも届けられています。しかも、招待状は無作為に送られているようですね」


「どういうことだ?」


「招待状を受け取ったという、公式掲示板の書き込みを確認してみました。それによると、招待状を受け取ったプレイヤーにはPK、PKK、一般プレイヤーの区別は無く、戦闘系のみならず、生産職を専門にしているプレイヤーも含まれていました」


「つまり、でたらめに送ってるってわけか」


「そういうことだね。あたしたちを除いて、だけど」


「それで、プレイヤーへの招待状の送付に伴い、『ノーマンズランド』のシステムが公式サイトで公開されました。レオ先生、ご覧になりますか?」


「お、ようやくか! もちろんだろ!」


「見る見る! どんなのー?」


「では、こちらをどうぞ。ハトフロには珍しく、ちゃんとストーリーがありますよ」


「マジか、どれどれ……?」


 レオは公式サイトに書かれた文章にざっと目を通す。


 それによると、ノーマンズランドという場所は、古代帝国の皇帝が不死の呪いを撒き散らしたことで不死者だらけの土地になったらしい。


 人を寄せ付けぬ死の大地。

 ゆえにノーマンズランド、ということなのだろう。


「なるほど。今回の敵はアンデッドか……。相手の種族が統一されていると、特攻武器一本でいけるから、わかりやすくていいな」


「でもこれ、エリア全域がPK可能って書いてあるよ。最初からPKをゲームシステムに組み込んでるってこと? うへー」


「え……? うわ、マジだ。しかもこれ、書き方によるとノーマンズランドは資源が少ないって書いてあるし……」


「プレイヤー同士、資源を奪い合ってなんとかしろってことかね?」


「いえ、たしかにシステム上、PvPが推奨されているようですが、ここは見知らぬプレイヤーとも、お互いに協力し合ったほうが得策でしょう」


「ふむふむ、そのこころは?」


「ただでさえ少ない資源を、プレイヤー同士の戦闘に費やすのは無意味です。ゲームの目的は『ブラックモノリス』の破壊なのですから、資源は争いではなく、モノリスの破壊に集中させるべきです」


「なるほど。プレイヤーと戦って勝つのがゲームの目的じゃないもんな」


「その通りです。私たちは今まで通りのプレイスタイルで問題ないでしょう」


「ちょっと待ちな、アタシはPKなんだけどねぇ……?」


「そ、そうでした。シルメリアさんはPKでしたね」


「ま、返り討ちにする分には問題ないだろ?」


「もちろんです。PKに反撃するのは構いませんが……先制攻撃はできるだけ控えていただけると助かります」


「だね。システムで許されているからって、他のプレイヤーをしばき倒して回ってたら、復讐の連鎖で収集がつかなくなる可能性があるからね」


「シルメリアさん、お詳しいですね……」


「ハハ、アンタも同じパターンで潰れたPKギルドを見ただろ? スマイリーモルグがまさにそうじゃないか」


「あっ、確かに」


「それで話を戻しますが、レオ先生の招待状は、パーティの枠が5つあります。すなわち、レオ先生、シルメリアさん、結衣さん、そして私を入れても、4人。枠がひとつ余りますね。」


「あれ、なんか嫌な予感が……」


 レオが天井を見上げたその時、店の外から魔法の炸裂する爆音と金属の打ち合う音が聞こえてきた。何事かと思った彼は、作業場を出て店のドアを開く。


 すると、人払いのため門番として立っていたPKが、見知らぬ女性に体当たりで思いっきり弾き飛ばされていた。


「な、なんだこいつ?!」

「ここは通さんぞ! シル姐さんの命令だ!」


「ふん! 邪魔しないでくださーい!!」


「「ぬわぁぁぁ!!!」」


 クルッと丸めた豊かな金髪ロングをした女性がランスを構えて突進し、店の入口を護衛していたPKを弾き飛ばした。


 すさまじい突撃力だ。装甲ローブを着た女性は、見るからに重々しいランスと重シールドを持っている。だというのに、その動きはまったく重さを感じさせない。


「ええい、これでも喰らえ!」

「どりゃどりゃー!!」


 二人のPKは相方と息をそろえ、女性に斬りかかる。


 しかし、女性は丸太のようなランスを旋回させて片方のPKを撃ち落とすと、もう片方のPKを重シールドの突進で押し込んだ。シールドバッシュだ。分厚い盾は鋼鉄の壁となり押されたPKは盾の端から手足をはみ出させながら、めりっと地面に埋まるという悲惨な最期をとげることになった。


「うそん……」


 ボロボロの武具を身に着けているとはいえ、相手はブラッディ・ベンジェンスのPKだ。そんじょそこらのPKに比べれば、はるかに高い練度を誇っているはず。なのに、たった1人の女性に一方的に排除されていた。


「どうも、ハナです!! 招待状に余りがありますよね!!」


 そういってキラキラと目を輝かすハナに対して、レオは頭を抱えるしかなかった。



今回の枕(本文開始前の導入)の言葉選びの雰囲気が最初期のころに戻ってることからお察しの通り、ハトフロらしい、ろくでもない展開が始まります。そりゃまぁ、PKオールフリーなエリアにハトフロプレイヤーぶちこんだら、そうなるよなぁ!!

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