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第七十一話 作戦会議

「ただいまー」


 レオがバタン、とマンションのドアを閉じて玄関に立つと、すでに霜華が彼を待ち受けていた。義体の白肌の上に黒のゴシックロリータドレスを重ね、長い銀髪をアップスタイルにまとめた霜華は、華奢な手を恭しく腰の前に置き、ゆったりとしたお辞儀をした。


「おかえりなさい。レオ先生、中で皆様がお待ちです」


「そうか。これ、皆に頼む」


 レオはそういってお菓子、お茶、ジュースが入ったコンビニの袋を霜華に手渡した。霜華は軽く微笑み、「承知しました」といって袋を受け取ると、お皿を出しにキッチンへ向かった。


 レオが作業場を兼ねたリビングに入ると、結衣と美鈴がすでに待っていた。


 結衣は崩壊したソファの上に我が物顔で寝転がっている。彼女はデニムとフードパーカーというラフな格好をしており、背中から黒色のEXOアームが伸びている。


 EXOアームはFPSゲームのショート動画を流すタブレット支え、結衣はその画面を見てはクスクスと笑っていた。


 一方の美鈴は、結衣が寝転がるソファーの影で、借りてきたネコのような大人しさで佇んでいた。ハトフロ中のプレイヤーにワールド1位のPKとして知られ、ギルドの仲間たちに風速40メートルの姉御肌を吹かせているのが嘘のようだ。


「あ、おかえりなさい……」


「レオさん、遅ーい! コンビニ寄ってたんだ?」


「おう。さすがに茶菓子も何も無しは口さびしいだろうと思ってな。ポテチとコーラ買ってきた。炭酸がダメな人はウーロン茶な~」


「もー、先に言ってよー。アイスも頼めばよかった!」


「おいおい、人使い荒いな!」


 レオはぺちゃんこになった座布団を引き出すと、2つに折って腰を下ろす。

 すると、霜華がキッチンから皿に盛ったお菓子の山を運んできた。


「うーん……」


 霜華が運ぶ皿を見て、レオは微妙な表情で片眉をあげた。皿の上のポテチは、なぜかフグ刺しのように花弁状に並べられ、中央にチョコとクッキーが盛られていた。


 ポテチは大小がキレイに揃えられ並んでいる。無駄に芸術的だ。


「どうぞ、自由にお取りになってください」


 そういって霜華はお菓子の乗った皿をリビング中央のロウテーブルに乗せた。

 見た目だけは誕生日会に出てくるオードブルのようだ。


 美鈴は小さく「ありがとう…」と呟き、そっとポテチの山に手を伸ばすも、すぐに引っ込め、恥ずかしそうに目を伏せた。


「あ、先にどうぞ……」


「いやいや、遠慮しないでどうぞ!」


「う、うん……」


 レオが笑いながら促すと、美鈴は顔を赤らめ、小さな声で頷いた。


 霜華は温めたカップを配り、狭苦しいリビングを周りながらジュースとお茶をサーブしていく。


 ひとしきりカップを配り終わると、霜華はどこからともなくブラックボックスを取り出した。


 鯤鵬のデータを秘めた黒い立方体の表面は、星ひとつない、真夜中の空を映したかのような暗さをたたえている。


 その黒さはあまりにも純粋で異質だ。

 まるで、霜華の手の上の空間が、ハサミで四角く切り取られてしまったようだ。


「さて、皆さん。会議を始めましょう」


「「ぱちぱちぱち」」


「会議のテーマは、『ミライの調査にどう対応するか』です。ハナ様が次に訪れるまでに、私たちが持つ真実をどこまで明かすか、隠すならどうするか、です」


「うーん。どうしよっか、レオさん」


「結衣、いきなり振るなよ! えーっと、そうだな……」


 腕を組んでうーんとうなったレオは、以前の対話を振り返りつつ、分析する。


「思ったんだけど、ハッキング事件の時に俺達が何をやっていたのか、もうミライは全部知っているんじゃないか? ハナの言うこと、妙に具体的だったよな」


「実は大体のことはもう知ってて、裏を取りに来ただけだったりしない?」


「可能性は否定できません」


「えっ、じゃぁ……もう、手遅れ?」


「いえ、可能性の問題です。まだ手遅れとは限りません」


「ハナの口ぶりだと、大体のことは分かってそうだったが……なぜだ?」


「全て判明しているなら、私たちに接触する理由がないからです」


「あっ、そっか……じゃあ――」


 そこで口ごもった美鈴に対し、霜華は親指を立て、励ますような視線を送る。

 美鈴は小さく頷き、消えかけた言葉をつないだ。


「たしかにハナさんは、『ハート・オブ・フロンティア』が起動した後、データ転送があったことを言ってたけど……その後は私たちは鯤鵬の義体にログインして、ログは鯤鵬のサーバーに残ってる。でも、鯤鵬のサーバーは壊されちゃったから、鯤鵬で起きたことを知らない、だよね」


「その通りです。ミライは私たちの行動を詳細に解析したようですが、彼らの支配していない鯤鵬上での出来事は何も知らないはず」


「それってつまり……。俺たちの持ってるブラックボックスって、連中にとっても大事なものってことか?」


「それって不味いんじゃなーい?」


 ソファに腹ばいになった結衣がEXOアームを冗談めかして広げる。

 しかし、霜華は真剣な面持ちを保ったまま続けた。


「ミライの行動から推測すると、鯤鵬に存在した何らかの情報を必要としていることは明白です。求めているものはおそらく――破天、崩槌、そして私たち義脳の開発に関係するデータでしょうね」


「あれ、ちょっと待ってくれよ……? たしか黒軍ってミライの開発した技術に由来してたんだよな?」


「はい。ミライが開発した粘菌コンピューターに由来している可能性が大です」


「だとすると、サーバールームを攻撃した第三者の正体はミライなのに、自分たちでぶっ壊した情報を欲しがってるってことか? つながらなくないか?」


「レオ先生、ひとつ要素を見落としています。私たちを構成しているデータは、『R.I.Pスキャン』――つまり、違法な手段によるものです」


「あ――」


「おそらく鯤鵬に発注したのはミライ。ブラックボックスには、ミライが非人道的な実験を鯤鵬に委託したという、不正の証拠が入っているということです」


 パリ、とポテチを砕きながらレオが息を呑む。

 美鈴もウーロン茶のはいったカップを両手で支えながら凍りついていた。


「最悪の場合、霜華が押収されるってこともありうるか……」


「だめだよそんなの……!」


「あぁ、もちろん霜華を連れて行かせたりなんかしない。霜華、プランは?」


「ブラックボックスの解析を進め、ミライが必要とする情報を小出しで提供する。そうして彼らとの妥協点を探るのがベターでしょう。」


「時間稼ぎと牽制、ってとこか? 告発は……こっちが消されそうだな」


「はい。これは明らかに国家規模のプロジェクトです。無策のまま告発を行うのは危険です。しかし、彼らの証拠隠滅に協力するというのも……納得いきません」


「俺もだ。犠牲になった人間がいるのに知らんぷりできるか」


「しかし、これは難しいことになりました。情報を小出しにするというのも……」


 そういって霜華は首を左右に振る。

 ミライが何を求めているのか、すべては想像でしかない。


「情報を小出しにするにも問題があるよな。いきなり大当たりを引いて、はい用済みです。霜華も連れていきます――ってのは一番避けたいな」


「その通りです。ハナさんと信頼関係を築き上げ、彼女から詳しいことを聞き出す必要があるでしょうね」


「ようするに、ハナさんと友だちになるってこと?」


「はい。そうなりますね。」


「楽勝じゃん! お菓子あげればついてきそうだもんあの人!」


「そんな簡単に……あ、忘れてた!」


「どうしました、レオ先生?」


 レオは突然立ち上がり、ポケットから封筒を取り出した。

 一度開かれた封筒はシワが寄ってくちゃっとしている。


「これ、帰りにポストで見つけたんだ。ハナからの招待状だってさ」


「なにそれ~? 怪しさしかないんだけど?」


 ソファから跳ね起きた結衣は、レオの手から封筒をひったくると、封筒を開けて中のカードを読み上げた。


「『レオさんへ。新しい冒険が待っています。一緒に遊びませんか? ハナ』

 ――って、ノーマンズランド!?

 あの開発中だった ハトフロの新コンテンツのアクセスコード付きじゃん!」


「ハナさん……私たちを誘うなんて……。何、考えてるんだろう」


「一緒に遊びましょうだなんて、案外こっちと同じだったりしてな」


「ないない! ハナさんってミライのエリートでしょ? ウチらのことなんて道端の石ころくらいにしかおもってないって!」


「そうかな……そうは見えなかったけど……?」


 霜華の青い瞳が鋭く細まり、封筒を手に取ってしげしげと見つめる。


「これはミライの策略でしょう。ハナ様が私たちをノーマンズランドに誘うのは、私たちの行動を監視しながら、情報を引き出そうという腹づもりでしょう。招待制なのも、他のユーザーの注意を引きたくないという意図が見えますね」


「そんな感じだろうな。でもこれはチャンスだ。ハナと接触すればミライの意図をより深く探れるし、ミライを牽制するデータを渡す場としても使える」


「レオ先生のおっしゃるとおりです。この誘いを無視した場合、ミライがより強硬な手段を取る可能性があります。なにしろ――」


 霜華は送られてきた封筒をひっくり返し、消印も何も無い、ただハトフロのロゴが印刷されただけの封筒を一同に見せつける。


「レオ先生の住所はこの通り、ハトフロ運営を通して丸バレなのですから」


「げげげっ!! そういやそうだった!!」


「開けろー! FBIだー!」


「きゃっ! やめてよ結衣……!」


 美鈴に抱きついてじゃれあう結衣をよそに、レオの表情は蒼白だった。

 封筒がレオのもとに直接届けられたのは、「お前は逃げられない」というメッセージを送る意味もあったのだ。


「では、方針を更新します。ノーマンズランドに参加し、ハナ様と接触。ブラックボックスの情報を一部提供しながら、彼女の意図と正体を探ります」


「それで、質問なんだけど――」


「なんでしょう、レオ先生?」


「ノーマンズランドがどういうルールの場所か、誰か知ってる人、いる?」


 レオの部屋に重い沈黙がおりた。


 最近ハトフロに復帰した結衣が、開発中のエリアのことなど知っているはずがない。最近までBOTだった霜華も同様だ。PKとして、目まぐるしく変化する環境に必死で食いついている美鈴にも、調べている余裕などない。


 ハナによるノーマンズランドへの招待は、その名の通りルールを知っている人間が誰もいないという前途多難な幕開けで始まった。


「とりあえず、やってみるしかないか……」




両者の目的がつながった、だと…?

なお、ルールは今必死で作者が考えている模様。


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